企業の競争力を高める「タレントマネジメント」~導入に向けた考え方の整理~

2022/03/07 佐藤 文
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少子高齢化による人材不足や有能な人材の流出による企業の機会損失といった課題を受け、タレントマネジメントの重要性が叫ばれてきています。ただし、日本においては情報管理に主眼を置いたタレントマネジメントシステムというツールの導入が広まった一方で、そもそもタレントマネジメントとは何かについて正しく理解されていない印象もあります。 そこで本コラムでは、人によって理解が異なる「タレントマネジメント」について、その代表的な定義と考え方を整理します。

タレントマネジメントの定義

タレントマネジメントという言葉自体は登場して久しいものの、その概念についてはまだ分かりにくさがあるのではないでしょうか。ツールとしてのタレントマネジメントシステムのイメージも強く、「タレントマネジメントシステム」と「タレントマネジメント」を混同されることもあります。また、タレントマネジメントとあわせて議論されることの多い「人材の見える化」という言葉があり、「人材を見える化し、タレントを効率的に管理することがタレントマネジメントである」という解釈もみられます。

実務的にも学術的にもさまざまな議論がある中で、さまざまなタレントマネジメントの定義が試みられています。ここではタレントマネジメントが必要とされる背景を踏まえて、「企業の短期的、中長期的な成果創出に向けて、才能、能力のある個人を採用し、その一人ひとりがパフォーマンス発揮できるようにするための配置、評価、育成などの統合的活動」と定義します。

従来の人事管理とタレントマネジメントの違い

大多数の日本企業における従来の人事管理では、年次管理の中で昇格し続けた人材が管理職などに登用される、いわば「適者生存」の人事施策・制度が運用されてきました。これに対してタレントマネジメントは、企業の競争力に直結するポジションに適した人材を計画的に育成していく、「適者開発」の視点に立つものといえます(柿沼、2015)。

また、人材を経営資源の一つととらえて管理する「人的資源管理(Human Resource Management、HRM)」という考え方も以前から存在します。この考え方が経営戦略に基づくHRMである「戦略的人的資源管理(Strategic Human Resource Management、SHRM)」や、グローバル戦略に基づくHRMである「グローバル人的資源管理(Global Human Resource Management、GHRM)」に発展しました。

人的資源管理は、全社員を対象とし、人材を人的資源という総体としてとらえる傾向にあります。その一方で、タレントマネジメントは、特定の優秀層に焦点を当てて展開されてきたことから、より個人やその才能に着目するものといえるでしょう。

タレントマネジメントの発展

タレントマネジメントにおいても「戦略的タレントマネジメント(Strategic Talent management、STM)」や「グローバルタレントマネジメント(Global Talent Management、GTM)」といった、人的資源管理と同様の考え方があります。例えば戦略的タレントマネジメントでは、社内のタレントを十分に活用するには、企業の競争力に直結する重要ポジションを特定する必要性が強調されています(Collings & Mellahi、2009)。このような重要ポジションにふさわしい人材が途切れることなく輩出されるよう、教育・訓練や育成的な経験の付与を目的とした配置を行います。

しかしながら、戦略的タレントマネジメントは、高業績者や能力がある少数の人材に限られたものです。多様性と包括性を経営戦略に位置付ける企業では、対象をより広くとらえた「包括的タレントマネジメント(Fully Inclusive Talent Management、FITM)」についても議論されています。包括的タレントマネジメントは、すべての従業員を対象とし、その能力を最も発揮できるポジションへ配置し、評価することです。また、従業員の能力の発揮があまりにも不十分である場合は、企業がその能力を十分に発揮できるポジションに再配置することも含みます。弱点や限界を克服するのではなく、人々が持つ長所と可能性に着目するポジティブ心理学や、ケイパビリティアプローチ(潜在能力アプローチ)が理論的な背景に位置付けられており、従業員の能力を最大限に発揮することは、企業業績だけでなく、従業員のwell-beingにもつながると言われています(Swailes et al、2014)。

各社各様のタレントマネジメント

タレントマネジメントについて、その対象と具体的な活動について改めて整理します。まずタレントマネジメントで指すタレントとは、企業の競争力につながる人材一人ひとりを指し、企業によってはこの人材を幹部候補のように限定的にとらえることも、全社員のように広くとらえることもあります。また、タレントマネジメントとは企業の戦略と人材の配置・育成などを結びつけることであり、これが、グローバル戦略であったり(GTM)、多様性と包括性であったり(FITM)、各企業の置かれた環境や注力する点によってさまざまなパターンがあります。

昨今、事業構造転換やDX化等が希求される環境変化に伴い、これまでとは異なるスキルを持った人材を必要とする企業も増えています。このような場合、既存の従業員を再教育する、あるいは、新規または中途採用によって必要な人材を調達することになります。例えば、少子高齢化社会の中で介護事業を始めようとする企業であれば、STMの一形態として「介護TM(タレントマネジメント)」を進めることが考えられるでしょう。つまり、GTMやFITMのように、各企業の戦略に基づいたそれぞれのタレントマネジメントを構築していくことが重要と言えます。

参考文献
石山恒貴・山下茂樹(2017)「戦略的タレントマネジメントが機能する条件とメカニズムの解明」、『日本労務学会誌』、Vol. 18 No.1、21-43頁
柿沼英樹(2015)「企業におけるジャストインタイムの人材配置の管理手法の意義 」、『経済論叢』、189(2)、49-60頁
上林憲雄(2012)「人的資源管理論」、『日本労働研究雑誌』、No. 621/April 2012、38-41頁
Collings, D.G. and Mellahi, K. (2009) “Strategic Talent Management: A review and research agenda”, Human Resource Management Review, 19: 4, 304–313
Swailes, Stephen & Novakovic, Yvonne & Orr, Kevin (2014) “Conceptualising inclusive talent management: potential, possibilities and practicalities.”, Human Resource Development International, 17

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