人事の現場で活きる法令実務Tips―裁量労働制の効果的活用(2)~制度設計・運用のポイント~
本コラムでは、2回にわたって「裁量労働制の効果的活用」をテーマとして取り上げています。1回目は、裁量労働制の現状を正しく把握するため、その概要・趣旨と法改正動向を紹介しました。2回目となる本稿では、裁量労働制の効果的活用に向けた制度設計・運用のポイントを解説していきます。
制度設計・運用の検討論点
まずは、裁量労働制の制度設計・運用において、検討すべき論点を確認してみましょう【図表1】。
なお、これらの論点は、裁量労働制の導入に必要となる労使協定や、労使委員会決議への規定事項[1]を参考として整理しています。
各論点における基本方針
続いて、裁量労働制の制度設計・運用において、前提とすべき基本的な考え方(以下、基本方針)を設定していきます。
なお、基本方針は、1回目で紹介した「裁量労働制の趣旨」を踏まえ、上述の論点で示したA~Dの区分で整理しています【図表2】。
各論点における制度設計・運用のポイント
以降は、本稿の主題である制度設計・運用のポイントについて解説していきます【図表3】。
なお、ポイントの整理に当たっては、上述の基本方針との整合を前提としつつ、1回目で紹介した「これからの労働時間制度に関する検討会(以下、検討会)」の報告書[2]、裁量労働制に関する令和5年の法改正を踏まえて通知された通達(以下、通達)[3]や、Q&A[4]を参考としています。
「A.適用対象」の制度設計・運用のポイント
「A-① 対象業務」の観点では、業務の遂行方法について、制度の適用対象者(以下、対象者)の裁量に大きく委ねる必要のある業務を真に選定することがポイントです。形式的に法令で示された裁量労働制の対象業務に該当していても、実態は手順の定まった定型処理が大半を占める場合などは、業務遂行上の裁量が小さく、適用対象とすることは不適切です。なお、行政から示されている対象業務の考え方・具体例[5]を確認すると、対象業務がイメージしやすくなります。
「A-② 対象者」の観点では、対象業務に従事する者のうち、一定の知識・経験を有し、自律的・主体的な働き方が可能な者を設定することがポイントです。資格等級・役職や職務経験年数などにより、対象者の要件を具体化することも考えられます。
「A-③ 同意・撤回」の観点では、制度の適用予定者に対して、制度の趣旨や内容を丁寧に説明した上で、適用の同意を求めることがポイントです。制度適用時の処遇などに関する説明が不足していると、同意が自由意思に基づくものと認められず、その結果、裁量労働制の適用が否認されることも起こり得るので、留意が必要です。また、同意を求める際は、「同意の撤回」の手続き方法とともに、撤回によって不利益が生じない点を明示しておくことも、不要な労使トラブルを避けることにつながります。
「B.就労環境」の制度設計・運用のポイント
「B-① 業務管理」の観点では、対象者の裁量を十分に確保することがポイントです。裁量のない働き方となる場合、労働時間の「みなし」の効果が生じないため、留意が必要です。裁量を高めるための要点として、“過大とならない業務量の設定”、“適切な期日の設定”および“勤務時間選択の自由度(会社から始業・終業時刻を細かく指定しないこと)”が通達で示されており、参考となります。
「B-② 健康・福祉確保措置」の観点では、労働時間の状況に応じて適切な措置を実施することがポイントです。対象者には、労働時間の「みなし」の効果が生じますが、安全配慮義務の観点から、労働の実態はタイムカードなどにより把握する必要があります。そして、労働時間の状況に応じ、法令の要件に合わせて適切な措置を検討します。通達によると、“制度的な措置(勤務間インターバルの設定、深夜勤務回数の上限設定など)”と“個々の状況に応じて実施する措置(状況に応じた健康診断、配置転換、産業医などによる保健指導など)”のそれぞれについて、一つずつ以上実施することが推奨されています。
「C.評価・処遇」の制度設計・運用のポイント
