事業戦略と連動した人材ポートフォリオの考え方

2024/01/19 古川 琢郎
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昨今、人的資本経営やその開示への取り組みが急速に進みつつあり、多くの企業において自社の人材戦略を改めて策定するケースが増えています。しかしながら、人材戦略策定において「人材ポートフォリオ」をどのように検討すればよいのか、特に経営戦略や事業戦略との連動性をどのように持たせるか、といったことに悩まれる企業も多いようです。「人的資本経営の実現に向けた検討会報告書」(いわゆる「人材版伊藤レポート2.0」)においても、人材戦略の要素の1点目に「動的な人材ポートフォリオ」がうたわれており、人材ポートフォリオの検討は人材戦略の中核ともいえます。そこで本コラムでは、人材ポートフォリオをどのように事業戦略と連動させるかというポイントについて、事例も含めて紹介します。

事業戦略と連動した人材ポートフォリオ検討プロセス

図表1は、各種報告書や先行事例を参照し、人材戦略策定における検討すべき範囲について当社で図示したものです。特に人材ポートフォリオの要素については、「人材像」「各機能・職種の定義」「機能・属性別の要員数」の三つを定義しています。「どのような人材の種類(人材像、各機能・職種の定義)」が「それぞれ、どれぐらい必要か(機能・属性別の要員数)」ということです。

【図表1】人材戦略策定における検討範囲(当社定義)
人材戦略策定における検討範囲(当社定義)
(出所)当社作成

図表1の内容に加えて、実際のプロジェクト経験も踏まえると、事業戦略と連動した人材ポートフォリオの検討プロセスは、大まかに以下の流れになっています。

検討プロセス1:事業戦略や自社の目指すビジネスモデルを反映した人材像(階層・職種などで共通するコアの人材像)の規定
検討プロセス2:実際のビジネスプロセス仮説に基づく、機能・職種・職務の定義
検討プロセス3:業績目標を踏まえた、要員数算出の起点となるKPIの規定
検討プロセス4:KPI目標や将来の業務量仮説も含めた機能・職種別の要員数算出

では、このプロセスに沿って具体的にどのように検討するのか、実際の人材ポートフォリオ策定事例を紹介します。

事業戦略と連動した人材ポートフォリオ策定事例(製造業A社*従業員数:数千名規模)

A社では「生活者目線に寄り添う」というビジョンを掲げていましたが、ビジネスモデル上は顧客との間に卸売業・小売業を介在した価値提供が主でした。しかしながら昨今、DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進によって、さまざまなチャネルを通じて顧客とダイレクトにつながることができるようになってきました。そこでA社では、新しい長期ビジョンを策定するタイミングで、顧客との接点を軸に、価値提供のモデルを再設計するという事業戦略を打ち出しました。また、それに連動する形で、「顧客接点を最適化する目線で、自身の役割を規定し専門性を発揮する」という概念を、階層・職種共通で人材像のベースに設定しました(検討プロセス1)。

この方針に基づき、バリューチェーン・組織・人員構成そのものが見直されました(図表2)。最も大きな変革ポイントは、改めてエンドユーザーの存在を強く認識するべく、それまでは卸売業や小売業といった直接的な商流に基づくバリューチェーン・人員構成となっていた部分を、顧客に相対するバリューチェーン・組織・人員構成へと変更したことです。これにより、それまでは商品開発から販売へとつなげるリレー型(顧客と直接接点を持つのはカスタマーサクセスのみ)だったものが、顧客接点を軸に全ての機能が相互連携していく形になりました。また、ビジョンである「生活者目線に寄り添う」ために、自社製品も含めたトータルコーディネートを提案する「コーディネーター」や、直接的な接客品質を高度化・標準化するための「オペレーションデザイン」、さまざまなデータを商品開発にフィードバックする「デジタルマーケティング」といった新たな組織・職務機能が定義・組成されました(検討プロセス2)。

【図表2】バリューチェーンの変革(製造機能は省略)
バリューチェーンの変革(製造機能は省略)
(出所)当社作成

次に、要員数について二つのアプローチを行いました。まず、A社は経営指標として「付加価値」を特に重視していたため、目指す1人当たり付加価値を規定し、長期ビジョンとして目指す全社の付加価値から全社要員数を算出しました。一方、新たな機能・職種については、目指す顧客数や顧客接点の数などから仮説思考で積み上げを行いました。最後に、各機能・職種ごとに現有人材の要員数を踏まえ、目指す姿とのギャップを明確化し、育成や異動、採用の計画に落とし込んでいきました(検討プロセス3-4)。

A社において、一連の検討プロセスがスムーズに進んだ一番の要因は、事業部と人事部の距離感の近さにあったと思われます。特に、検討プロセス2の「実際のビジネスプロセス仮説に基づく、機能・職種・職務の定義」や、検討プロセス3の「業績目標を踏まえた、要員数算出の起点となるKPIの規定」については、人事部だけで結論を出すことは極めて難しく、事業部や経営企画部、財務部などを巻き込んだ議論が必要になります。人的資本の開示や人材ポートフォリオ策定に当たっては、CHRO(最高人事責任者)の下、多くの組織が連携する必要があります。真に実効性のある人材戦略を策定するためにも、事業戦略と連動した人材ポートフォリオ策定をぜひご検討ください。

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