役員報酬の最新トレンド(2023年)(3)~報酬に反映する非財務指標~
上場企業における直近の有価証券報告書の記載事項に関する集計結果から、役員報酬制度のトレンドを概説する本コラム。第3回となる今回は、プライム市場上場会社で近年導入が増加している「役員報酬に反映する非財務指標」について解説します。
調査概要
集計対象企業[ 1 ]
集計対象企業は、プライム市場の時価総額上位100社(以下、プライム市場上位100社。時価総額は2023年6月30日時点)です。 なお、スタンダード市場時価総額上位100社の中で、非財務指標を取り入れていることが確認できたのは2社のみであったため、今回は集計対象外としています。
集計の分類
本調査では、「環境(Environment)」「社会(Society)」「ガバナンス(Governance)」への取り組み、またはそれに関連する取り組みを「ESGに関する取り組み」としています。また、DXや研究開発の推進など、経営戦略の実現に向けた取り組みテーマを記載していた場合は「戦略目標の達成」、お客さま満足度向上の活動状況など、上記2つに分類できない場合は「その他」として、指標の数を集計しています。
集計結果
非財務指標の動向
STI(短期インセンティブ)に反映する指標は、「ESGに関する取り組み」が42件、「戦略目標の達成」が12件、「その他」が12件でした。この結果を2022年度(前回)と比べると、「ESGに関する取り組み」が大きく増加し、とりわけ「従業員エンゲージメント」といった社会(S)の「人的資本」に関する取り組み、「システムトラブル、コンプライアンス違反の状況など」を反映させるといったガバナンス(G)の「リスクマネジメント」に関する取り組みが大きく増加しています。また、「品質への取り組み」も増加が見られました。
この結果は中長期的に稼ぐ力を向上させる意思表示に加え、こと「人的資本」「ガバナンス」においては、人的資本開示や改定コーポレートガバナンス・コードなどの要請に応じるために指標化していると推察します。
LTI(中長期インセンティブ)に反映する指標は、「ESGに関する取り組み」が68件、「戦略目標の達成」が6件、「その他」が6件でした。この結果を2022年度(前回)と比べると、「ESGに関する取り組み」がE・S・G全ての分野で増加し、とりわけ「従業員エンゲージメント指数改善ポイント」などの社会(S)の「人的資本」に関する取り組みが大きく増加しています。一方で、「戦略目標の達成」「その他」には大きな増減は見られませんでした。なお、大きく増加している「その他ESGに関する記載」は、「ESG評価機関の評価」など記載内容が大ぐくりで、詳細に分類できない内容となります。
LTIはSTIと同様に、注目度が高いESG指標を中心に増加していると推察します。その一方で、「戦略目標の達成」については結果として財務指標に反映されることから、導入数が横ばいであると考えられます。
非財務指標の評価方法についての開示状況
非財務指標の評価方法について、測定する指標は「自社独自のKPI(重要業績評価指標)を設計するか/外部機関の指標を活用するか」、測定方法は「自社で測定するか/第三者の調査会社に測定を依頼するか」の観点で選択が必要です。例えば、環境(E)に関する指標は他社と横並びで比較してもらうために外部機関の指標を活用する、自社製品のブランド力は客観的な評価が必要なため調査会社に測定を依頼するなど、指標の性質を踏まえて各社が選択していると考えられます。
収集した指標のうち、目標値を明記している(CO2排出量xxトン以下など)、あるいは外部機関に評価を依頼するなど、評価方法が明記されているのはSTIが40.9%、LTIが66.3%です。2022年度(前回)と比べると、STIの開示指標数は4件から27件、開示割合は12.5%から40.9%と、共に増加しています。LTIは開示指標数が34件から53件に増加しているものの、開示割合は70.8%から66.3%と減少しています。これは指標の開示が先行したものの、評価方法(開示範囲を含む)の検討が進んでいない企業や、全社目標の策定段階にあり、現時点ではまだ具体化できていない企業などが考えられます。投資家へ役員報酬の妥当性(特に、中長期的な企業価値向上と連動していること)を説明するには、開示が望ましい内容であるため、今後も評価方法の開示は進んでいくと考えられます。
まとめ
東京証券取引所が提案した「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」[ 5 ]では、企業価値向上の実現に向けて、経営者の資本コストや株価に対する意識改革を促すために、プライム・スタンダード市場の全上場会社に対して、資本コスト・資本収益性への取り組みの開示が要請されています。その中で、資本コストを上回る資本収益性でありながらもPBR(株価純資産倍率)が1倍を下回る要因は、「成長性が評価されていない」と整理されています。成長性を評価してもらうためには、非財務資本へ投資を行い、かつそれらの投資の意味・位置付けを整理した上で伝える(開示する)必要があるかもしれません。具体的には、価値創造ストーリーを見直し経営計画と財務・非財務の取り組みを整理する、人的資本経営の観点から経営戦略と人材戦略をひも付けた上で現行の取り組みを整理する、などが考えられます。
これらと併せて、役員の報酬においても、非財務資本への取り組み結果が反映される仕組みは今後必要になると思われます。足元では、役員報酬と非財務指標の連動は東証プライム上場企業を中心に行われていますが、この動きは数年かけて上場企業全体へ浸透していくでしょう。
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役員指名・報酬、コーポレートガバナンス
[ 1 ] 2023年6月30日時点の最新の有価証券報告書を確認
[ 2 ] n数は調査対象企業のうち、非財務指標の記載が明確に確認できた企業。1社で複数指標を設定しているケースもあります
[ 3 ] 項目名の「その他ESGに関する記載」は、「ESG」や「サステナビリティ」など、種別の判断が難しい記載を集計した項目
[ 4 ] 非財務指標において、具体的な測定指標・基準を明記している指標を集計
[ 5 ] 東京証券取引所「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について(2023/03/31)」
https://www.jpx.co.jp/news/1020/cg27su000000427f-att/cg27su00000042a2.pdf (2024/02/29)
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