デザインの力を活用した製品やサービスの開発と、そのユーザーをより深く理解するためにデータを取得して活用する取り組みについて、その両者がどのように相互補完的な役割を果たしているのかをご紹介します。
経済産業省と特許庁が2018年に「デザイン経営宣言」[ⅰ]を発表してから3年以上が経過し、その考え方が浸透しつつある企業も増えてきました。当初は大企業向けの取り組みと捉えられていたようですが、これに対し特許庁はデザイン経営の入り口のバリエーションや取り組みプロセスについて紹介する「中小企業のためのデザイン経営ハンドブック」[ⅱ]を作成しました。デザイン経営という手法は、大企業向けの「もの」づくりから「こと」ビジネスへの転換のためだけではなく、業種業態・規模を問わず有効であり、事業推進の過程でハードルがあった場合、その解決手段として自然とデザイン経営の方向性に活路を見出した企業もあるでしょう。一方、もう一つの大きな潮流として注目されているのが、デジタルトランスフォーメーションの推進に代表されるデータ活用です。ビジネスにおける「デザイン」と「データ」について、相反する考え方であるという印象を受けるかもしれませんが、実はそうではありません。本稿ではこの二つの潮流に着目し、データ活用とデザインによっていかに価値を創出するかについて解説します。なお、本稿で用いる「ユーザー」とは、製品の利用者に限らず、サービスの受益者であれば従業員、顧客などを広く意味し、それらを代表して便宜的に表現します。
ユーザーとの接点を増やす
従来型のビジネスモデルでは、企業は「もの」を作り、その製品を通じて価値を提供してきました。現在の社会情勢の移り変わりを受け、アプリケーションやサブスクサービス・アフターサービスなどを通じて、顧客やユーザーと接点(タッチポイント)を持ち続け、価値を提供し続ける「こと」ビジネスが新たな事業の柱となっています。
たとえば、販売店がメーカー保証より充実した独自の保証サービスを提供するケースがあります。従来、販売店が行っていたのは、ポイントカードやお客さま登録などの会員サービスを通じた購買情報の取得です。販売店が前述のような保証サービスを実施することで、顧客のニーズや故障などのデータを収集する他、問い合わせなどに直接対応することになります。これによって、実際に製品を使うのはどのようなユーザーか、あるいはどのような場所や時間に使うのかといった情報を収集することができ、ひいては新しい商品やサービスの提案につなげることができます。
これまでの購買情報だけでは得られなかった情報を、サービスを通じて収集することで、製品や販売という“点”でつながっていたユーザー・顧客とのタッチポイント(接点)を増やし、製品利用における課題やニーズを深く理解することで新しい事業の機会を逃さないような仕組みを作る企業が増えてきています。これらは、取得できるデータの種類が増えることによって実現できます。
エクスペリエンスの期間とコンテキスト
一方、データで知ることができるユーザーの情報はごく一部です。2010年にDagstuhl Seminar on Demarcating User Experienceの成果としてまとめられたUX白書[ⅲ]には、「エクスペリエンスの期間」として、「実際に利用した経験」が中心になるものの、製品やサービスに出会う以前の、過去の経験や利用前の期待、利用後の内省や回想などの間接的な経験も含めて考えることで、UX全体がカバーできると記述されています。
また、同じくUX白書ではユーザーには“文脈”があり、その文脈の変化によってエクスペリエンス(体験)は変化するとも述べられています。ここでは掃除機の例で考えてみたいと思います。掃除機の機能は、「吸い込む空気の量」と「物や空気を吸い込む圧力」を掛け合わせた、「吸込仕事率」という尺度で表されます。「吸込仕事率」の数値が高い製品ほど高性能なので、数値から判断すれば一番ユーザーから選ばれるのは「吸込仕事率」の数値が高い製品だと言えます。ですが、「吸込仕事率」が高い、つまり高性能な製品は音が大きく、重い場合があります。日中仕事で留守がちにしている家庭では、音が静かで夜でも利用しやすい製品が必要とされますし、階段があり持ち運びが多い家庭では、より軽い製品が好まれる場合があります。このような生活状況は「ユーザーの文脈=コンテキスト」と呼ばれています。引っ越しをする、家族が増えるなどの出来事によって、製品を用いる文脈が変われば、エクスペリエンスが変化するというのは容易に想像できるでしょう。
このような多様な文脈を一事業者が取得できるデータから推測することは大変難しいものです。コンテキストとデータのギャップを埋めてより良いサービスを考える際に有効となるのは、ユーザーリサーチ等のデザイン手法です。ユーザーリサーチでは、インタビューを実施したり、行動を観察したりすることで、コンテキストに関する情報を増やしていきます。データ活用に慣れると、一度に大人数のリサーチができないインタビューや行動観察は非効率に思えるかもしれませんが、ユーザーの文脈を理解する上では、他には代えがたいプロセスです。データ活用とデザインは双方に補完し合う取り組みであり、事業の契機を見つけるためにはどちらかが欠けてもより良いサービスにたどり着くのは難しくなると考えています。
デザイン経営・DXなどの文脈では、人材育成・マインドセットの形成が重要だといわれており、多くの企業がその課題に直面しています。このような企業側のニーズを受け、「デザイン」と「データ」を教育の軸に置いた学際的な学科や専攻が大学でも増えてきています。企業もデータ活用とデザインの両輪で、ユーザー価値を考え、事業機会につなげていくことが求められています。ココロミルラボでは、ビジネス戦略とシステム設計のギャップを埋める「エクスペリエンス(体験)とデータの設計」をご支援します。
ⅰ 経済産業省・特許庁「産業競争⼒とデザインを考える研究会」デザイン経営宣言, 2018年5月
ⅱ特許庁 「中小企業のためのデザイン経営ハンドブック」 (更新日 2021年6月30日)
ⅲRoto, Virpi; Law, Effie; Vermeeren, Arnold; Hoonhout, Jettie; User Experience White Paper, 2011.
http://www.allaboutux.org/files/UX-WhitePaper.pdf 日本語訳あり
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