EUの炭素国境調整メカニズム(CBAM):対象製品拡大の方向性

2024/09/04 渡邉 敬士
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地球温暖化を背景に、国際社会は産業活動に伴う炭素排出の抑制のための措置を広げています。中でも、EUは域外からの輸入品に対しても炭素排出量に応じたコストを課す「炭素国境調整メカニズム」(CBAM: Carbon Border Adjustment Mechanism) を導入しています。2026年1月からは、いよいよこの制度に基づく炭素コストの支払いが義務化され、グローバルなビジネス環境が大きく変わろうとしています。そこで本稿では、CBAM対象製品の拡大における方向性と、企業の対応方針を紹介します。
※なお、本稿は執筆時点(2024年8月14日)の情報に基づきます。現在も議論が続いていることもあり、最新情報などは法令などの原文をご確認ください

対象製品のEU向け輸出時に炭素コストの支払いを義務付け

CBAMとは、EUに輸入される炭素集約型製品に対して、その生産過程で排出された炭素量に応じたコストを課す制度です。EU域内の炭素価格(執筆時点は1トンあたり約70ユーロ)に基づき、輸入業者が炭素コストを支払います。2023年10月1日から炭素排出量の報告義務を課す移行期間が始まっており、炭素コストの支払い義務は2026年1月以降の排出量報告分からとなります。

CBAM導入の背景には、EUが進める「欧州グリーンディール」による気候変動対策の強化があります。EUは2005年から、企業や施設ごとに温室効果ガス(GHG)の排出上限枠を定め、その余剰分や不足分を市場で取引できるEU排出量取引制度(EU ETS)を実施してきました。EU ETSは主にエネルギー排出量の多い産業セクターを対象に展開してきましたが、他方、炭素集約的な産業がGHG排出規制の緩いEU域外への生産移転を助長し、GHG削減の施策が他地域での排出増加を引き起こす「カーボンリーケージ(炭素漏出)」の恐れがありました。このリスクを抑えるため、一部セクターに対し排出枠を無償で割り当ててきました。しかし、世界全体での炭素排出量削減を進めるには、もう一歩進んだ取り組みが求められていました。そこで2023年5月に改正されたEU ETSで、無償割当枠の削減の加速と同時に、無償割当に代わるカーボンリーケージ対策の施策としてCBAMが施行されました。これに伴い、EU ETSの無償割当は段階的に削減され、2034年には完全に終了する見込みです。

有機化合物・ポリマーなどのプラスチック製品の追加可能性

CBAM規則の対象となるのは、カーボンリーケージのリスクが高い分野(鉄鋼、アルミニウム、肥料(アンモニアを含む)、セメント、水素、電力)で、具体的な対象製品はCNコード[ 1 ]で指定されています。欧州委員会は、これらに加えてさらなる製品の追加を明言しており、以下の3つの観点で評価・検討が進められています。

  1. 鉄鋼やアルミニウムなどのCBAM対象製品を原料とする川下製品について、2024年末までに追加を検討すべき対象製品を特定する
  2. カーボンリーケージのリスクがある他の製品、特に有機化合物・ポリマー(プラスチックを含む)について、2025年末までにCBAM適用の可能性を評価する
  3. 2030年までを目標として、EU ETSの全対象セクターを段階的にCBAM対象製品にする。なお、2034年までにはEU ETSの無償割当を全廃し、完全にCBAMへ移行する

追加の方向性に関して、当社のヒアリングに対し日本貿易振興機構(ジェトロ)は「CBAM規則で具体的に言及されている有機化合物・ポリマーが優先的な追加対象候補であるが、EU ETS対象セクターの石灰・ガラスも候補として検討されていることが、欧州委員会の過去の発言内容から読み取れる」としています。有機化合物やプラスチックは日本の対EU輸出の主要品目[ 2 ]です。仮にCBAM対象製品に追加されると、関連企業は速やかな対応を迫られると予想されます。

【図表】CBAM対象分野とEU ETS対象セクターの比較
CBAM対象分野とEU ETS対象セクターの比較
(注)赤字はCBAM対象製品に該当する産業セクター
(出所)CBAM規則、EU ETS(改正)指令、欧州委員会ウェブサイトを基に当社作成[ 3

CBAMはサーキュラ―エコノミーのビジネスモデル転換の契機か

CBAM規則はEU域内に輸入される対象製品全てに適用されるため、例えば日本の親会社からEU域内の子会社へのグループ間取引においても、炭素コストが課されます。炭素コストの支払いを低減・回避するためには、(1)製品製造時のGHG排出量を削減する、(2)代替素材・代替製品で対応する、(3)当該製品をEU圏内で調達するなどの対応策が考えられます。その前提として、企業はまず当該製品のライフサイクルステージにおける各段階でのGHG排出量を算定した上で、CBAM規則が求める算定方法や算定範囲に準拠したGHG排出量の管理体制を整える必要があります。
「2050年までのGHG実質排出ゼロ(気候中立)」を主な目標として掲げる欧州グリーンディールは、経済システムのサーキュラーエコノミーへの転換を気候中立実現に向けた中核として位置付けています。折しも、世界からプラスチック汚染防止に向けた国際的な条約に関する交渉においても、持続可能な製品設計や消費、廃棄物管理などサーキュラ―エコノミー実現に向けた取り組みの重要性がうたわれています。CBAM規則への対応は、企業にとってサーキュラーエコノミーを前提とした新たなビジネスモデルへの転換を促すきっかけにもなるでしょう。


1 ]輸出入時の商品分類に用いられる8桁のコード番号のこと。世界共通のHSコード(1~6桁)に続くEU独自の商品分類コード(7~8桁)で構成される。
2 ]2022年の日本の対EU主要輸出品において有機化合物は4番目、プラスチックは10番目に多い。
税関 「対EU主要輸出品の推移(年ベース)」https://www.customs.go.jp/toukei/suii/html/data/y6_3.pdf(2024/08/14)
3 ]出所は以下の通り。
CBAM規則 https://eur-lex.europa.eu/eli/reg/2023/956/oj(2024/08/14)
EU ETS(改正)指令 https://eur-lex.europa.eu/eli/dir/2023/959/oj(2024/08/14)
欧州委員会ウェブサイト https://climate.ec.europa.eu/eu-action/eu-emissions-trading-system-eu-ets/scope-eu-emissions-trading-system_en(2024/08/14)

執筆者

  • 渡邉 敬士

    コンサルティング事業本部

    サステナビリティビジネスユニット サステナビリティ戦略部

    コンサルタント

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