TNFDの基礎知識:LEAPアプローチの解説(6)Prepareフェーズ

2024/12/04 塩見 嵩
Quick経営トレンド
サステナビリティ
生物多様性
気候変動

企業のTNFD開示に向けたポイントを解説している本コラムですが、前回は、LEAPアプローチの三つ目のステップである「Assess」を取り上げました。Assessフェーズでは、自然関連のリスクと機会の中で、企業が取り組み、開示すべき重要なものは何かについて検討する必要がありました。

6回目となる今回は、企業のTNFD開示において、自然関連のリスクと機会に対応する情報開示のための準備段階における、「Prepare」について解説します。

Prepareフェーズとは

Prepareフェーズは、「Locate」、「Evaluate」、「Assess」の各分析結果より特定された課題に対して、組織がどのように対応すべきか、また、TNFDの開示提言に沿って何を開示するかについて検討します。

LEAPアプローチガイダンス[ 1 ]は、Prepareフェーズの分析をP1~P4の四つのステップに分けて進めることを推奨しています。

P1: 戦略とリソース配分計画

P1では、Locate、Evaluate、Assessの各分析結果から特定した自然関連のリスクと機会、および依存とインパクトに対して、企業としてどのようなリスク管理、戦略、ヒト・モノ・カネや時間といったリソースの配分を行うかについて検討します。

TNFDガイダンスでは、組織が特定した自然関連課題への対応として、AR3Tフレームワークでの整理を推奨しています。AR3Tとは、自然環境へのネガティブな行動を回避し(Avoid)、可能な限り削減し(Reduce)、その上で自然の再生と復元に貢献し(Restore and Regenerate)、バリューチェーン内外の根本的なシステムを変革していくために行動する(Transform)、といった組織の行動の変化を体系的に整理した内容となります【図表1】。

企業の具体的な参考事例として、キリンホールディングスでは、ネイチャーポジティブへの移行に向けたアクションをAR3Tフレームワークで整理し、開示しています【図表2】。

【図表1】AR3Tフレームワーク
AR3Tフレームワーク
(出所)TNFD「Guidance on the identification and assessment of nature-related issues: The LEAP approach Version 1.1」より当社作成(最終確認日:2024/10/28)
【図表2】キリンホールディングス株式会社/ネイチャーポジティブへの移行に向けたアクション
キリンホールディングス株式会社/ネイチャーポジティブへの移行に向けたアクション
(引用)キリンホールディングス株式会社「キリングループ 環境報告書2024」(P.23) https://www.kirinholdings.com/jp/investors/files/pdf/environmental2024.pdfより画像引用(最終確認日:2024/10/28)

P2: 目標設定およびパフォーマンス管理

P2では、計画した自然関連のリスクと機会、および依存とインパクトへの対応の進捗を測定するための指標と目標を設定します。

目標の設定に当たり、ガイダンスでは昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)といった、外部イニシアチブなどで掲げられている目標水準と整合することが推奨されており、目標はSBTN(Science-Based Targets for Nature)と同様に、「具体的」、「定量的」、「期限が定められているもの」と定義されています【図表3】。

【図表3】昆明・モントリオール生物多様性枠組 ネイチャーポジティブの未来に向けた2030年世界目標
昆明・モントリオール生物多様性枠組 ネイチャーポジティブの未来に向けた2030年世界目標
(出所)環境省「昆明・モントリオール生物多様性枠組 ─ ネイチャーポジティブの未来に向けた2030年世界目標 ─」https://www.biodic.go.jp/biodiversity/about/treaty/files/kmgbf_pamph_jp.pdfより当社作成(最終確認日:2024/10/28)

組織の目標設定に当たり、TNFD が推奨する指標としてグローバル中核開示指標【図表4・5】が挙げられ、コンプライ・オア・エクスプレインでの開示(採用して開示するか、不採用の場合はその理由を説明する)が強く推奨されています。グローバル中核開示指標は、どのセクターにおいても一般的な基準を組み込んでおり、また、GBFやその他の国際条約、国際政策のコミットメントを含む、グローバルな政策目標との整合性があります。セクター固有の指標については、セクター別のガイダンスに記載されています。

【図表4】自然関連の依存とインパクトに関するTNFD のグローバル中核開示指標と測定指標
自然関連の依存とインパクトに関するTNFD のグローバル中核開示指標と測定指標
(出所)TNFD「Taskforce on Nature-related Financial Disclosures (TNFD) Recommendations」を基に当社仮訳・作成(最終確認日:2024/10/28)
【図表5】自然関連のリスクと機会に関するTNFD のグローバル中核開示指標と測定指標
自然関連のリスクと機会に関するTNFD のグローバル中核開示指標と測定指標
(出所)TNFD「Taskforce on Nature-related Financial Disclosures (TNFD) Recommendations」を基に当社仮訳・作成(最終確認日:2024/10/28)
【図表6】企業の開示事例 キリンホールディングス株式会社/測定指標の開示
企業の開示事例 キリンホールディングス株式会社/測定指標の開示
(引用)キリンホールディングス株式会社「キリングループ 環境報告書2024」(P.30) https://www.kirinholdings.com/jp/investors/files/pdf/environmental2024.pdfより画像引用(最終確認日:2024/10/28)

