「国連ビジネスと人権の作業部会」による訪日調査の最終報告書(2)
「国連ビジネスと人権の作業部会(The UN Working Group on Business and Human Rights)」(以下、ビジネスと人権作業部会)による訪日調査の最終報告書(以下、報告書)では、日本における幅広い人権課題が指摘されるとともに、政府・企業・市民社会への勧告が示されています。報告書は、日本の人権状況を把握し、今後の取り組みの方向性を考える上で、有用な資料です。
本コラムシリーズの第1回では、国連の人権メカニズム全体像と、そこにおける訪日調査およびビジネスと人権作業部会の位置付けについて解説しました。第2回となる今回は、報告書の「Ⅱ.(日本におけるビジネスと人権の)現況」[ 1 ]の内容を紹介します。
「Ⅱ.現況」の概要
「Ⅱ.現況」では、「ビジネスと人権に関する国連指導原則」(以下、指導原則)の三つの柱である「A.国家の人権保護義務」「B.企業の人権尊重責任」「C.救済へのアクセス」の側面から、調査結果がまとめられています。
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A.国家の人権保護義務:NAPの認知度向上およびステークホルダーの関与などが課題
「A.国家の人権保護義務」では、人権に関する日本政府による主要な指針といえる「『ビジネスと人権』に関する行動計画」(以下、NAP)と「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」(以下、ガイドライン)を取り上げ、NAP・ガイドラインの策定、およびそれらに基づいた取り組みを評価しています。
一方で、指導原則やNAPに対する認識が地方では不足しているとして、NAPの策定・実施にステークホルダーが十分に関与していないように見受けられると指摘しています。その上で、NAP見直しのプロセスは、政府が全ての関連するステークホルダーと対話をする機会になると言及しています。ガイドラインについては、パブリックコメント(意見公募)期間が不十分、ガイドラインへの準拠が任意、「人権」の定義が限定的、国有企業(State-owned enterprises)への適用が不明確、と指摘しています。
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B.企業の人権尊重責任:大企業と中小企業間のギャップ解消などが課題
「B.企業の人権尊重責任」では、企業間、特に大企業と中小企業間で指導原則の理解・実践に差があると指摘しています。調査においてステークホルダーから上がった声として、中小企業向けのガイダンス・能力構築を政府に求める意見が取り上げられています。加えて、取り扱う商材が多様に存在することに鑑みて、特に総合商社と小売業者は幅広いセクターへ影響力を及ぼしバリューチェーン上の企業へ指導原則の適用を促せる、としています。
また、ビジネスと人権作業部会が面会した多くの企業関係者から、人権デュー・ディリジェンスの義務化を求める声が上がったと述べています。
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C.救済へのアクセス:既存制度の実効性の強化などが課題
「C.救済へのアクセス」では、まず国家基盤型の救済制度に関するいくつか懸念が指摘されています。具体的には、指導原則や事業活動における人権問題に対する裁判官の認識不足や、手続きの冗長性などにより裁判を通じた救済が効果的に機能していないことを挙げました。また、国内人権機関[ 2 ]が未設置である点や、「責任ある企業行動のための各国連絡窓口」(NCP:National Contact Points for Responsible Business Conducts)[ 3 ]の知名度と影響力が十分でない点なども挙げられています。
非国家基盤型の救済に関しては、企業に内部通報窓口の設置などを義務付けた改正公益通報者保護法[ 4 ]に言及しています。この法改正自体は評価されるものの、従業員数規模による対応状況の差が企業間でみられる点[ 5 ]や、保護対象者の定義が依然として限定的である点を指摘しています。加えて改正法では、通報を理由とした通報者への不利益な取り扱いを禁止しているものの、実際に不利益な取り扱いを行った企業や、内部通報窓口自体を設置していない企業に対する罰則規定がない点も指摘しています[ 6 ]。このため、通報者の保護と法の実効性を強化する措置を求めています。
日本企業への勧告内容
報告書の「Ⅴ.結論と勧告」には、日本企業に対する勧告が記されています。本コラムで取り上げた「Ⅱ.現況」に関連する勧告を紹介します。
企業には、指導原則29に基づき苦情処理メカニズムを設置するとともに、そのメカニズムが効果的に機能するために、指導原則31で示されている八つの要件を満たすよう求めています。この際、ジェンダーの視点を取り入れ[ 7 ]、被害を受けた個人・コミュニティーに対して効果的な救済を提供することが重要としています。
終わりに
本コラムでは、ビジネスと人権作業部会が行った訪日調査について、報告書で「A.国家の人権保護義務」「B.企業の人権尊重責任」「C.救済へのアクセス」の三つの側面からまとめた部分を取り上げました。国内における人権の取り組みは着実に進んでいる一方、グローバルな視点に立つと課題があり、さらなる取り組みが必要だと分かります。人権についての取り組みが一定程度進んでいる企業においては、このような視点から、自社の取り組み度合いをチェックすることが求められるのではないでしょうか。
次回は、報告書の「Ⅲ.リスクの高いステークホルダーグループ」について解説します。
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ビジネスと人権に関する国別行動計画の策定
[ 1 ]MURCにて意訳している。(原文は「Ⅱ.Context」)
[ 2 ]人権侵害からの救済や人権についての普及啓発、人権に関する法律・政策への提言を担う組織。日本政府は長年、国連から人権機関を設置するよう勧告を受けている。
[ 3 ]「OECD責任ある企業行動に関する多国籍企業行動指針」(以下、「行動指針」)に参加する各国政府に設置され、行動指針に照らして企業の行動に問題があると提起された事例の解決支援を行う
[ 4 ]常時使用する労働者の数が300人以下の事業者については努力義務
[ 5 ]報告書で引用されている帝国データバンクの調査によると、改正公益通報者保護法に関して自社の理解や対応状況を尋ねる設問において、「内容を理解し、対応している」または「内容をある程度理解し、対応している」に回答した割合が、従業員数1000人超の企業では70.0%、301人~1000人の企業では57.4%、101人~300人の企業では36.0%、さらに規模が小さくなるほど割合が低下している。(帝国データバンク「公益通報者保護制度に関する企業の意識調査」(2023年11月30日))最終アクセス日:2024/11/20
[ 6 ]公益通報者保護法の規定に違反した場合については、消費者庁のホームページにて、以下の通り解説されている。
・「内部公益通報対応体制の整備義務等に違反した場合等には、助言、指導又は勧告の対象となり、勧告に従わない場合には公表の対象となります。また、報告徴収について、報告をせず、又は虚偽の報告をした場合には、20万円以下の過料対象となります」
・「本法の規定に違反し、公益通報者に対して解雇その他不利益な取扱いを行った場合、このこと自体が直接行政指導、行政処分等の対象となるわけではありませんが、当該不利益な取扱いが行われたことが内部公益通報対応体制の整備義務等に違反していると評価される場合等には、助言、指導、勧告又は公表の対象になり得ます」
消費者庁「罰則その他事項に関するQ&A」
https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_partnerships/whisleblower_protection_system/faq/faq_013#q1
[ 7 ]ジェンダー視点を盛り込んだ指導原則の実施についてビジネスと人権作業部会がまとめた報告書A/HRC/41/43(2019)を参照
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