「国連ビジネスと人権の作業部会」による訪日調査の最終報告書(3)

2024/12/03 渡邉 聖也、米戸 花織、三谷 陶子
Quick経営トレンド
ビジネスと人権
人権

「国連ビジネスと人権の作業部会(The UN Working Group on Business and Human Rights)」(以下、ビジネスと人権作業部会)によって行われた、訪日調査の最終報告書(以下、報告書)の「Ⅲ.リスクに直面しているステークホルダー」では、女性、LGBTQI+、障害者、先住民族とマイノリティ・グループ、子ども、高齢者に焦点が当てられています。本コラムでは、報告書で言及されている主な課題を2回に分けて紹介します。

A. 女性

日本のジェンダーギャップ指数は146カ国中125位(2023年時点)と依然として低水準にあり[ 1 ][ 2 ]、ジェンダーの格差が縮まっていないと指摘されています。報告書では、大企業に対し男女間の賃金格差の公表を義務化したことは前進と評価する一方、フルタイムの女性労働者の賃金は、同じフルタイムの男性の75.7%、非正規労働者では80.4%と、賃金格差はなお広がっていること、女性が補助的な業務や臨時・パートタイム雇用に限定される傾向が強く、キャリアアップの機会が制限されがちな点を挙げています。特にマイノリティ・グループに属する女性に対しては、格差がさらに深刻化しやすいと指摘されています。
その他、リーダーや意思決定の役割に占めるジェンダーの多様性を促進する必要性や、男性の育児休暇取得を促進することも課題として挙げられています。

B. LGBTQI+ 3

トランスジェンダーへの差別的な慣行やヘイトスピーチ[ 4 ]が問題視されており、LGBT理解増進法[ 5 ]が制定されたものの、LGBTQI+個人に対する差別の禁止条項が含まれていないことや、差別の定義が不明確だと指摘しています。
一方、トランスジェンダーに対するトイレの使用制限を違法とした最高裁判決[ 6 ][ 7 ]や、同性カップルを想定したパートナーシップ制度[ 8 ]を導入する自治体の増加、それに伴いLGBTQI+の従業員が利用できる企業の福利厚生の幅が広がる動きなど、前向きな進展についても言及しています。

【図表1】報告書内での主な指摘事項(女性、LGBTQI+)
報告書内での主な指摘事項(女性、LGBTQI+)
(出所)報告書パラグラフ30~35を基に当社作成

C. 障害者 9

労働市場や職場における障害者の包摂が喫緊の課題と強調しています。職場における差別や低賃金の、法定雇用率の対象外の障害者や難病患者の存在、さらに、法定雇用率を満たすために障害者に提供される就労の場[ 10 ]が障害を持つ従業員のみで構成され、他の労働者と隔離によって不平等が助長されていると指摘されています。
その他、支援制度の不十分さも課題として挙げられています。報告書内では「より支援を必要とする障害者に対して提供される支援制度」[ 11 ]と表現され、これが通勤・勤務時間でのサポートとしては不十分であり、当該制度は雇用者にとって複雑で利用しにくく、結果として障害者の包摂を阻害する結果になっていると指摘しています。また、旅行、不動産サービスの利用などにおける差別、障害とジェンダーの交差性(インターセクシュアリティ[ 12 ])を考慮することも求めています。

D. 先住民族

報告書では、先住民族としてアイヌ民族が取り上げられています。アイヌ施策推進法が成立したものの、包括的な調査が実施されておらず、差別の実態が明らかになっていない点が指摘されています。加えて、漁業権、森林管理・狩猟に関する集団的権利など、アイヌ民族の権利を侵害する法律や、アイヌ民族から「自由意思による、事前の、十分な情報に基づく同意(Free, Prior and Informed Consent:FPIC)」を得ないまま進められる再生可能エネルギー分野を含むさまざまな開発事業、ヘイトスピーチについても懸念が示されています。

【図表2】報告書内での主な指摘事項(障害者、先住民族)
報告書内での主な指摘事項(障害者、先住民族)
(出所)報告書パラグラフ40~42を基に当社作成
【図表3】本コラムおよび報告書内で言及している主な法律
本コラムおよび報告書内で言及している主な法律
(出所)当社作成

終わりに

本コラムでは報告書内で言及されているさまざまなリスクに直面しているステークホルダーのうち、女性、LGBTQI+、障害者、先住民族・マイノリティ・グループ(前半・先住民族)における課題を紹介しました。
次回のコラムでは、マイノリティ・グループ、子ども、高齢者について報告書で指摘されている課題を取り上げます。

【関連サービス】
ビジネスと人権

【関連資料】
【資料ダウンロード】「人権尊重の経営 SDGs時代の新たなリスクへの対応」の著者による『「ビジネスと人権」対応を主眼とした監査』のご紹介

【関連レポート・コラム】
「国連ビジネスと人権の作業部会」による訪日調査の最終報告書(1)
「国連ビジネスと人権の作業部会」による訪日調査の最終報告書(2)
「国連ビジネスと人権の作業部会」による訪日調査の最終報告書(4)
「国連ビジネスと人権の作業部会」による訪日調査の最終報告書(5)
DE&IとSDGs:未来志向の人権経営(1)
DE&IとSDGs:未来志向の人権経営(2)
人権デュー・ディリジェンス(人権DD)における監査の実務(1)
人権デュー・ディリジェンス(人権DD)における監査の実務(2)
ビジネスと人権に関する国別行動計画の策定


