「国連ビジネスと人権の作業部会」による訪日調査の最終報告書(1)

2024/07/12 渡邉 聖也、米戸 花織、三谷 陶子
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2023年7月24日から8月4日にかけて、「国連ビジネスと人権の作業部会(The UN Working Group on Business and Human Rights)」(以下、「ビジネスと人権作業部会」)によって行われた訪日調査の最終報告書が2024年5月28日に公表されました[ 1 ]。
訪日調査は、国連の人権メカニズムの下で行われる人権理事会の手続きの一種であり、「ビジネスと人権に関する国連指導原則」(以下、「指導原則」)に基づく、日本政府・企業による人権への取り組み状況や課題を調査するものです。この最終報告書での指摘事項は、日本国内の人権の状況が国際社会からどのように見られているかを理解する上で、重要な材料となります。
本調査は数多くのメディアでも取り上げられて注目を集めましたが、そもそも、訪日調査およびビジネスと人権作業部会は、国際社会においてどのような役割を担っているのでしょうか。そして、最終報告書ではどのような課題が報告され、日本政府や企業には何が求められているのでしょうか。
そこで本コラムシリーズでは、1回目となる本稿にて国連の人権メカニズム全体像と、その中での訪日調査およびビジネスと人権作業部会の位置付けについて解説し、次回以降で、訪日調査の調査結果および指摘された人権課題について解説していきます。

国連の人権メカニズムと関連組織

人権の保護と促進を担う国連の人権メカニズムにおける重要な組織として、国連人権高等弁務官事務所(以下、「OHCHR」)、人権条約機関、人権理事会が挙げられます。

【図表1】国連の人権メカニズムにおける重要な組織
国連の人権メカニズムにおける重要な組織
(出所)OHCHR Webサイト[ 2 ][ 3 ]を基に当社作成

そして、国連の人権メカニズムは、主に以下の三つの柱によって構成されています[ 4 ]。なお、訪日調査は、「(3)特別手続き」に含まれる任務の一つです。
(1) 主要な国際人権条約の締結国において、履行状況を監視する「人権条約機関による監視」
(2) 国連加盟国が4年半ごとに互いの人権状況を審査し、勧告を行う「普遍的定期的審査(UPR)」
(3) 独立した専門家が、テーマ別・国別に人権に関する調査・報告・助言を行う「特別手続き」

【図表2】国連の人権メカニズムの3本柱
国連の人権メカニズムの3本柱
(出所)OHCHR Webサイト[ 2 ][ 5 ][ 6 ][ 7 ]を基に当社作成

特別手続き(Special Procedures)およびビジネスと人権作業部会の位置付け

特別手続きは、最前線の人権課題に対応し、人権監視システムの重要な役割を担っており、その実施は人権理事会の任命する任務保持者(Mandate Holders)が行います。任務保持者は個人の独立した専門家または作業部会であり、任務の独立性や効率性を保つため、国連職員以外から選定され、無報酬で1期3年、最大6年の任期とされています[ 5 ]。
特別手続きの任務として現在選定されているのは、14の国別手続きと46のテーマ別手続きです[ 5 ]。テーマの一つに「ビジネスと人権」があり、ビジネスと人権作業部会が国別訪問などにより人権状況の調査を行っています。
ビジネスと人権作業部会は、2011年の指導原則の採択とともに、人権理事会によって設立されました。指導原則の実施と普及促進・好事例の共有、ビジネスと人権に関する国内法令・政策に関する助言、多様なステークホルダー間の議論と協力の促進などを任務としています[ 8 ]。

【図表3】 任務保持者・特別手続きの活動内容
任務保持者・特別手続きの活動内容
(出所)OHCHR Webサイト[ 5 ]を基に当社作成

国別訪問とは

特別手続きの重要な活動の一つが、任務保持者の調査要請を受け入れた国連加盟国を訪問し、国内の人権状況を調査する国別訪問であり、今回の訪日調査はその一環として実施されました。
OHCHRのWebサイトの記載[ 9 ][ 10 ]によると、任務保持者は、実際の訪問前に行うステークホルダーへのアンケートの他、訪問期間中に行う政府や地方の当局者、国内人権機関、NGO、市民社会組織、人権侵害の被害者、国連その他政府機関など多様な関係者との面会から、情報を収集します。そして、訪問期間終了時には調査結果について記者会見を行い、最終的な調査結果と提言を人権理事会に報告します。
ビジネスと人権作業部会による国別訪問は、指導原則が採択された翌年の2012年から行われています[ 11 ]。ここ数年はおよそ年2カ国のペースで実施されており、日本は18カ国目の調査国となっています[ 11 ]。

終わりに

以上の通り、今回は訪日調査と本調査を行うビジネスと人権作業部会、そしてこれらの母体となる国連の人権機関・メカニズムを紹介しました。昨年、訪日調査終了時に公表されたミッション終了ステートメントでは、特定のステークホルダーや業種などにおける人権侵害に言及がなされました。これらの問題に対する日本の姿勢は国際社会が注目しており、企業も最終報告書で指摘されている内容を把握し、自社の取り組みにつなげていくことが重要だと考えられます。
次回は、最終報告書の内容を取り上げ、訪日調査の結果および勧告内容の概要について紹介します。

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1 ] OHCHR “A/HRC/56/55/Add.1: Visit to Japan – Report of the Working Group on the issue of human rights and transnational corporations and other business enterprises” A/HRC/56/55/Add.1: Visit to Japan – Report of the Working Group on the issue of human rights and transnational corporations and other business enterprises | OHCHR (2024/07/09)
2 ] OHCHR “Welcome to the Hunan Rights Council” https://www.ohchr.org/en/hr-bodies/hrc/about-council (2024/05/21)
3 ] OHCHR “Treaty Bodies” https://www.ohchr.org/en/treaty-bodies (2024/05/21)
4 ] OHCHR “About the international human rights mechanisms” https://uhri.ohchr.org/en/about (2024/05/10)
5 ] OHCHR “What the treaty bodies do” https://www.ohchr.org/en/treaty-bodies/what-treaty-bodies-do (2024/05/17)
6 ] OHCHR “Universal Periodic Review” https://www.ohchr.org/en/hr-bodies/upr/upr-home (2024/05/17)
7 ] OHCHR “Special Procedures of the Human Rights Council” https://www.ohchr.org/en/special-procedures-human-rights-council/special-procedures-human-rights-council (2024/05/17)
8 ] OHCHR “Working Group on Business and Human Rights” https://www.ohchr.org/en/special-procedures/wg-business (2024/05/17)
9 ] OHCHR “Country and other visits” https://www.ohchr.org/en/special-procedures-human-rights-council/country-and-other-visits (2024/05/10)
10 ] OHCHR “Calls for Input” https://www.ohchr.org/en/calls-for-input-listing?deadline_status[state]=all&page=1 (2024/05/10)
11 ] OHCHR “Country visits” https://www.ohchr.org/en/special-procedures/wg-business/country-visits (2024/05/10)

執筆者

  • 渡邉 聖也

    コンサルティング事業本部

    サステナビリティビジネスユニット サステナビリティ戦略部

    コンサルタント

    渡邉 聖也
  • 米戸 花織

    コンサルティング事業本部

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    米戸 花織
  • 三谷 陶子

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    三谷 陶子
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