「国連ビジネスと人権の作業部会」による訪日調査の最終報告書(4)

2024/12/09 渡邉 聖也、米戸 花織、三谷 陶子
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前コラムに引き続き、「国連ビジネスと人権の作業部会(The UN Working Group on Business and Human Rights)」(以下、ビジネスと人権作業部会)による訪日調査の最終報告書(以下、報告書)の「Ⅲ.リスクに直面しているステークホルダー」に焦点を当てます。今回は、Ⅲで言及されているステークホルダーのうち、マイノリティ・グループ、子ども、高齢者についてです。

D.マイノリティ・グループ

報告書では在日韓国・朝鮮人、在日中国人をはじめとする外国人に対する差別や、被差別部落の問題が取り上げられています。法務省の2017年の調査[ 1 ]では、外国人が求職や雇用時に外国人であることを理由に就職を断られた(25.0%)、同じ仕事をしているのに賃金が日本人より低かった(19.6%)、勤務時間や休暇日数などの労働条件が日本人より悪かった(12.8%)などの差別を受けたというアンケート結果が示されています(かっこ内は回答に占める割合)。さらに、事業主による差別(ヘイトスピーチ含む)が多発しており、ヘイトスピーチ関連の裁判は長期化し、勝訴しても金銭的な補償がないことが救済への障壁となっていると指摘しています[ 2 ]。また、近年施行した法律に関する言及もありました。被差別部落の問題については、2016年制定の「部落差別の解消の推進に関する法律」で「日本国憲法の理念にのっとり、部落差別は許されないものであるとの認識の下にこれを解消することが重要な課題」と明記されているものの、訪日調査団はいまだに平等な雇用機会を与えられていないと述べています。また、「ヘイトスピーチ解消法[ 3 ]」が外国人以外を対象に含まない点などの指摘もされています。

E.子ども

報告書では、日本において児童労働が法的に定義されておらず[ 4 ][ 5 ]、政府が児童労働撲滅に向けた行動計画を策定していないことが問題視されています。加えて、子どもの権利が十分に認識されておらず、企業がその権利に与える影響についての理解度も低いと指摘されています。一方、政府が「こども基本法」と「こども大綱」を制定し、2023年には「こども家庭庁」を創設したことは、ビジネスと人権の文脈で子どもの権利を捉え、ビジネスにおいて子どもも重要なステークホルダーである認識を高める上での好機であるとしています。

F.高齢者

日本はOECD加盟国の中でも高齢者の労働参加率が最も高い国の一つです。総務省の調査[ 6 ]でも2023年時点で65歳以上の労働者は914万人と、過去最多を記録しています。しかし、報告書では、日本には他のOECD諸国とは異なり年齢差別を禁止・制限する一般法がない[ 7 ]ことに言及した上で、高齢労働者に対する差別が懸念されています[ 8 ]。また、65歳以上の労働者の70%以上が非正規雇用であり、不安定な雇用形態が生活を脅かすおそれがあります。60歳から65歳までの雇用契約[ 9 ]のある労働者も、60歳前の仕事と同じ内容でも賃金が減額され、高齢者は病気やけがのリスクが高いものの、それに対する保護も不十分だと指摘しています。これらの状況から、高齢者の労働の権利を守るための政策的配慮が必要であるとしています。

【図表1】報告書での主な指摘事項(マイノリティ・グループ、子ども、高齢者)
報告書での主な指摘事項(マイノリティ・グループ、子ども、高齢者)
(出所)報告書パラグラフ44~51より当社作成
【図表2】報告書内で言及された主な法律・制度
報告書内で言及された主な法律・制度
(出所)当社作成

日本企業への勧告内容(「Ⅲ.リスクの高いステークホルダーグループ」に関連するもの)

報告書では「Ⅴ.結論と勧告」において、日本企業に対する具体的な勧告が記されています。
前回コラムと本コラムで取り上げた「Ⅲ.リスクの高いステークホルダーグループ」が関連する主な勧告と、それらを踏まえて企業が取りうる対応策を紹介します。

【図表3】日本企業への勧告内容(一部)
日本企業への勧告内容(一部)
(出所)報告書パラグラフ86を基に当社作成(かっこ書き数値は、当社にて記載)

(1)については、まずは企業のトップがあらゆる意思決定の場における多様性の重要性に明確にコミットすることが求められます。その上で、自社の状況を分析し、管理職などの登用基準や働き方を見直し、制度や慣例が長時間労働や転勤可能な社員が優遇されやすい仕組みになっていないかなどを確認し、改善することが挙げられます。
(2)の就職選考時の差別について、厚生労働省のWebサイト[ 10 ]では公正な採用選考についての説明や、就職差別につながるおそれのある面接時の質問例などが公表されています。自社の採用選考時にこの質問例に該当する質問をしていないかを確認するほか、担当者が無意識のうちに差別的、または偏った判断をしないよう選考時の評価項目を細かく設定するなどの教育が考えられます。
(2)の「職場におけるあらゆる差別、搾取、ハラスメント、権利濫用、その他の形態の暴力」および(4)のセクシャルハラスメントについては、まずこれらは人権侵害であり、人間の尊厳にも関わる問題であるという認識と、このような非人道的な行為を許さないという姿勢を、方針などで示すことが重要です。その上で、予防策や教育など、自社の取り組み状況をチェックします。万が一ハラスメントなどの人権侵害を受けた場合に被害者が声を上げられるよう、「ビジネスと人権に関する指導原則」が求める苦情処理メカニズムを整備し、適切かつ効果的に運用していくことも対応策の一つとして考えられます。
(3)について、ビジネスによる子どもの人権侵害は児童労働だけではなく、自社の事業全体で「子どもの権利」を考慮する必要があります。子どもを対象としたビジネスを展開していない企業も、自社の人権への取り組みの視点に「子どもの権利」を含めましょう。子どもの権利条約[ 11 ]によると、「生きる、育つ、守られる、参加する」の四つの権利が、子どもの権利の基本的な柱とされています。これにビジネスの視点を取り込んだ「子どもの権利とビジネス原則」[ 12 ]では、若年労働者や子どもの保護者にディーセント・ワーク[ 13 ]を提供する、企業活動・施設などにおける子どもの保護と安全の確保、製品・サービスの安全性の確保とそれらを通じた子どもの権利推進、子どもの権利を尊重し推進するマーケティングや広告など、多岐にわたり企業が子どもの権利を保護・推進するための原則が定められています。

