VUCA時代の人材育成制度の展望~これからの人材育成はどうあるべきか~
企業を取り巻く環境が著しく複雑化する中、経営の課題解決に際し、従来の施策や手法では期待する成果を得にくくなっています。その課題の一つが、人材育成です。日本経済団体連合会による人材育成に関するアンケート調査[ 1 ]では、回答企業の約9割が「自社の人材育成施策が環境の変化に対応できていない部分がある」と答えています。これは、環境変化に適応した新たな人材育成制度の必要性を認識しているものの、実際の対応が追い付いていないことを示しています。
本稿では、VUCA時代において求められる人材育成の方向性を展望します。まず、新たな視点から人材育成制度を捉え直した類型や企業の実践例を踏まえた後、今後の人材育成制度を効果的に進めるためのポイントや留意点をまとめます。
1.新たな類型で人材育成制度を捉え直す
日本企業の人材育成制度を整理する方法として、「求められる知識・経験の違い」や「育成対象者の成熟度」の2つの軸を用いた当社独自の類型があります【図表1】。
各類型にあてはまる人材育成制度を具体的にイメージするためには、目的や制度概要に分けて捉えると良いでしょう【図表2】。
2.これからの人材育成制度のあるべき姿
従来の日本企業では、前述の類型aからbの育成対象となるようなルートが一般的でした【図表3】。
新卒入社者は、所属の部・課でのOJT(類型a)からスタートし、業務経験の蓄積や所属事業・本部内のいくつかの部・課への異動によってスキルを高めていきます(類型b)。将来的に経営を担う人材やプロフェッショナルを目指す人材の場合、事業・本部をまたいだ異動により視野や専門領域を広げていくケース(類型cを経験)もありますが、単一事業・本部でキャリアを形成した後に経営を担う事例も多く見られ、育成視点での計画的な異動は実施できていない場合がありました。
今後は、育成対象者に対する入社時および将来的な期待値の変化に伴い、人材育成の考え方を大きく変更する必要があります。例えば、新卒入社者であっても学生時代に起業や長期インターンシップ経験があるなど、即戦力としての活躍が期待できる人材も存在し、入社時の期待値も一律で考えにくくなっています。また多くの日本企業では、先行き不透明な経営環境に対応するため、既存事業の継続だけでなく、新しい事業創造や価値向上を迫られています。事業領域を拡大し、新たな商品・サービスを開拓する(既存事業の周辺領域を含む)場合、経営・事業戦略の変化に合わせ、人材育成の方法も変更していくことが必要です。特に将来への期待が大きい、経営や事業を担うマネジャーやサービスを生み出すプロフェッショナルに対しては、類型cの経験や類型dを意図した戦略的な育成が求められます【図表4】。
つまり、入社後の人材育成においては、今後経営・事業を担う人材、プロフェッショナルとしての活躍を期待する人材を発掘したり、早い段階で適性を見極めたりして、類型cやdの育成対象となるよう、戦略的な経験の提供を計画的に実施していくことが必要です。事業・本部をまたいだ異動だけでなく、事業戦略を考える育成プログラムや越境学習など、従来と全く異なるアプローチによる新しい経験の提供も検討すべきです。
3.これからの人材育成制度の実践例
類型cやdの人材育成を計画的に実施するには、(1)候補者の選抜、(2)研修や育成プログラムの企画・実施、(3)計画的な配置・登用が考えられます。
(1)候補者の選抜と、(2) 研修や育成プログラムの企画・実施の実践例として、A社の事例を紹介します。A社における従来の人材育成制度を俯瞰すると、類型a⇒bを基本とし、一部の経営幹部候補に対して類型cを実施していました。計画的な実施はできておらず、将来の課長・部長候補が育っていない点が課題でした。そこで、最上位等級へ昇格した一般社員に対し、昇格時にアセスメントを実施することで、将来の課長・部長候補を選抜し、選抜された対象者は約1年間の育成プログラムに参加する仕組みを導入しました。育成プログラムでは必要な知識・スキルのインプット(資格取得や研修受講など)とともに、A社の実際の経営課題、特に各事業内では着手しづらい、複雑かつ事業横断的な課題を提示され、解決に向けた戦略提案を行います。社長を含む経営陣への提案、最終的なプロジェクトの実行まで本人が担当し、経営人材としての視座や経営課題解決に向けた実践機会を得る仕組みとしています。
上記(1)と(2)だけでなく、(3)計画的な配置・登用まで実践している例として、B社の事例があります。幹部候補の継続的な輩出を目的に、20~30代の社員の中から対象者を選抜し、年齢および入社年数により3グループに区分します。一定期間の研修とその後の3~5年間について、経営トップのコントロール下で人事部が全社最適の視点に立ち、選抜対象者のキャリアプランを個人別に検討しています。事業・本部をまたぐ異動も職務経験の幅を広げる観点に立って、計画的に実現しています。
A・B社いずれの事例も、育成目的を定め、計画的な取り組みとして人材育成制度を設計・運用することで、将来の経営・事業を担う人材の育成につなげています。
4.人材育成制度のポイントと留意点
自社の状況に合わせた人材育成制度を整備し、有効活用するポイントを3つ紹介します。
第一に、個別の育成施策を寄せ集めて“体系”と扱うのではなく、事業や職種に必要な育成施策を再整理しパッケージ化することです。抜本改定が難しい場合は、時々の需要に応じて整備されてきた個々の研修などを、自社の事業・人材戦略に沿って継続・廃止・拡充することから始めましょう。
第二に、手段・内容に目を向ける前に、育成したい人材像と成長の道筋を明らかにしておくことです。「どの部署に何年在籍し、どんな経験を積むことで、どのような成長が期待できるのか」といった具体的な情報について、現場の協力も得ながら明確にしておくことが、ひいては計画的な育成制度の計画・実行のよりどころになります。
第三に、育成手段を職場外での学習(Off-JT、自己啓発)と仕事を通じた学習(OJT、異動配置)とすることです。ここで重要となるのは、異動配置を育成手段に位置付ける点であり、業務適性や伸びしろに合わせた異動運用によって、成長を加速させることができます。なお、運用においては、個々の育成対象者が描く成長の姿を上司や人事部門が把握しておくこと、入社時や将来の期待値に応じて育成方法を変えるため、横並び意識といった風土・文化に影響を与えることに注意が必要です。
各社で事業ポートフォリオの転換が進む中、持続可能な成長を支える人材の育成が欠かせません。人材育成のあるべき姿について、自社の状況に応じて柔軟かつスピーディーに見直していくことは、人材育成の早期化・効果の最大化への有効な打ち手となるでしょう。
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[ 1 ]一般社団法人 日本経済団体連合会 「人材育成に関するアンケート調査結果」
https://www.keidanren.or.jp/policy/2020/008.pdf(最終確認日:2024年2月29日)
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