「国連ビジネスと人権の作業部会」による訪日調査の最終報告書(5)

2024/12/10 渡邉 聖也、米戸 花織、三谷 陶子
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「国連ビジネスと人権の作業部会(The UN Working Group on Business and Human Rights)」(以下、ビジネスと人権作業部会)によって行われた、訪日調査の最終報告書(以下、報告書)の「IV.テーマ別人権課題」では、さまざまなステークホルダーから聞かれた声や具体的な事例も交え、大きく四つのテーマに関連するさまざまな課題に言及しています。今回は特に企業活動に関わりが深い課題を中心に紹介します。

【図表1】テーマ別の人権課題一覧
テーマ別の人権課題一覧
(出所)報告書を基に当社作成

A. 健康、気候変動、自然環境

気候変動・自然環境
2022年7月、国連総会は「清潔で健康的かつ持続可能な環境へのアクセス」が普遍的人権であると決議しました[ 1 ]。このように環境に関連する人権への注目が世界的に高まる一方で、日本では事業活動が環境に与える影響と人権の関連性に対する認識がまだ不十分だと指摘されました。
政府は企業に非財務情報の開示を求めるなど情報の透明性の向上に努めていますが、公正な移行[ 2 ]の実現には国家レベルでのより一貫した政策と、政府・企業双方のさらなる努力が必要であると指摘しています。また、大規模開発における環境影響評価については、ステークホルダーとの協議不足が懸念され、一例として神宮外苑事業の再開発が挙げられています。
一方、環境NGOが東証プライム市場の企業に対し気候変動政策の開示を求めた株主提案を提出したことや、多くの企業で環境とバリューチェーンの視点を盛り込んだサプライヤー行動規範を策定していることなどは評価されています。

健康
健康に関する人権課題として、福島第一原発事故後の除染作業における強制労働、収奪的な下請け慣行、危険な労働環境などへの懸念が挙げられています。
また、報告書では、有機フッ素化合物(PFAS)[ 3 ]と健康への悪影響との関連性についても取り上げられています。PFAS汚染に関連して、政府は健康への悪影響防止とPFASの適切な管理に関する政策を立案しているものの、高濃度なPFASが検出された水源の近隣住民に対する健康調査は限定的だとしています。また、PFASによる水の汚染と企業活動が関連している事例が報じられており、企業に問題解決の責任があると指摘しています。

B. 労働に関する権利

労働組合・過重労働
労働組合に関する課題として、組合員が企業の法令遵守を求める活動を行ったことを理由に威力業務妨害および恐喝未遂の容疑をかけられた事例や、従業員が労働組合結成を理由に出勤を拒否された事例が挙げられています。
過重労働、過労死に関しては、長時間労働削減への時間外労働の上限設定や、職場でのハラスメント防止といった政府の取り組みを評価しています。一方、メンタルヘルス関連の補償請求の増加[ 4 ]や、時間外労働上限の例外規定[ 5 ]に対しては懸念を示しています。

外国人労働者・技能実習制度
技能実習制度は人材育成による国際貢献が目的とされていますが、実態として日本の労働力不足を補う役割を果たしてきました。技能実習生は、同一労働の日本人と比較して低賃金、職場での暴力、劣悪な生活環境に直面したり、母国のエージェントへの法外な手数料などが強いられたりする場合があります。一方、中小企業が協力して責任ある採用慣行を推奨したり、いくつかの大企業が斡旋手数料を禁止するサプライヤー行動規範を制定していたりすることを好事例として取り上げました。
なお、報告書提出後の2024年6月に改正入管法などが成立し、2027年までに技能実習制度は廃止され、育成就労制度が創設されることが決まりました。この新制度では人材育成と人材確保を目的とし、一定の条件下で転籍を認めるなど人権保護の観点が強化されました[ 6 ]。しかし、引き続き政府と企業による人権保護に向けた取り組みは不可欠です。

C. メディアとエンターテインメント業界(アニメーション・アイドル業界)

アニメーション業界
近年、急成長する日本のアニメーション市場は2022年には史上最高を更新する3兆円規模に迫っています[ 7 ]。それにも関わらず、定収入に直面しているフリーランスや個人請負のアニメーターが大半を占め、長時間労働や不公平な下請け関係が蔓延する現状が問題視されています。

