先の衆院選で政権交代を実現させた民主党は、我が国の2020年までの温室効果ガス排出削減目標(中期目標)を「1990年度比25%削減」と設定している。この意欲的な中期目標には産業界からの強い反発があり、今後の議論の展開が注目されるところであるが、このような数値目標の議論のベースとなっているのが、気候変動枠組条約及び京都議定書に基づいて毎年環境省が公表している我が国の温室効果ガス排出・吸収量のデータである。最新の公表値によれば、2007年度の温室効果ガス総排出量は約13億7,400万トン(二酸化炭素(CO2)換算)であり、京都議定書の基準年を9.0%上回っている(注1)。
この温室効果ガス排出量の数値は、気候変動枠組条約及び京都議定書の下で定められたルールに則って算定されたものであるが、ルール上この排出量に含まれていない大きな排出源が2つ存在する。ひとつは、各国間を行き来している国際航空・国際海運における燃料消費からの温室効果ガス排出(いわゆる国際バンカー油)であり、もうひとつは、木材などのバイオマスの利用に伴うCO2の排出である。
附属書I国(いわゆる先進国)における国際バンカー油からの排出量は、2006年において約5億1,000万トン(CO2換算)に達しており、全附属書I国の温室効果ガス排出量の約3%を占める。これはフランスやオーストラリアの総排出量に相当する量であり、かつ基準年に比べて4割近くも増加している(注2)。国際バンカー油は、排出量の大きさや増加のトレンドから考えれば、排出抑制の対象とすべき排出源であるが、国際航空・国際海運における燃料消費には複数の国が絡むため、排出量を正確かつ公平に各国に割り当てる方法論の確立が難しく、現在に至るまで総排出量には含めないルールとなっている。長年にわたり、国際民間航空機関(ICAO)や国際海事機関(IMO)などの国際機関において方法論の検討が進められてきているが、議論は停滞気味であり、有効な案は出てきていない。2013年以降の次期枠組みを見据え、議論・交渉の活発化が強く求められる。
バイオマスの利用に伴うCO2排出についても、2006年において全附属書I国で約6億9,000万トンと大きな排出源であるが(注3)、国別の総排出量には含まれていない。京都議定書のルールにおいては、森林等の吸収源による吸収量(クレジット)を計算する際、国内で伐採した木材分の炭素量を排出として考慮しており、それとの二重計上を避けるためにバイオマス起源のCO2排出は総排出量に加えないこととなっているのである。この場合、考慮しているのは国内の木材伐採のみであるから、仮に開発途上国から輸入した木材由来のバイオマスを燃焼させたとしても、実際にはCO2が大気中に排出されているにも関わらず、附属書I国からの総排出量には含まれないことになる。現在、このような算定方法上の課題を解決するための検討が国際的に進んでいるが、開発途上国における森林減少をくい止めるためにも、正確な算定方法の早期確立と削減目標への組み込みが必須である。
各国が国連に提出している温室効果ガス排出量は、一定の算定ルールの下、現時点での最新の科学的知見に基づいて、計算が可能な排出量のみ算定されたものである。京都議定書の目標達成も重要であるが、排出量の数値に表れる活動以外にも何らかの対策を検討すべき「見えない排出源」が存在する。気候変動対策のゴールは数値目標の達成ではなく、気候変動の抑制及び悪影響の最小化である。気候変動に対する人為的要因や温室効果ガス排出量の実態等についてより精緻な科学的知見を蓄積し、気候変動抑制につながる適切な算定の枠組みを構築するとともに、排出量データとして表れる数値に左右されることなく、あらゆる人間活動において一層の排出削減を進めていくことが必要である。
(注1)出典:「2007年度(平成19年度)の温室効果ガス排出量(確定値)<概要>」(環境省)
(注2)UNFCCC GHG Dataより推計。
(注3)UNFCCC GHG Dataより推計。
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