終わりに

本コラムシリーズのうち、前回と今回のコラムでは、報告書で言及されているリスクのあるステークホルダーについて紹介しました。なお、日本国内において人権侵害を受けやすいステークホルダーはこれらに限られません。また、例えば「障害者の女性」のように、高リスクの要素が重なることでより脆弱性が高まることには留意が必要です。

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1 ]法務省「ヘイトスピーチ・外国人の差別に関する実態調査」
https://www.moj.go.jp/JINKEN/stophatespeech_chousa.html(最終確認日:2024/7/25)
2 ]報告書では、職場で民族差別的な文書を幾度も配られ精神的苦痛を受けたとして、在日韓国人女性が不動産会社を訴えた事例に言及し、「金銭的な保証がない」としているが、本件では132万円の賠償と文書の配布差し止めが命じられている。
日本経済新聞「フジ住宅、差別文書配布で敗訴 韓国人女性への賠償確定」
https://www.nikkei.com/nkd/company/article/?DisplayType=1&ng=DGXZQOUF0965H0Z00C22A9000000&scode=8860&ba=1 (最終確認日:2024/7/25) 
3 ]正式名称は「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」であり、本邦外出身者に対する不当な差別的言動は許されないと宣言している。なお、同法が審議された国会の付帯決議において、「本邦外出身者」に対するものであるか否かを問わず、国籍、人種、民族等を理由として、差別意識を助長し又は誘発する目的で行われる排他的言動は決してあってはならないとされている。
法務省, “ヘイトスピーチ、許さない”, https://www.moj.go.jp/JINKEN/jinken04_00108.html (最終確認日:2024/8/2)
4 ]日本の法律では「児童労働を○○と定義する」など、児童労働を直接的に定義する条文はないが、労働基準法第56条にて原則15歳未満の労働が禁止されており、18歳未満の年少者については同法第60条及び第61条にて時間外・休日、深夜労働の禁止、同法第62条にて危険有害業務への従事の禁止(具体的な業務は年少者労働基準規則に規定)、同法第63条にて坑内労働の禁止が定められている。
5 ]日本でも件数こそ少ないものの、児童労働は発生している。厚生労働省が公表している「労働基準監督年報」によると、令和4年度においては最低年齢違反(労働基準法第56条)が5件、年少者の深夜就業に係る違反(同法第61条)が68件、年少者の危険有害業務に係る違反(同法第62条)が4件発生している。
厚生労働省「令和4年労働基準監督年報(第75回)」
https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/kantoku01/dl/r04.pdf (最終確認日:2024/11/20)
6 ]総務省「経営トピックスNo.142 統計からみた我が国の高齢者-「敬老の日」にちなんで-」
https://www.stat.go.jp/data/topics/topi1420.html (最終確認日:2024/9/26)
なお、報告書では2022年の統計結果が示されており、65歳以上の労働者数は2022年に912万人に上る旨が記載されている。
7 ]報告書では言及されていないが、日本国内では「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(労働施策総合推進法)」の第9条において、原則として労働者の募集および採用における年齢制限が禁止されている(例外規定あり)。
8 ]日本企業では通常、定年退職制度が設けられているが、欧米諸国では定年退職は年齢差別にあたるとして禁止されているケースもある。
9 ]報告書では明記されていないが、高年齢者雇用安定法ではその雇用する高年齢者の65歳までの安定した雇用を確保するため、「65歳までの定年の引上げ」「65歳までの継続雇用制度の導入」「定年の廃止」のいずれかの措置(高年齢者雇用確保措置)を実施する必要があり、継続雇用制度では嘱託職員などとして再雇用する制度が運用されている。
10 ]厚生労働省「公正採用選考特設サイト 公正な採用選考をめざして」
https://kouseisaiyou.mhlw.go.jp/index.html (最終確認日:2024/7/25)
11 ]日本ユニセフ協会「子どもの権利条約 (児童の権利に関する条約)全文(政府訳)」 https://www.unicef.or.jp/about_unicef/about_rig_all.html(最終確認日:2024/7/25)
12 ]日本ユニセフ協会「子どもの権利とビジネス原則」 https://www.unicef.or.jp/csr/pdf/csr.pdf (最終確認日:2024/11/20)
13 ]国際労働機関(ILO)のWebサイトによると、ディーセント・ワークとは「働きがいのある人間らしい仕事、より具体的には、 自由、公平、安全と人間としての尊厳を条件とした、 全ての人のための生産的な仕事」とされている。
国際労働機関(ILO)「Decent work」 https://www.ilo.org/topics/decent-work (最終確認日:2024/11/20)

執筆者

  • 渡邉 聖也

    コンサルティング事業本部

    サステナビリティビジネスユニット サステナビリティ戦略部

    コンサルタント

    渡邉 聖也
  • 米戸 花織

    コンサルティング事業本部

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  • 三谷 陶子

    コンサルティング事業本部

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    三谷 陶子
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