通信販売等に関連する新たなEU指令案のポイント

2009/06/22 五味 崇
消費者
経済
グローバル

EUは2008年10月8日に消費者権利に関する指令案を公開した。同指令案は、訪問販売や通信販売等に関する従来の4つのEU指令(訪問販売に関する指令(85/577/EEC)、隔地者間取引指令(97/7/EC)、消費者契約における不公正条項に関する指令(93/13/EEC)、消費用動産等に 関する指令(99/44/EC))を一本化するものである。
指令案の主なポイントは以下の通りである。

消費者権利に関する指令案の主なポイント

  • 契約前の情報提供義務
    個々の指令により別個に定められていた契約前の情報提供義務を整理・統合。
  • 引渡しのルール、危険の移転
    事業者は契約締結から30日以内に、消費者に商品を引渡さなければならない。消費者に商品を引き渡すまで、配送中の商品の損傷、紛失のリスクは事業者が負う。引渡しの遅延や不履行の場合に消費者は、引渡日から7日以内に返金を求める権利がある旨を規定。
  • クーリングオフ期間の統一
    契約撤回可能な期間について、従来の訪問販売指令では7日、隔地者間取引指令では7営業日となっていたものを14日に延長し統一。標準的な契約撤回フォームを提供。
  • 不完全履行の際の修理、交換の保証
    不完全な製品を購入した消費者は、事業者による修理・交換による救済を受ける権利があり、それができない場合には値引きか返金を受ける権利がある旨を規定。
  • 不公正な契約条項
    全ての場合に不公正と扱われる契約条項についてブラックリスト化するとともに、不公正と推認される契約条項についてグレーリスト化。

資料:欧州委員会プレスリリース(2008.10.8)より作成

従来のEU指令がミニマム・ハーモナイゼーションの考え方に基づき、加盟国が指令に上乗せする形でより厳しい消費者保護ルールを導入することを容認していたのに対し、今回の指令案ではフル・ハーモナイゼーションの考え方に基づき、指令とは異なるルールを加盟国が導入することは禁止されている。
これまではミニマム・ハーモナイゼーションであったため、国毎に多様な法規制が導入されることになっていた。例えば、通信販売においてクーリングオフを可能とする期間について、EU指令(97/7/EC)では最低7営業日と定めていたが、各加盟国では以下のような様々な期間を国内法で定めている。

EU加盟国による通信販売におけるクーリングオフ可能な期間の違い

7日 フランス
7営業日 オーストリア、ベルギー、ブルガリア、スペイン、アイルランド、リトアニア、ルクセンブルグ、オランダ、スロヴァキア、英国
8営業日 ハンガリー
10営業日 ギリシャ、イタリア、ルーマニア
10日 ポーランド
14日 キプロス、チェコ、デンマーク、エストニア、フィンランド、ラトビア、ポルトガル、スウェーデン
2週間 ドイツ
15日 マルタ、スロヴェニア

資料:”EC Consumer Law Compendium – Comparative Analysis -“, Feb 2008より作成

インターネットの普及に伴い、自国以外の消費者との取引が容易になっている一方で、このように国毎に法規制が異なると、事業者は、それぞれの国の法規制にあわせる必要がある。EUの調査によれば、自国の通信販売規制に対応するために必要なコストは5,526ユーロであるが、自国に加え1~2ヶ国のEU加盟国で販売を行う場合には合計9,276ユーロのコストが必要となる。さらにEUに加盟する27ヶ国全ての法規制に対応するには70,526ユーロが必要となってしまう。一方で、消費者保護ルールを域内で統一した場合には、取引を行うのが、1ヶ国であれ27ヶ国全てであれ、規制に対応するために必要なコストは2,153ユーロで不変となる。

実際にEUでは、国レベルでのeコマースの普及が進んでいるのに対し、加盟国間のクロスボーダーでのeコマースは低調である。消費者の国内のeコマースの利用率は2006年の27%から2008年には33%に増加しているのに対し、他の加盟国のeコマースの利用率は2006年の6%が2008年には7%に微増するに留まっている。
クロスボーダーでのeコマースの利用が進まない要因には、言語や文化の違いといった課題もあるが、先にみたように、国毎に異なる法規制に対応するために追加的コストを要し事業者がクロスボーダーeコマースを手がけにくいといった事情があることが指摘されている。
そのため、消費者権利に関するEU指令案では、成長ポテンシャルを秘めたクロスボーダーeコマースの発展を促すためにも、加盟国による法規制の違いをなくし、EU域内での規制を統一することを目的の一つとしている。
ただし、既に指令案よりも厳しい消費者保護規定を既に導入している国等からは、消費者保護がかえって後退するという意見もあり、正式な指令が策定されるまでには、まだ紆余曲折があるものと思われる。
我が国でも、通信販売や訪問販売等を規制する特定商取引法の改正案が2008年6月に成立し、例えば通信販売において、広告に返品の可否や条件を表示していない場合には、8日間、消費者が送料を負担することによって返品(契約の解除)することが可能になるといったように、消費者保護が強化されることとなった。eコマース等において国境を越えた取引が広がると、海外との消費者保護規制の整合性を図るといった視点が、今後重要になっていくことと思われる。

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