DE&IとSDGs:未来志向の人権経営(2)
本コラムは、近年、投資家や経営者の注目を集めているDE&Iについて、今や多くの経営者に馴染み深い「持続可能な開発目標」(SDGs)やビジネスと人権に関連付けながら、前後半に分けて解説しています。前半のコラムでは、主に「DE&I」の意味やビジネスの文脈における論点について解説しました。後半にあたる今回は、DE&Iを取り巻く状況を概説し、DE&Iの文脈で考える未来志向の人権経営について紹介します。
DE&Iを取り巻く状況
(1)国際的動向
DE&Iは、ESG(環境・社会・ガバナンス)のうちS(社会)における重要な要素で、人権と深く関連する概念です。世界の5,372の資産運用会社などが加盟(2023年6月時点)し計121.3兆米ドルを運用(2021年3月時点)する国連責任投資原則(PRI)は[ 1 ]、ESGを投資決定プロセスに組み込み、DE&Iを推奨しています[ 2 ]。さらに、G7が創設した投資家リーダーシップネットワーク(ILN)は、DE&Iを重要アジェンダと位置付け、企業の包摂性に関する取り組みを評価するためのガイダンスである「The Inclusive Finance Playbook」を公表しています[ 3 ]。
国際的には、企業のDE&I推進を加速させるため、企業の経営陣の多様性を求める動きが見られます。EUは、域内の上場企業に対し、2026年6月までに、社外取締役のうち最低でも40%、または全取締役のうち最低でも33%を「進出度の低い性(underrepresented sex)」 とすることを義務化しています[ 4 ]。また、英国では、金融行為規制機構(FCA)が、2022年4月以降、上場企業に対し、取締役会の40%以上が女性であること、上級独立取締役の1人以上が女性であること、役員の1人以上が白人以外のマイノリティであることを求めるなど[ 5 ]しています。
(2)国内の動向
日本においても、近年、労働者や雇用形態が多様化する中、さまざまな法令や制度の整備が進んでいます(図表1)。例えば、女性活躍推進法は、一定数以上の労働者を雇用する企業に対して、女性の活躍に関する現状の把握・公表、課題の分析や行動計画の策定などを義務付けています。また、2022年の改正によって、男女間賃金差異の公表が一部義務化されました。障害者雇用促進法は、障がい者に対する差別を禁止し、合理的配慮を提供することなどを義務付けています。さらに、2022年以降の改正によって、障がい者の適正な雇用管理のみならず、職業能力の開発および向上に関する措置の実施を通じて障がい者の雇用の安定を図るよう努めることが義務とされ、障がい者の法定雇用率の段階的引き上げも決定されました。
その他にも、高年齢者雇用安定法によって、高齢者のニーズに応じた70歳までの就業機会の確保が努力義務とされているほか、LGBT理解増進法によって、性的指向・ジェンダーアイデンティティの多様性に関する労働者の理解を増進することが努力義務とされています。特定技能制度といった移民労働者に関するルールも整備されつつあります。また、内閣府令によって、2023年から一部企業に対して人的資本、多様性に関する開示が義務とされており、日本政府として企業のDE&Iの施策を後押しする政策が進められています。
DE&Iの文脈における未来志向の人権経営
そこで、DE&Iの視点から人権経営について紹介します。企業による人権尊重の取り組みの根源には、ライツホルダーの視点、つまり、「人は生まれながらにして基本的人権を有することから、企業の活動に関連するあらゆるステークホルダーがひとりの人間として尊重される存在である」との視点があります。DE&Iの考え方は、この視点を強化し、人権デュー・ディリジェンスの取り組みを発展させるものであると考えます。
(1)方針の策定
国連「ビジネスと人権」に関する指導原則(指導原則)で示されるとおり、人権経営における第1のステップは、方針の策定です。指導原則は、企業に対して、国際的に認められた人権、すなわち、最低限、国際人権章典とILO宣言に含まれる基本的権利を尊重するよう要求しています。国際人権章典とILO宣言には、非差別の原則が含まれますが、ここでポイントとなるのは、これらの基準は、あくまでも企業としてコミットメントを示すべき「最低限」である点です。国際的には、上記以外にもさまざまな人権基準が存在します。DE&Iに関連する基準や規則であれば、女子差別撤廃条約、人種差別撤廃条約、障害者権利条約や移住労働者権利条約などの人権条約、女性のエンパワーメント原則や高齢者のための国連原則などの原則があります。企業として多様性を尊重し、公平性と包摂性を担保するため、最低限を上回る国際的な基準に目を向けていくことが推奨されます。
(2)人権デュー・ディリジェンスの実施
a. 現状の分析
