韓国における医療保険制度統合についての一考

2008/01/28 田極 春美
医療
韓国

わが国の医療保険制度は、大きく分けると、健康保険法に基づく組合管掌健康保険と政府管掌健康保険等のいわゆる「被用者保険」と、国民健康保険法に基づく国民健康保険等のいわゆる「地域保険」の二大制度体系の下、複数の保険者によって管理運営が行われている(平成20年4月からは高齢者医療制度が施行される)。
お隣、韓国もわが国と同様に社会保険方式による医療保障制度を運営しており、国民皆保険となっている。1977年の公的医療保険制度の本格的導入以降、賃金所得者を対象とする職場医療保険と非賃金所得者を対象とする地域医療保険といった二大体系の下、組合方式により制度運営を行ってきた(この他、公務員・私立学校教職員医療保険がある)。しかし、金大中政権下の2000年7月1日に、全医療保険制度の統合に踏み切り、保険者を一つに統合するという大改革が行われた。わが国でも、医療保険制度の一元化を巡る議論がしばしば浮上していたこともあり、韓国の医療保険制度統合のニュースは関係者にとって大きな衝撃であった。韓国におけるIT化や経済成長は著しく、医療分野に限らず韓国を先進事例として調査研究を行う動きが活発化したのもこの頃である。
韓国が医療保険統合に踏み切った背景には、負担の公平化とこれまでの「低負担・低福祉」政策からの脱却、それに向けた保険財政基盤の強化等が要請されていたことがあげられる。職場医療保険の各組合は、地域医療保険と比較して歴史が古く、積立金を確保するなど財政基盤が比較的安定していたが、地域医療保険については、多額の国庫支援が投入されているにもかかわらず、財政基盤が総じて脆弱であった。また、医療保険統合の背景には、地域医療保険に投じている国庫支援額を削減し、その分、科学技術政策に回したいという思惑もあったようである。
2000年7月1日に保険者が一つに統合されたものの、職場医療保険と地域医療保険の財政統合は二度延期され、2003年7月にようやく実現に至った。これは、財政統合の前提である、全国民共通の保険料賦課体系の開発が困難であったことが原因である。IT化や住民番号管理等がわが国よりも進んでいる韓国においても、自営業者等の所得捕捉率は4割程度といわれており、賃金を基準にした保険料賦課方式では賃金所得者の負担が相対的に重くなることから、経済団体や労働団体等からの反発が大きかった。二度の延期後に実施された財政統合の中身は、賃金所得者と非賃金所得者の保険料賦課体系を別建てとしたまま、財布を1つにしたというものである。要するに、職場と地域のどちらか一方が資金不足に陥っても余剰がある方から資金を調達することができるようになり、保険者の資金管理がしやすくなったに過ぎない。政府は、全国民共通の保険料賦課体系の開発を継続課題として掲げているものの、関係当事者の間では、単一の保険料賦課体系の開発は不可能との見方が強まりつつあり、異なる賦課体系下でいかに負担の公平化を図るかを模索している状況である。負担の公平化は統合の目的の一つであったが、職場加入者内での公平性、地域加入者内での公平性が確保できたと評価する意見がある一方で、職場と地域間での不公平問題に焦点が当たっていると批判する意見もある。
2000年の医療保険統合後、医療保険財政は急速に悪化し、2001年には財政が破綻した。財政健全化特別法のもと、保険給付対象の縮小化やMRI等についての給付対象化の延期、レセプト審査の厳格化による医療機関への支払サイトの長期化、保険料率の毎年の引上げ等が行われた。また、国庫支援額は統合前に比較して大幅に増加した。こうした状況を受け、国民、医療関係者、経済団体、労働団体等の不満が高まったことは言うまでもない。
現在は、この財政危機を脱し、韓国政府は「低給付・低負担」構造からの脱却を図るべく、慎重に給付拡大政策を進めている。しかしながら、保険料は保険者ではなく政府の審議会で決定されるため、必ずしも給付拡大に見合う保険料の引上げができているわけではなく、いつ再び財政赤字に陥るかわからない不安定な財政運営となっている。
医療保険制度統合は、一見すると、全国民が一つの制度に加入することにより、負担の公平化が確保される、リスク分散の範囲が大きくなるので財政が安定する、国庫補助が縮小できる、といったように思われがちであるが、韓国の事情を見ると、そのような万能な解決策となり得ていないことが伺える。「医療崩壊」が危惧されているわが国においては、この医療崩壊を防ぐべく、いたずらに国民に制度不信を募らせるよりもむしろ、医療保険制度の意義・重要性を認識してもらえるよう、国をあげて本格的に取り組んでいくことが重要と思われる。

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