政権交代-交通を担う社会資本を巡る論点

2009/10/22 遠香 尚史
運輸・交通

はじめに

高速道路を巡り、昨今、「休日大幅割引」、「高速道路の無料化」といった施策がメディアを賑わせている。これらの施策導入に伴い、実際に現れつつあるプラスの効果・マイナスの効果やこれまでの高速道路供用に伴う効果などを踏まえると、高速道路料金割引・無料化によってもたらされる主なメリット・デメリットとして、以下のような項目が挙げられる。

高速道路料金割引・無料化によってもたらされる主なメリット・デメリット

メリット デメリット
  1. 既存利用者にとって高速道路利用の料金負担が低下する。
  2. 料金負担が低下し、より多くの人が高速道路を利用できるようになる。
  3. 観光地において、遠方からの観光客来訪を期待できる。
  4. 自動車産業において、燃費の良い自動車の製造・販売が促進される。
  5. ETC製造業において、ETCの製造・販売が促進される(割引の場合のみ)。
  6. 一般道路の渋滞が減る可能性がある。 等
  1. 走行時間短縮効果を享受していた既存利用者が渋滞で不便になる。
  2. マイカー高速道路利用へのシフトを受けて、高速バス、鉄道、フェリー等では収益が悪化する。
  3. 大都市近郊の観光地では来訪客が減少する可能性が高まる。
  4. 貨物車が渋滞に巻き込まれ、定時運航や休憩が阻害される。
  5. 社会全体の二酸化炭素排出量が増加する可能性がある。
  6. 高速道路非利用者も、税金を介して高速道路会社の減収分や維持管理費等を負担する。 等

これらの影響については、定量的かつ総合的に評価し、今後のより良い料金施策の実施、社会資本マネジメントに向けて、評価結果を有効に活用していく必要があり、関係各機関においても分析が進められている。
以上を踏まえながら、ここでは、今回の割引施策・無料化施策から窺える、交通を担う社会資本を巡る論点として、「広い視野に立った政策立案の必要性」、「短期・長期両睨みでの戦略的なマネジメントの重要性」について掲げた。

広い視野に立った政策立案の必要性

今回の休日大幅割引は、「多くの利用者に高速道路利用機会を提供した」という意味では、公平性の視点に立った施策と捉えられる(ETC搭載車、普通車・軽自動車限定ではあるが)。
一方で、既存高速道路利用者の中には、渋滞に巻き込まれることによるマイナスの効果を甘受している人が存在する可能性がある。サプライ・チェーンにおいて重要な役割を果たしている高速陸上物流においても、渋滞発生により効率性を阻害されている可能性がある。
また、鉄道、バス、フェリーなど交通・物流を担う他の交通事業者においては、マイカーへのシフトを受けた需要の減少が避けられない。さらに、我が国における二酸化炭素排出量のうち約1割をマイカーが占めている中で、割引施策はマイカー利用へのシフトを誘引するため、地球温暖化対策に逆行する施策ともなりうる。
このように、交通を担う大規模な社会資本に関連する施策では、「ネットワークを形成している」、「利用者が不特定多数である」という性格上、効果の範囲は地域をまたがり様々な主体に及び、効果項目も多岐に渡る。生活面での公平性の確保も重要であるが、既存利用者に対する影響、経済活動における効率性への影響、地球温暖化対策との整合性なども考慮する必要がある。
土木工学・交通工学のみならず、経済学、心理学、財政学、金融工学、リスクマネジメントなど、多様な領域から得られる有益な知見・技術をもとに、様々な地域・主体へのプラス・マイナスの影響を念頭に置いた、広い視野に立った政策立案が必要である。

短期・長期両睨みでの戦略的なマネジメントの重要性

今回の休日大幅割引では、2年間の限定措置であることも相俟って、マイカーでの利用が大きく誘発されている。その結果、休日になると毎週のように渋滞が発生しているが、ほとんどのマイカー利用者は、貨物車も渋滞に巻き込まれている…正確には「マイカー利用者が貨物車を渋滞に巻き込んでいる」という事実に言及するような余裕はない。
この現象から分かるように、一般市民は、個人に帰する効果を重視する傾向が強い一方、社会全体への影響に対しては軽視する傾向が強い。また、短期的な視野で施策の効果を期待する一方、長期的にゆっくり現れる効果については判断が及びにくい。
しかしながら、社会資本の対象期間は調査・計画段階から供用後の維持管理・更新まで、世代をまたがるほど長期に及ぶ。また、社会資本によって現れる効果として、短期的に、整備後すぐに現れる効果のみでなく、長期的にゆっくりと現れる効果も重要である。
このような背景のもと、交通を担う社会資本のマネジメントについては、短期・長期双方の視野に立った判断が可能な政府・行政が担う必要がある。政府・行政は、限られた人・物・金の適切な資源配分や、必要となる知見・技術水準の維持・向上を進めつつ、わが国の将来像を見据え、より望ましい社会資本の形成に向けて長期的かつ戦略的に取り組んでいく責務がある。

おわりに

折しも、2009年9月に政権が交代し、これまでの休日大幅割引をさらに踏み込んで、高速道路を「原則無料化」する、と宣言している。
我が国の将来を担う政権として、短期的な人気取りのためではなく、広い視野に立脚し、また我が国の長期的な将来像を見据えた政策立案が行われているものと期待したい。
少なくとも、最低限の「原則」として、高速道路が本来発揮すべきサービス水準の維持・向上、それにともなう我が国経済へのマイナスの効果の回避・プラスの効果の発揮を念頭に、渋滞の発生に即した料金設定、長期的な視野に立った維持管理や新規道路整備の考え方を、施策に反映して頂きたい。

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