なお、ガイダンスでは「何を目標とするか」、「どのように測定するか」、「目標値の達成期限、レベル感」、「モニタリング、報告、見直しのプロセス」を、効果的な目標の作成要素として定めています。

P3/P4: 報告・公表

P3/P4では、LEAPアプローチで分析してきたLocate、Evaluate、Assess、Prepareの結果について、何をどのようにどこまで開示するのかが求められます。基本的には、TNFDの開示提言[ 2 ]に沿って開示内容をまとめていきますが、TNFDでは開示に当たり、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)のIFRS S1(一般要求事項)の開示基準と整合性を持つことを推奨しており、自然関連の問題が組織の戦略や意思決定に与える影響を、利用者に理解できるような開示を提案しています。なお、統合報告書といった開示内容のスペースに限りがある媒体では、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)などと一緒に開示することも一案です。例えばキリンホールディングスでは、統合報告書にて「TCFD・TNFDフレームワークに基づく開示」として掲載しています。

その他、Prepareフェーズにおいて参考となるガイダンスには、下記が挙げられています。

  • TNFD Recommendations(自然関連財務情報開示タスクフォースの提言)[ 2
  • SBTN guidance on setting science-based targets for nature(自然資本に関する科学的な目標設定ガイダンス)[ 3
  • Guidance on disclosure presentation by relevant standards bodies; and
  • ISSB’s IFRS-S1 General Requirements for Disclosure of Sustainability-related Financial Information(サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項)[ 4

まとめ

本コラムでは、現在TNFD開示に向けた検討を進めている組織や、既に開示準備を進めている組織に対して、TNFD開示に向けたポイントを全6回にわたり解説してきました。第1回ではTNFDの開示動向と開示に向けた準備について解説し、第2~6回ではLEAPアプローチ分析のフェーズごとに、事例を交えつつ解説してきました。TNFDに関する今後の動向については、必要な情報を注視しつつ、自然関連の情報開示や分析に向けた準備が重要となります。全6回にわたって掲載した本コラムが、企業ご担当者さまのTNFD提言対応構築の一助になりましたら幸いです。

【関連サービス】
自然資源管理(生物多様性、森林、海洋、持続可能な農林水産業、食料・消費者、TNFD)
気候変動(脱炭素、エネルギー、排出量削減戦略、TCFD)

【資料ダウンロード】
『TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)への対応』

【関連レポート・コラム】
TNFDの基礎知識:LEAPアプローチの解説(1) TNFDの開示動向と開示に向けた準備
TNFDの基礎知識:LEAPアプローチの解説(2)スコーピングの解説
TNFDの基礎知識:LEAPアプローチの解説(3)Locateフェーズ
TNFDの基礎知識:LEAPアプローチの解説(4)Evaluateの解説
TNFDの基礎知識:LEAPアプローチの解説(5)Assessフェーズ
TNFD最終提言v1.0の概要
TNFDの基礎知識:最終提言に向けた連載(1)「自然の定義と依存・影響、リスク・機会」
TNFDの基礎知識:最終提言に向けた連載(2)「LEAPアプローチ」
TNFDの基礎知識:最終提言に向けた連載(3)「情報開示の4つの柱と6つの一般要求事項」


1 ]TNFD「Guidance on the identification and assessment of nature-related issues: The LEAP approach Version 1.1」
https://tnfd.global/wp-content/uploads/2023/08/Guidance_on_the_identification_and_assessment_of_nature-related_Issues_The_TNFD_LEAP_approach_V1.1_October2023.pdf(最終確認日:2024/10/28/)
2 ]TNFD「Taskforce on Nature-related Financial Disclosures (TNFD) Recommendations」
https://tnfd.global/publication/recommendations-of-the-taskforce-on-nature-related-financial-disclosures/#publication-content(最終確認日:2024/10/28)
3 ]SBTN「guidance on setting science-based targets for nature」
https://tnfd.global/publication/additional-draft-guidance-for-corporates-on-science-based-targets-for-nature-2/(最終確認日:2024/10/28)
4 ]ISSB’s 「IFRS-S1 General Requirements for Disclosure of Sustainability-related Financial Information」
https://www.ifrs.org/issued-standards/ifrs-sustainability-standards-navigator/ifrs-s1-general-requirements/#about(最終確認日:2024/10/28)

テーマ・タグから見つける

テーマを選択いただくと、該当するタグが表示され、レポート・コラムを絞り込むことができます。