人事の現場で活きる法令実務Tips―労働条件明示~多様な人材が能力発揮できる環境整備に向けて~

2024/02/28 山口 千秋
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労働基準法施行規則などの改正により、2024年4月から労働契約締結・更新時に労働条件として明示すべき事項が追加されます。労働条件をより明確な形で示すことにより、労使紛争の未然防止や、将来に向かっての予見可能性・契約に関わる透明性の向上を目指すものです。

昨今、人手不足が日本全体の大きな課題となる中、多様な人材が能力を発揮できる環境整備は企業にとって喫緊の課題となっており、本改正はそうした労働市場の動向も踏まえたものです。そこで本コラムでは、改正の背景と、今後の効果的な人材マネジメントにつなげるための考え方を解説します。

新たに追加される明示事項

本改正は、「(1)全ての労働者に対する明示事項」と、「(2)有期契約労働者に対する明示事項」の二つに大きく分かれます。(1)全ての労働者に対しては、「就業場所・業務の変更の範囲」の明示、(2)有期契約労働者に対しては、「契約の更新上限の有無と内容」「無期転換申込機会」「無期転換後の労働条件」の明示が求められます。

(1)全ての労働者に対する「就業場所・業務の変更の範囲」については、これまでは雇い入れ直後の内容を明示すれば足りるとされていましたが、2024年4月以降はその将来的な変更の範囲についても明示することが求められます。将来にわたって就業場所・業務に限定がない場合は、変更の範囲として「会社の定める営業所」「会社の定める業務」といった表記も可とされていますが、予見可能性の向上やトラブル防止のため、できる限り就業場所・業務の変更の範囲を明確にするとともに、労使間でよく話し合って認識を共有することが望ましいとされています。

(2)有期契約労働者に対しては、有期労働契約の締結時および契約更新のタイミングごとに「更新上限(有期労働契約の通算契約期間または更新回数の上限)の有無とその内容」を明示する必要があります。また、更新上限を新設・短縮する場合は、その理由をあらかじめ(新設・短縮する前のタイミングで)説明することが必要になります。さらに、無期転換申込権が発生する有期労働契約の更新タイミングごとに、「無期転換を申し込むことができる旨(無期転換申込機会)」と、「無期転換後の労働条件」を明示することが必要になります。

具体的な明示方法については、厚生労働省のパンフレット[ 1 ]にさまざまなガイドラインや記載例が場面ごとに紹介されています。

それでは、そもそもなぜこのような明示が必要となったのでしょうか。特に、(1)全ての労働者に対する明示事項として追加される「就業場所・業務の変更の範囲」について、その背景を掘り下げて見ていきます。

労使双方にとって望ましい形での、多様な働き方の普及に向けた環境整備

日本において、いわゆる「総合職」などと呼ばれる正社員の労働契約では、職務、就業場所、労働時間が限定されていないことが一般的でした。欧米などの諸外国では、基本的に職務や勤務地を特定して雇用契約を結ぶため、この違いは日本の雇用慣行における特徴の一つとなっています。職務などが無限定であることは、会社・労働者双方にとって必ずしも悪いことではありません。会社にとっては柔軟な配置が可能となり、事業の拡大縮小や業務の繁閑に対応しながら、多くの労働者を長期雇用しやすくなります。労働者にとっては一つの会社に勤めながら、会社主導で多様なキャリアへの挑戦機会が広がるといったメリットもあります。

一方で、無限定であるからこそ、労働者自身がどういったキャリアを積み、どのような働き方になるかは比較的予見しにくいものとなっていました。会社によって職務や就業場所が決定され、労働時間も長時間に及ぶ場合もあるため、労働者本人の意向に基づくキャリア形成や、プライベートも含めた人生設計が難しいといったことも起こり得ます。

近年は共働き世帯の増加などに伴い、ワーク・ライフ・バランスは労働者にとって以前に増して重要な観点となっています。また、終身雇用の考え方が見直されるようになり、会社主導による定年までのキャリア開発や昇進・昇給を当然とする意識が薄れ、労働者自身の自律的なキャリア形成の重要性も高まってきています。さらに、労働人口の減少により、企業としても優秀な人材の確保がより喫緊の課題となったことで、さまざまな人材が能力を発揮できる環境整備を進める企業が増えてきています。

こうした背景も踏まえ、2021年3月~2022年3月にかけて、厚生労働省の労働基準局に「多様化する労働契約のルールに関する検討会」が設置され、議論が行われました。職務、勤務地または労働時間を限定するといった多様な働き方が、労使双方にとって望ましい形で促進されることの必要性が改めて強調されるとともに、従来からの統一的・集団的な労働条件決定の仕組みの下では、個別的な条件設定の内容がどうしても曖昧になりやすいという点が指摘されました[ 2 ]。そこで、さらなる労働契約の多様化を見据え、契約の透明性や将来に向かっての予見可能性の向上を目指し、労働契約における新たな明示事項を追加した本改正案がまとめられました。つまり、今回の改正は、多様な働き方のさらなる普及を見据えつつ、その土台となる環境整備を行ったものと理解することができます。

多様な人材の能力発揮に向けた、より丁寧な労使コミュニケーション

労働人口の減少に伴い雇用における売り手市場化が進む中、労働者はより多角的な視点で会社選びをするようになっています。入社前・入社後を問わず、企業が雇用に当たり必要となる労働条件や処遇などの情報を明示し、労働者は自身が希望するキャリア・働き方・人生設計と企業から明示される情報を照らし合わせ、対等な立場で意思決定する。そうした傾向は今後ますます強まっていく可能性が高いと考えられます。

そうした流れを受け、企業においては、よりいっそう丁寧な労使コミュニケーションが期待されるでしょう。今回の改正の焦点となる労働契約はその土台になりますが、企業はこの改正を契機に、募集〜採用〜入社後それぞれのフェーズにおいて、職務・勤務地・働き方などを含めたキャリアプランについて、労働者一人一人が最大限能力を発揮できるように擦り合わせを行っていくことが望ましいでしょう。

最初の一歩として、人事評価制度や報酬制度などを、分かりやすい形で開示することが選択肢になるかもしれません。また、もし在宅勤務や育児・介護との両立支援制度などがある場合は、「制度はあるが使いにくい」という状況にならないよう、現場の管理職と制度の趣旨・利用方法をしっかりと共有し、管理職と労働者本人のコミュニケーションを支援することも有効です。キャリア形成の観点からは、欠員補充などによる突発的なジョブローテーションが多い会社であれば、会社として期待する人材像から逆算し、必要な職務経験を積むためのキャリアモデルを示した上で、本人の希望と擦り合わせながら、計画的な職務付与を行うことも有効でしょう。これらは一例であり、それぞれの会社の状況に照らして、必要な施策を見極めていくことが肝要です。

多様な人材の能力発揮を促し、企業の人的資本を高めていくためにも、この機会に改めて労使コミュニケーションのあり方を考えてみてはいかがでしょうか。

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(文末脚注欄) 
1 ] 厚生労働省「2024年4月からの労働条件明示のルール変更 備えは大丈夫ですか?」
https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/001156048.pdf(最終確認日:2023/2/16)
2 ] 厚生労働省「多様化する労働契約のルールに関する検討会報告書(2022年3月)」P.24,https://www.mhlw.go.jp/content/11201250/000928269.pdf(最終確認日:2023/2/16)

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