人権経営における中核的な取り組みは、人権デュー・ディリジェンスの実施です。まず、自社も含めてバリューチェーン全体を見渡し、自社の事業、製品やサービスに関する実際のおよび潜在的な人権への負の影響を特定し、評価します。例えば、社内や取引現場において、性別や性自認・性的指向、年齢、国籍、障がいの有無などに基づくいじめがないか、自社の事業に関連する資源開発によって権利が侵害されるマイノリティ・グループはないかなど、リスク面を考慮します。人権デュー・ディリジェンスの主な焦点はリスクの最小化にありますが、多様性の促進に対する社会的期待が増している現状を踏まえれば、社内およびバリューチェーンにおいて、DE&Iを積極的に推進する機会についても特定することが理想的です。
b. 施策の策定・実施
「現状の分析」において特定された人権への負の影響を是正・軽減・防止するための施策を策定し、実施します。例えば、社内では、採用、評価、昇進、解雇における差別的待遇などのDE&Iの実現を妨げる差別の撤廃を目的とした人権研修の実施や、DE&I推進を目的とした従業員リソースグループ(ERG: Employee Resource Group)と呼ばれる同じ目的を持つ社員が自発的に集うグループの立ち上げの支援など検討され得るでしょう。バリューチェーン上流では、取引先に非差別の原則を含む方針の策定を求めたり、女性や性的マイノリティが運営する会社との積極的な取引を検討したり、バリューチェーン下流では、自社が提供する製品やサービスを改良し、障がい者の利用を可能とするなど、さまざまな施策が考慮できます。
c. モニタリング
施策ごとにKPI(重要業績評価指標)を設定し、施策の実施状況および有効性を定期的にモニタリングすることが重要です。モニタリングで得られた教訓は、人権デュー・ディリジェンスのプロセスを改善するために役立ちます。人権デュー・ディリジェンスのプロセスは、繰り返し行い、継続的に改善することが必要です。
d. 情報開示
DE&Iに関する企業の取り組みについて、社内からだけでなく、社外からの評価の向上につなげるには、内閣官房が策定した人的資本可視化指針や国際標準化機構(ISO)のガイドライン(ISO30414)などの国内外の基準を参考に、効果的に情報開示することが推奨されます。
(3)救済の提供
一方、企業が人権尊重に取り組み続けたとしても、人権への負の影響をゼロとすることは困難という現実もあります。指導原則は、人権デュー・ディリジェンスを通じて明らかとなった人権への負の影響に関する救済を可能とするため、外部団体と協力するなどして苦情処理メカニズムを確立し、実効性を確保することを企業に求めています。一般的に立場の弱いマイノリティにとっては、苦情を申し立てるハードルが一層高いことを念頭に、苦情処理メカニズムについては、公平なアクセスを確保し、明確に周知する必要があります。
本連載では、前回のコラムで、DE&Iの概要とそのSDGsとの関連性について、今回のコラムで、DE&Iに関する国内外の動向とDE&Iの文脈における未来志向の人権経営について説明しました。企業に対する社会的要請が高まる中、この機会に、DE&Iの視点から企業の人権経営を強化・発展させることをおすすめします。
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【資料ダウンロード】「人権尊重の経営 SDGs時代の新たなリスクへの対応」の著者による『「ビジネスと人権」対応を主眼とした監査』のご紹介
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人権デュー・ディリジェンス(人権DD)における監査の実務(1)
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ビジネスと人権に関する国別行動計画の策定
【書籍】
人権尊重の経営 SDGs時代の新たなリスクへの対応
[ 1 ] 国連責任投資原則(PRI)「Signatory Update April to June 2023」
https://www.unpri.org/download?ac=19120(2023年4月)
[ 2 ] PRI「Diversity, Equity & Inclusion: Key Action Areas for Investors」
https://www.unpri.org/download?ac=15712(2022年7月)
[ 3 ] 投資家リーダーシップネットワーク(ILN)「The Inclusive Finance Playbook」(2022年3月)
[ 4 ] 上場企業の取締役におけるジェンダーバランス向上に関するEU指令「DIRECTIVE (EU) 2022/2381」(2022年11月)
[ 5 ] 英国金融行為規制機構(FCA)のポリシーステートメント「Diversity and inclusion on company boards and executive management」(2022年4月)
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