アイドル業界
アイドル業界では、立場の弱い若いタレントが不平等な契約を強制されるケースや、性暴力やハラスメントを看過されているケースがあしき慣行によるものとし、いまだ業界全体での課題への対処が進んでいないことが指摘されました。
大手芸能事務所所属のタレントが性的被害を受けていた事件では、日本のメディアが長年この不祥事の隠蔽に関与していたことを問題視しています。多くの被害者に金銭的補償を行ってもその補償に弁護士費用が含まれておらず、被害者のメンタルケアが不十分であることなどに言及し、被害者が求める救済内容へのさらなる対応が必要であるとしています。

D. バリューチェーンと金融の規制

紛争地域を含む高リスク下でのビジネス展開について、ステークホルダーからは人権を考慮した責任ある撤退のためのガイダンスが必要との意見が上がりました。また、ウイグルの少数民族の強制労働に関わる事業など、日本企業が関わるグローバルなバリューチェーンにおける人権リスクへの懸念も示されています。

日本企業への勧告内容(「IV.テーマ別人権課題」に関連するもの)
報告書の「Ⅴ.結論と勧告」では、日本企業への勧告が記載されています。本コラムで取り上げた「IV.テーマ別人権課題」が関連する主な勧告は以下の通りです。

【図表2】日本企業への勧告内容(一部)
日本企業への勧告内容(一部)
(出所)報告書を基に当社作成(かっこ書き数値は、当社にて記載)

終わりに

本連載では5回にわたり、最終報告書における人権課題や日本企業への勧告を紹介してきました。グローバルなサプライチェーンを通じ国際社会とつながる企業は、これらの視点も考慮しつつ、ビジネスと人権に関する課題に真摯に向き合っていくことが重要です。

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1 ]UN News “UN General Assembly declares access to clean and healthy environment a universal human right” https://news.un.org/en/story/2022/07/1123482 (最終更新日:2024/06/26)
2 ]気候変動対策と社会の格差の是正を両立する(※)ことで、平等・公正な方法で脱炭素社会への移行を目指す概念。2009年に国際労働組合総連合(ITUC)が初めて提唱した。
(※)例えば、脱炭素が進むことで衰退などの影響を受ける産業で働く労働者の雇用機会を確保することが挙げられる。
3 ]PFASとは、ペルフルオロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物の略で、4,700種以上の炭素とフッ素の結合を持つ有機フッ素化合物の総称。その中でもPFOSとPFOAは耐油性、耐水性、耐熱性に優れ、消火剤やコーティング剤等に広く使用されているが、環境中で分解されにくく人体への影響が指摘されている。
4 ]厚生労働省が公表した資料によると、令和5年度の精神障害にかかる労災請求件数は3,575件と、前年度の2,683件と比べ892件増加している。
厚生労働省「令和5年度『過労死等の労災補償状況』を公表します」,
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_40975.html (最終確認日:2024/10/03)
5 ]特に作業部会は、年間1,860時間までの時間外労働が可能な医師(※)の長時間労働に懸念を示している。
(※)全ての医師にこの年間1,860時間の上限が適用されるのではなく、都道府県からの指定を受けた医療機関が当該上限を適用することができる(指定を受けていない医療機関は一般の労働者と同程度の960時間が適用される)。また、この1,860時間の上限を適用する場合は、休息時間の確保が義務付けられる。
6 ]育成就労制度創設に関しては、「出入国管理及び難民認定法及び外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律の一部を改正する法律(令和6年法律第60号)」に定められている。
出入国在留管理庁「令和6年入管法等改正について」 https://www.moj.go.jp/isa/05_00045.html (最終確認日:
2024/07/12)
7 ]一般社団法人日本動画協会「アニメ産業レポート2023サマリー(日本語版)」(最終確認日:2024/07/17)

執筆者

  • 渡邉 聖也

    コンサルティング事業本部

    サステナビリティビジネスユニット サステナビリティ戦略部

    コンサルタント

    渡邉 聖也
  • 米戸 花織

    コンサルティング事業本部

    サステナビリティビジネスユニット サステナビリティ戦略部

    コンサルタント

    米戸 花織
  • 三谷 陶子

    コンサルティング事業本部

    サステナビリティビジネスユニット サステナビリティ戦略部

    アソシエイト

    三谷 陶子
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