再考・事業ポートフォリオ(2)

2024/12/20 船木 陽介、山内 哲也、渡辺 直人
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第1回では、各省庁や証券取引所から公表された資料を参考に、資本市場および投資家が重視する経営管理指標であるROE(自己資本利益率)・ROIC(投下資本利益率)について振り返りました。2回目となる今回は、これらの動きを踏まえた事業ポートフォリオに関する、企業の対応状況のポイントについて解説します。

企業と投資家と認識ギャップ(資本効率)

生命保険協会が取りまとめたアンケート[ 1 ]によると、資本効率向上のために企業が重視している取り組みと、投資家が期待する取り組みの割合が大きく乖離する項目が存在し、その一つに、「事業の選択と集中(経営ビジョンに則した事業ポートフォリオの見直し・組換え)」が挙げられます【図表1】。このアンケートが行われた当時(2022年度)は、事業ポートフォリオを見直しする、といった経営資源の配分の最適化に関する企業の意識は、十分に高くなかったことがうかがえます。

【図表1】資本効率向上のため重視している取り組みに関する企業と投資家の認識ギャップ
資本効率向上のため重視している取り組みに関する企業と投資家の認識ギャップ
(出所)一般社団法人生命保険協会「企業価値向上に向けた取り組みに関するアンケート集計結果(2022年度版)」より画像引用

「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」(1)

その後、前回のコラムで触れたように、2023年3月末にプライム市場およびスタンダード市場の全上場会社を対象として、「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」が、東京証券取引所より要請されました。当時のプライム市場の約半数、スタンダード市場の約6割の上場会社がROE8%未満、PBR(株価純資産倍率)1倍割れを起こす状況[ 2 ]となっており、東京証券取引所が資本市場に対する経営者の甘い考えに、非常に危機感を募らせていたものと思量します。なお、PBR1倍割れとは、企業の株価が1株あたりの純資産を下回っている状態、すなわち企業が解散した場合に株主に配分される価値よりも下回っている状態のことを指します。本要請は結果として企業の資本市場の見方の変革につながり、約1年半後の2024年10月末現在においては、プライム市場で88%、スタンダード市場で47%の企業が、当該要請に応じた開示(検討中を含む)をコーポレート・ガバナンス報告書で行うようになりました。特に、PBR1倍割れ未満の企業/時価総額が大きい企業ほど開示に進展が見られ、東京証券取引所は一定の評価をしています[ 3 ]。

「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」(2)

東京証券取引所は、「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」の開示における最初のステップとして、経営層が主体となり、自社の資本コストや資本収益性を適切に把握することを求めました。その後は計画策定と開示、そして取り組み実行への循環を適切に行うことを推奨しており、経営資源の配分を最適化するために重要なプロセスと提示しています。これらは前回のコラムで取り上げた、ROICなどの活用による事業ポートフォリオのマネジメントの高度化に寄与するものといえます。
また、2024年4月には新年度特別企画として、「なぜ株主・投資家の目線を踏まえた経営が求められるのか」というテーマの座談会[ 4 ]が開催され、証券取引所・投資家・経営者の方により、改めて資本収益性としてのROICの大切さ、事業ポートフォリオに関する見直しについて言及されています。

取締役会実効性評価における「事業ポートフォリオ」

企業による「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」は、コーポレート・ガバナンス報告書において開示されますが、当該報告書ではその他にも重要な開示が行われています。その一つとして、取締役会の実効性評価が挙げられます[ 5 ]。取締役会の実効性評価は、企業自らが経営の規律付けの状況を振り返り、企業価値の向上に資する健全なガバナンスを構築するために行われます。2015年にコーポレートガバナンス・コードが導入された際に大きな話題となりましたが、当初は形式的な対応(評価)が横行したことから、関係各所から苦言を呈される事態となり、その在り方の見直しについて経済産業省で取り上げられることもありました。ポイントについては、「コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針」で整理されています[ 6 ]。
なお、本コラムのテーマである「事業ポートフォリオ」については、近年改善されつつある取締役会の実効性評価の開示において、登場する機会が多いキーワードとなっています。具体的には、取締役会の実効性評価の結果である、継続的に改善すべき点として、経営戦略などの審議が不十分であることを報告する企業が多く、その内容として、「事業ポートフォリオ」という用語を取り上げる企業をよく目にするようになりました。
多くの企業では、資本市場の求める経営の実現のために、「事業ポートフォリオ」を取り扱うように変革しつつありますが、そのマネジメント手法については試行錯誤している段階にあり、自社に合致する方法については検討の余地があるものと考えられます。次回のコラムでは、「事業ポートフォリオの審議」に焦点を当て、充実した検討を行うためのポイントについて解説していきます。

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1 ]一般社団法人生命保険協会「企業価値向上に向けた取り組みに関するアンケート集計結果(2022年度版)」https://www.seiho.or.jp/info/news/2023/pdf/20230421_3-5.pdf(最終確認日:2024/12/9)
2 ]株式会社東京証券取引所 上場部「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」(2023年3月31日) https://www.jpx.co.jp/news/1020/cg27su000000427f-att/cg27su00000042a2.pdf(最終確認日:2024/12/9)
3 ]株式会社東京証券取引所 上場部「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」に関する開示状況(2024年10月末時点)」(2024年11月15日)https://www.jpx.co.jp/equities/follow-up/jr4eth0000004vj2-att/mklp770000006z6h.pdf(最終確認日:2024/12/9)
4 ]株式会社東京証券取引所 座談会「なぜ株主・投資家の目線を踏まえた経営が求められるのか」(2024年4月5日)https://www.jpx.co.jp/news/1020/20240405-01.html(最終確認日:2024/12/9)
5 ]株式会社東京証券取引所 「コーポレート・ガバナンスに関する報告書 記載要領(2024年4月改訂版)」https://www.jpx.co.jp/equities/listing/cg/tvdivq0000008j85-att/nlsgeu0000064zec.pdf(最終確認日:2024/12/9)
6 ]経済産業省「コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針(CGSガイドライン)」(平成29年策定、平成30年改訂、令和4年再改訂) https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/cgs_kenkyukai/pdf/20220719_02.pdf(最終確認日:2024/12/9)

執筆者

  • 船木 陽介

    コンサルティング事業本部

    経営戦略ビジネスユニット コーポレートアドバイザリー部

    シニアマネージャー

    船木 陽介
  • 山内 哲也

    コンサルティング事業本部

    サステナビリティビジネスユニット GRCコンサルティング部

    マネージャー

    山内 哲也
  • 渡辺 直人

    コンサルティング事業本部

    経営戦略ビジネスユニット コーポレートアドバイザリー部

    コンサルタント

    渡辺 直人
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