1 ]The World Economic Forum, “Global Gender Gap Report 2024”, https://www3.weforum.org/docs/WEF_GGGR_2024.pdf (最終確認日:2024/7/16)
2 ]Global Gender Gap Report 2024によると、ジェンダーギャップのスコアは「経済」「教育」「健康」「政治」の4分野で評価されるが、日本は特に経済および政治の分野で低スコアとなっている。特に、経済においては女性管理職率、政治においては女性国会議員の数が低水準であり、スコアを下げる要因となっている。また、報告書内で言及されているのは2023年の順位であり、2024年6月12日に最新版が公表され、118位とやや改善している。
3 ]レズビアン(Lesbian)、ゲイ(Gay)、バイセクシャル(Bisexual)、トランスジェンダー(Transgender)、クエスチョニング/クィア(Questioning/Queer)、インターセックス(Intersex)の六つの頭文字を取った言葉に、プラス(+、左記の五つ以外にも多様なセクシャリティがあることを示すもの)を付けたセクシャルマイノリティの総称の一つ。
4 ]国連「ヘイトスピーチに関する国連戦略・行動計画」では、ヘイトスピーチは「ある個人や集団について、その人が何者であるか、すなわち宗教、民族、国籍、人種、肌の色、血統、ジェンダー、または他のアイデンティティー要素を基に、それらを攻撃する、または軽蔑的もしくは差別的な言葉を使用する、発話、文章、または行動上のあらゆる種類のコミュニケーション」と定義されている。
国連広報センター「ヘイトスピーチを理解する:ヘイトスピーチとは何か」https://www.unic.or.jp/news_press/features_backgrounders/48162/(最終確認日:2024/11/18)
5 ]正式名称は「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律」
6 ]裁判所「令和3年(行ヒ)第285号 行政措置要求判定取消、国家賠償請求事件 令和5年7月11日 第三小法廷判決」https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/191/092191_hanrei.pdf
7 ]なお、[ 6 ]の判決文によると、このトランスジェンダーの女性は健康上の理由から性別適合手術は受けていないものの、女性ホルモン投与により男性ホルモン量が同年代の男性の基準値の下限を大きく下回っており、性衝動に基づく性暴力の可能性が低いと判断される旨の医師の診断を受けている。
8 ]各自治体が同性同士のカップルを婚姻に相当する関係と認め、証明書を発行する制度。
一般社団法人日本LGBTサポート協会「パートナーシップ宣誓制度」https://lgbt-japan.com/partnership/ (最終確認日:2024/7/16)
9 ]厚生労働省の表記に従い、”障害者”と表記。
10 ]報告書内では「代理雇用」などと表現されている。代理雇用の例として、「障害者雇用ビジネス」が挙げられ、農園などの就業場所を作り企業に提供し、当該企業に雇用された障害者が農作業などの業務を行う事例が挙げられる。自社の事業とは関係のない業務に従事するケースが見受けられ、厚生労働省も実態調査を行っている。
厚生労働省「いわゆる障害者雇用ビジネスに係る実態把握の取組について」
https://www.mhlw.go.jp/content/11704000/001087755.pdf (最終確認日:2024/7/16)
また、報告書内では明記されていないが、障害者雇用促進法では、障害者の雇用の促進及び安定を図るため、事業主が障害者の雇用に特別の配慮をした子会社を設立し、一定の要件を満たす場合には、特例としてその子会社に雇用されている労働者を親会社に雇用されているものとみなして、実雇用率を算定できることとしている特例子会社制度が認められている。
厚生労働省「『特例子会社』制度の概要」https://www.mhlw.go.jp/bunya/koyou/shougaisha/dl/07.pdf (最終確認日:2024/7/16)
11 ]報告書内では制度名について言及されておらず、なぜこれらの制度が利用しにくいのかについて具体的な理由は述べられていないが、障害者の通勤・勤務時間に関するサポート制度(雇用者が申請するもの)の例としては、「重度訪問介護サービス利用者等職場介助助成金」、「重度訪問介護サービス利用者等通勤援助助成金」などがある。
(※あくまで参考情報として支援制度の一例を紹介するものであって、当該制度について当社が問題提起をするものではありません)
参考:独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構「令和6年度4月版 障害者雇用納付金関係 助成金のごあんない」https://www.jeed.go.jp/disability/subsidy/kaijo_joseikin/q2k4vk0000039x22-att/q2k4vk0000039x4z.pdf (最終確認日:2024/9/26)
12 ]ジェンダー、人種、セクシュアリティ、障害などさまざまな属性が交差した時に起きる特有の差別や不利益を理解するための枠組みを指す。

執筆者

  • 渡邉 聖也

    コンサルティング事業本部

    サステナビリティビジネスユニット サステナビリティ戦略部

    コンサルタント

    渡邉 聖也
  • 米戸 花織

    米戸 花織
  • 三谷 陶子

    コンサルティング事業本部

    サステナビリティビジネスユニット サステナビリティ戦略部

    アソシエイト

    三谷 陶子
facebook x In

テーマ・タグから見つける

テーマを選択いただくと、該当するタグが表示され、レポート・コラムを絞り込むことができます。