「C-① 成果の反映」の観点では、期待する成果を明確にすることがポイントです。裁量労働制の趣旨を踏まえると、一定期間における成果を評価し、賞与などの処遇に大きく反映する制度設計が想定されます。ただし、当然ながら、“期待する成果”が不明確である場合、その達成状況を判断(評価)することが難しく、成果を処遇に反映する際に、納得感のある説明が困難となります。従って、成果として期待する内容や達成基準を、いわゆる“目標管理”の手法などを用いて、対象者と明確かつ丁寧に擦り合わせすることが、裁量労働制の趣旨である“成果を重視した処遇”を実現する上で肝要です。
「C-② 処遇の設定」の観点では、納得感を担保した処遇設計がポイントです。裁量労働制に関する調査[6]によると、「“みなし時間”が“所定労働時間”を超える場合の残業代」や、「業務遂行能力が高いことへの見合い」などを支給趣旨として、特別手当を支給する事例が多く見られます。実務的には、対象業務に従事する社員の平均的な労働時間を基に、残業手当相当額を手当として支給する一方で[7]、賞与については、成果評価に応じた変動を大きく設計するケースが散見されます。処遇の方法はさまざまなバリエーションが想定されますが、対象者の納得感を担保できるように、処遇の趣旨や設計根拠を明確にすることが重要です。
「D.モニタリング」の制度設計・運用のポイント
「D-① 確認・検証項目」の観点では、裁量労働制が趣旨に沿って運用されているか、確認・検証(モニタリング)可能な項目を設定することがポイントです。具体的な検討に当たっては、上記A~Cの各論点を切り口とすることが有用です。例えば、A-③の観点では「制度に対する対象者の理解度」、B-②の観点では「労働時間の状況」とすることなどが想定されます。なお、モニタリングの手法としては、項目に応じて、対象者に対するアンケートやヒアリング、データによる分析などを併用すると効果的です。
「D-② 運用体制」の観点では、労使委員会を活用することで、制度の運用実態を把握し、職場からの意見・要望を収集することがポイントです。“企画型”は、令和5年の法改正を受けて、労使委員会によるモニタリングと改善が義務化されましたが、“専門型”においても同様の運用が望まれます。また、裁量労働制の導入に当たっては、苦情処理措置として対象者の相談窓口を設けることが必要ですが、労使委員会が窓口も兼ねることで、現場との接点を強化できることが期待されます。
最後に
本稿では、裁量労働制の制度設計・運用上のポイントを解説しました。当然ながら、制度の導入を進めるに際しては、導入によって実現したい姿=目的が明確であることが前提です。自社が目指す人材マネジメントの姿に対して、その実現“手段”として裁量労働制がふさわしい場合は、ぜひ活用を検討してみてはいかがでしょうか。
【関連レポート・コラム】
<人事の現場で活きる法令実務Tipsシリーズ>
人事の現場で活きる法令実務Tips―障害者雇用(1)~法律の解説~
人事の現場で活きる法令実務Tips―障害者雇用(2)~これからの障害者雇用について考える~
人事の現場で活きる法令実務Tips―勤労者皆保険への取り組み(1)~社会保険適用拡大の動きとこれから~
人事の現場で活きる法令実務Tips―勤労者皆保険への取り組み(2)~企業に求められる対応~
人事の現場で活きる法令実務Tips―裁量労働制の効果的活用(1) ~概要・趣旨と法改正動向の解説~
【関連サービスページ】
組織・人事戦略
[ 1 ] 規定事項は以下を参照
・簡易版「裁量労働制の導入・継続には新たな手続きが必要です」(最終確認日:2023/10/19)
[ 2 ] これからの労働時間制度に関する検討会 報告書(2022年7月15日)」(最終確認日:2023/10/19)
[ 3 ] 基発0802第7号(裁量労働制等の施行について)(最終確認日:2023/10/19)
[ 4 ] 令和5年改正労働基準法施行規則等に係る裁量労働制に関するQ&A(最終確認日:2023/10/19)
[ 5 ] 対象業務の考え方や具体例は以下を参照
・厚生労働省ホームページ 専門業務型裁量労働制(最終確認日:2023/10/19)
・企画型裁量労働制に関するリーフレット(最終確認日:2023/10/19)
[ 6 ] 裁量労働制実態調査(最終確認日:2023/10/19)
[ 7 ] 通達では、特別手当などにより相応の処遇を確保することを前提として、みなし時間は必ずしも実労働時間と一致させる必要はないことが示されている
テーマ・タグから見つける
テーマを選択いただくと、該当するタグが表示され、レポート・コラムを絞り込むことができます。