東京証券取引所(以下、東証)は2023年8月29日、11回目となる「市場区分の見直しに関するフォローアップ会議」を開催し、資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応(以下、東証要請または要請)を踏まえた企業の対応状況を明らかにするため、3月期決算企業を対象にした開示状況の集計結果を公表しました。集計時点までの期間が、要請があった3月末から7月半ばまでの3カ月程度ということもあり、取組み等を開示している企業はまだ少ないものの、改善への動きが着実に進展している状況がうかがえる結果となっています。
本コラムでは、東証要請に関する企業の開示状況や取組み状況について、同会議の公表資料を基に解説します。
東証要請に関する企業の開示状況
東証が3月期決算企業を対象に、コーポレート・ガバナンス報告書の記載に基づき資本収益性や市場評価の改善に向けた各社の開示状況を集計した。集計方法は、「開示」または「記載なし」に分類され、開示されている場合はさらに取組み等を開示しているか、検討中と開示しているかという観点で分類がされています。
集計結果によると、プライム市場では全体の31%(379社)が開示し、取組み等を開示した企業は20%(242社)、検討中と開示した企業は11%(137社)でした。スタンダード市場では全体の14%(120社)が開示したものの、取組み等を開示した企業は4%(32社)とわずかであり、検討中と開示した企業は10%(88社)となりました。
今般の要請では、計画策定・開示の前提として十分な現状分析や検討が求められ、開示に関する具体的な開始時期が定められなかったことや、東証要請から開示までの期間にそれほど余裕がなかったこともあり、取組み等を開示できた企業は少数派となりました。しかし、「検討中」という開示さえもない、東証要請への対応状況が見えない企業がプライム市場でも69%、スタンダード市場に関しては86%を占めており、今後の取組みが大きく期待されるところです。
またPBR別に開示状況を見ると、PBR0.5倍未満と極めて低い企業はプライム市場では全体の46%(78社)が開示し、取組み等を開示した企業は22%(37社)、検討中と開示した企業は24%(41社)となっており、改善への意識が比較的高いと思われます。一方、スタンダード市場では全体のわずか11%(31社)、取組み等を開示した企業は2%(6社)、検討中と開示した企業は9%(25社)と、非常に低調な状況となっています。
開示書類と取組みの内容
プライム市場で取組み等を開示した企業(242社)が主に開示を行っている書類(開示書類)に着目すると、中期経営計画が33%、決算説明資料が29%、コーポレート・ガバナンス報告書が23%、統合報告書が5%、ウェブサイトが5%、適時開示が4%でした(複数の書類で開示されている場合は主な記載が行われている書類のみカウント)。開示書類については、従前からの各社の取組み状況や適切な開示のタイミングにもよると推察されますが、これまでのところ、中期経営計画、決算説明資料、コーポレート・ガバナンス報告書を中心とした開示が多い状況となっています。
またプライム市場でPBR1倍未満の企業(159社)が開示した、改善に向けた取組み内容については、成長投資、株主還元の強化、サステナビリティ対応、人的資本投資、事業ポートフォリオ見直しが半数以上の企業であげられています。開示書類には自社の現状分析と評価を踏まえ、改善に向けた計画を策定し、各社の実情に応じた取組みが記載されていますが、取組み内容の傾向や共通点を踏まえると、PBR1倍未満の多くの企業において共通課題が認識されていると見受けられます。
現状分析への早期着手と段階的取組み
ここまで、東証要請を受けた企業の対応状況について、「市場区分の見直しに関するフォローアップ会議」で公表された、3月期決算企業を対象にした開示状況の集計資料に基づいて解説しました。同会議における有識者からは、対応を検討中と開示した企業は、①要請を機に社内改革を試みようとする企業、②リソース不足で手が回らない企業や他社の出方を様子見する企業、③要請に取組む意義に疑問を抱く企業、の三つの類型に分けられるという意見があがりました。これまで横並び意識で様子見していた企業も、競合他社の開示動向に影響を受けるなどして、今後も続々と開示が進んでいくものとみられます。
企業価値向上に向けた論点【図表3】は多岐にわたり、課題解決に向けた取組みの負担も相応にかかってくるため、自社のリソース不足やリテラシー欠如を理由に踏み出せていない企業もあります。しかしながら、最初から全てを対象に並行して取組もうとするのではなく、まずは現状分析を通じて優先順位を見極めた上で、取組むべき部分から早めに着手していくのが良いでしょう。
また、現状分析における自社の課題の洗い出しには、アクティビストの着眼点に注目し、セルフチェックとして取り入れていくことも有用です【図表4】。社内のリソース不足やリテラシー欠如による初動の遅れについては、外部専門家の活用も検討するなど、特に様子見となっていた企業の能動的な取組みが期待されるところです。
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