TNFDの基礎知識:LEAPアプローチの解説(5)Assessフェーズ
企業のTNFD開示に向けたポイントを解説している本コラム。前回は、LEAPアプローチの二つ目のステップである「Evaluate」を取り上げました。Evaluateの目的は、企業にとって潜在的に重要な自然に関する依存とインパクトを評価することでした。5回目となる今回は、Evaluateの次のステップである、「Assess」の目的やプロセスを解説します。
Assessフェーズとは
Assessフェーズでは、自然関連のリスクと機会の中で、企業が取り組み、開示すべき重要なものは何かを決定することです。そのために、前回の「Evaluate」フェーズで重要な自然に関する依存とインパクトを評価した結果を基に、そこから生じる自然関連のリスクと機会の特定、測定、優先順位付けを行います。
LEAPアプローチガイダンス[ 1 ]は、Assessフェーズの分析をA1~A4の四つのステップに分けて進めることを推奨しています。
A1:リスクと機会の特定
Evaluateフェーズで評価した自然への依存とインパクトの結果に基づき、企業にとっての自然関連のリスクと機会は何かを特定します。TNFDは、自然関連のリスクを「組織や、より広範な社会の自然への依存やインパクトから生じる、企業にもたらされる潜在的な脅威」、機会を「自然に対するプラスのインパクトを生み出す、または自然に対するマイナスのインパクトを緩和することにより、組織と自然にとってプラスの成果を生み出す活動」と定義しています。
リスクと機会の分類は下表の通りです。
自然関連のリスクと機会は、本コラム第4回「TNFDの基礎知識:LEAPアプローチの解説(4)Evaluateの解説」の【図表2】の通り、依存とインパクトから生じます。Evaluateフェーズで評価した依存とインパクトの内容を踏まえ、リスクと機会の分類に当てはめて考えることで、自社におけるリスクと機会を特定していきます。
リスクと機会の特定方法として、自然関連のリスクと機会に影響を与えるマクロな状況(地域および国際的な政策と規制の状況、技術革新、市場動向の変化、消費者の嗜好と需要の変化など)を理解することも有用です。そのために、シナリオ分析の実施も推奨されています。気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)では気候変動に関する政府間パネル(IPCC)や国際エネルギー機関(IEA)などにより、未来の理想的な状態から逆算して現在の行動を計画するバックキャスティングで、目標の未来に到達する経路を理解する規範的なシナリオが設定されています。一方TNFDにおける自然シナリオは、規範的なシナリオが存在せず、さまざまな不確実性を考慮しながら納得のいく未来を設定する探索的なシナリオになります。具体的なシナリオ分析の進め方は、シナリオ分析に関するTNFDガイダンス[ 2 ]が発行されています。
その他、リスクと機会の特定方法として、セクターガイダンスを参照することもできます。例えば食品・農業セクターであれば、物理的リスクとして計12項目、移行リスクとして計18項目の具体的なリスクが例示されている[ 3 ]ので、その中から自社に関連した項目をピックアップすることができます。
下表を見ると、キリンホールディングスは、Evaluateフェーズで整理した情報を基に依存経路・影響経路の関係図を作成し、リスクと機会を抽出しています。
A2:既存のリスク緩和とリスク機会管理の調整
A2では、企業内におけるリスクと機会の管理プロセスと要素を踏まえ、自然関連のリスクと機会を組み込むためにどのような調整を行うべきかを検討します。気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)では気候関連リスクと機会を既存の管理プロセスに組み込むために「相互関連性(全ての機能、部門、専門家が関与する等)」、「時間的方向性(短期、中期、長期の時間枠や季節性等)」、「比例性(他リスクとの比較等)」、「一貫性(企業のリスクマネジメントプロセスの中で一貫して使用する等)」の四つの原則が提示されています。一方TNFDでは、自然への依存やインパクトは特定の地理的場所に特有のものであることを強調するため、前述の四つの原則に「場所に基づく」という自然特有の原則が追加されています。
上述の通り、TNFD は、自然関連のリスクと機会について独立した管理プロセスを構築するのではなく、企業が他のリスクを管理するためにすでに使用しているカテゴリー(財務リスク、運用リスク、戦略リスクなど)、またはサブカテゴリーを使用して、自然関連のリスクと機会を既存のリスク管理プロセスに統合することを推奨しています。例えば、特定した自然関連のリスクの中に、「地下水利用に関する税金や手数料が発生し、コストが増加する」という「移行リスク(政策)」がある場合、他の財務リスクと統合してリスクを管理することが検討できます。
A3:リスクと機会の測定と優先順位付け
A3では、A2までで特定されたリスクと機会を評価・測定し、優先順位付けを行います。TNFDは、伝統的な「規模」と「発生可能性」のアプローチと、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)が拡大した「脆弱性」と「スピード」に加え、独自の追加基準である「重大性」と「社会的インパクト」にのっとって、優先順位付けを行うことを推奨しています。
A4:リスクと機会の重要性評価
自然関連のリスクと機会が、企業の財務的影響(財務状況、財務実績、キャッシュフローに及ぼす現在および予想される影響)を理解した上で、どの自然関連のリスクと機会が重要で開示されるべきかを評価します。企業の財務的影響を検討する上で、一般的には、特定されたリスクと機会から生じる損害または便益の可能性、計画された対応、対応の有効性などを評価することが挙げられます。また、シナリオ分析から情報を得ることも有効です。
しかし、最初から企業の財務的影響を定量的に分析することは難しいため、まずは定性的な分析から始めるのも一案です。下表を見ると、積水ハウスでは、重要な原料である木材に関する物理的リスク「木材調達の不安定化」を、四つの要素に細分化の上、定性的な財務影響分析を実施しています。
まとめ
本コラムでは、LEAPアプローチにおけるAssessの目的やプロセスについて解説しました。次回のコラムでは、LEAPアプローチの「Prepare」フェーズについて解説していきます。
※本コラムは、中森俊吾(~2024年9月末 出向在籍) 、長瀬正和を中心に執筆しました。
【関連サービス】
自然資源管理(生物多様性、森林、海洋、持続可能な農林水産業、食料・消費者、TNFD)
気候変動(脱炭素、エネルギー、排出量削減戦略、TCFD)
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『TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)への対応』
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TNFD最終提言v1.0の概要
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TNFDの基礎知識:最終提言に向けた連載(2)「LEAPアプローチ」
TNFDの基礎知識:最終提言に向けた連載(3)「情報開示の4つの柱と6つの一般要求事項」
[ 1 ]TNFD「Guidance on the identification and assessment of nature-related issues: The LEAP approach Version 1.1」https://tnfd.global/wp-content/uploads/2023/08/Guidance_on_the_identification_and_assessment_of_nature-related_Issues_The_TNFD_LEAP_approach_V1.1_October2023.pdf(最終確認日:2024/9/20)
[ 2 ]TNFD「Guidance on scenario analysis」Guidance_on_scenario_analysis_V1.pdf (tnfd.global) (最終確認日:2024/9/20)
[ 3 ]TNFD「Additional sector guidance – Food and agriculture」Additional-Sector-Guidance-Food-and-Agri.pdf (tnfd.global) (最終確認日:2024/9/20)
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