地政学リスクの高まりをきっかけに注目を集める経済安全保障・海外危機管理への対応(1)

2023/11/28 柳谷 公彦、山内 哲也
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はじめに

近年、米中対立やロシア・ウクライナ戦争、中東情勢悪化といった地政学リスクが顕在化しています。こうした国家間あるいは地域における緊張や紛争の発生などにより、企業がその事業継続や役職員の安全確保において難しい局面に立たされるケースが増加していますが、いまだ十分に対応できていると言い切れる企業は少数といえるでしょう。
本コラムでは、企業に求められる対応として、「①事業への影響」および「②役職員への影響」の両面から、2回にわたって解説していきます。

地政学リスクの高まりをきっかけに注目を集める経済安全保障・海外危機管理

国家間の緊張や紛争の発生といった地政学リスクが、原材料の高騰、サプライチェーンの混乱などへとつながり、自社の事業を一定期間にわたり継続できなくなるなど、企業活動に支障をきたすケースが生じています。 このように、これまで想定することが難しかったリスクをいかに捉えて管理するかは、企業にとって喫緊の課題となっています。
またこうした状況において、各国では「経済安全保障」(国家および国民の安全を経済面から確保すること)が叫ばれるようになっており、これに関連して、先進各国は貨物や技術の輸出に関する規制を強化しています。特にグローバルな事業展開をする企業にとっては、各国の輸出規制の動向を把握し、自社の安全保障貿易管理態勢を再点検する必要に迫られています。
さらには、グローバルに働く役職員(出張者や駐在員を含む)が、上記のような地政学リスクに端を発する事象に巻き込まれ、生命や身体に危険が及ぶ事例も生じています。

【図表1】地政学リスクの高まりと企業への影響(イメージ)
地政学リスクの高まりと企業への影響(イメージ)
(出所)当社作成

海外危機への対応に関するポイント

こうした課題に対して、自社における「①事業への影響」および「②役職員への影響」の両面から、態勢を検討しておくことが肝要です。
まず「①事業への影響」に関して、グローバルに事業展開している企業では、日本やアメリカなどの輸出規制強化の動向を適宜把握し、自社の安全保障貿易管理の態勢を再点検するとともに、必要に応じて態勢をアップデートすることが重要といえます。さらには、地政学リスクなどの「想定外リスク」を可能な限り識別して、当該リスクを管理するための態勢を整備しておくことも必要でしょう。また、「想定外リスク」を事前に“網羅的に”想定することには一定の限界があることを前提として、こうしたリスクが顕在化した場合でも事業を継続するための対応を、あらかじめ検討しておくことが大切です。そこで、「リソースベース」でBCPを策定するという考え方が有効となります。
次に「②役職員への影響」に関しては、グローバル本社として、自社の役職員の安全管理態勢・仕組みをあらかじめ構築しておくことが望まれます。

【図表2】海外危機への対応に関するポイント
海外危機への対応に関するポイント
(出所)当社作成

取り組み事例1.安全保障貿易管理態勢の再点検および構築

安全保障貿易管理は、当初、東西冷戦時代の対共産圏輸出規制として始まりましたが、その後は武器や軍事転用可能な貨物・技術が、国際社会の安全性を脅かす国家やテロリストなどに渡るのを防ぐことを目的として、国際的な枠組みに基づいて行われてきました。
近年は、米中対立やロシアによるウクライナ侵攻などの地政学リスクが顕在化する中、日本を含む主要先進国が連携して、安全保障貿易管理規制を主な手段として、対応を強化しています。
グローバル企業にとっては、国際的な平和と安全の維持への貢献に加えて、自社の事業継続の観点からも、自社の安全保障貿易管理態勢を適宜見直すとともに、必要に応じて再構築していくといった対応が求められています。

【図表3】安全保障貿易管理の概要
安全保障貿易管理の概要
(出所)当社作成

日本から輸出を行う企業は、経済産業省が輸出者等遵守基準において提示している7項目(①ガバナンス体制、②規程・ルールの整備、③輸出管理手続き、④教育、⑤文書管理、⑥情報システム・インフラ、⑦監査・モニタリング)について、管理態勢を整備することが求められます。そのため、自社の輸出取引の状況、組織体制、業務内容などを十分に検討した上で、優先順位をつけて取り組むことが肝要です。

【図表4】安全保障貿易管理態勢構築のアプローチ(例)
安全保障貿易管理態勢構築のアプローチ(例)
(出所)当社作成

取り組み事例2.想定外リスクの識別およびシナリオ分析

地政学リスクや災害リスクなどの「想定外リスク」は、発生可能性が極めて低い一方で、万が一発生した際には企業に対して甚大な影響を与える可能性があります。また、これらの「想定外リスク」は他のリスクと比べ、対応策立案が後手に回ることが多く、十分な対応が検討・実施されていないケースが散見されます。これらの「想定外リスク」を可能な限り識別した上で、いざ発生した場合に備えて、対応案を検討しておくことが有用です。
具体的には、世の中で公開されている各種レポート類などを参考に、外部環境などのメガトレンドを分析することにより、自社に影響を与え得る「想定外リスク」をロングリストとして整理した上で、自社のビジネスへの影響などを考慮して、ショートリストへと絞り込みます。絞り込んだ「想定外リスク」に対して、詳細なシナリオ分析を実施することで、自社の「クリティカルイベント」を把握するとともに、「想定外リスク」が発生した際の対応策を、事前に策定しておくことが肝要です。

【図表5】想定外リスクの識別および分析手順(イメージ)
想定外リスクの識別および分析手順(イメージ)
(出所)当社作成

詳細なシナリオ分析では、まず想定されるイベントの被害予測情報を収集し、インフラや産業などに与える影響を推定した上でシナリオを策定し、予兆イベントとして取りまとめます。これらのシナリオが自社の事業に与え得る影響を分析することで、自社にとっての「クリティカルイベント」を特定します。

【図表6】シナリオ分析の詳細イメージ
シナリオ分析の詳細イメージ
(出所)当社作成

おわりに

本コラムでは、「①事業への影響」に関する取り組み事例として、「1.安全保障輸出管理態勢の再点検および構築」、「2.想定外リスクの識別およびシナリオ分析」について紹介しました。しかし、想定外のリスクを網羅的に識別して管理することには、一定の限界があることも現実です。また、自社の事業を継続するためには、まずそこで働く役員や職員の安全を確保することが前提となります。
そこで、次回は「地政学リスクの高まりをきっかけに注目を集める経済安全保障・海外危機管理への対応(2)」では、「①事業への影響」に関する取り組み事例として、「3. リソースベースのBCP策定」を、また「②従業員への影響」に関する取り組み事例として、「4.本社における海外危機管理態勢の整備」を紹介します。

【関連資料】
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執筆者

  • 柳谷 公彦

    コンサルティング事業本部

    サステナビリティビジネスユニット GRCコンサルティング部

    ディレクター

    柳谷 公彦
  • 山内 哲也

    コンサルティング事業本部

    サステナビリティビジネスユニット GRCコンサルティング部

    マネージャー

    山内 哲也
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