危機後を見据えた中小・ベンチャー企業の方向性

2009/10/26 齋藤 禎
中小企業支援

2009年8月に開催された産業構造審議会において、経済産業省が、平成22年度の経済産業政策の重点のポイントをまとめた中で、「経済危機の後を見据えて、我が国のとるべき戦略」として以下の3つを示している(注1)。

(1)日本がリードして、世界に向けて課題解決の処方箋、モデルを示していく
(2)単品モノ売りから、「システムで稼ぐ」、「インフラで稼ぐ」ビジネス戦略へ
(3)内需も、外需も、丁寧に創りに行く、獲りに行く

 まず、(1)、(2)では、従来のような情報通信、バイオという個別有望産業の括りではなく、世界に向けた課題解決の処方箋・モデルの提示やシステム等で稼ぐ産業のあり方など今後の産業に求められる相場観や大局観が示されている。また、(3)では、内需・外需の二元論を超えて、国内外市場を無差別かつ貪欲に獲得していく姿勢に徹することの重要性が示されている。そろそろ内需・外需という言葉をあえて忘却してみる時期に来ているのではないかと感じる。

ここでは、以上の戦略をふまえつつ、(2)の議論を中心に私がライフワークとして追い続けている我が国中小・ベンチャー企業の経営者の方々、さらには行政等の政策立案者の方々と共有したい思いや考え方についてまとめた。
職業柄、今後の有望産業は何かと尋ねられることが多くあるが、個別具体的な産業群について語ることはしない。特に、世の中で喧伝されている次世代の有望産業論や産業予測の類には大きな違和感を覚える。これまで、経営資源の限られた企業、特に中小・ベンチャー企業は、それらに翻弄されて芳しくない状況に陥った話を身近で数多く聞いてきており、実家も地方で零細な事業を続けているが、経営者の思いを肌で感じてきたこの身ゆえにやるせなさが募る。むしろ、中小・ベンチャー企業の経営者や行政の政策立案者の方々とは、個別具体的な有望産業論ではなく、産業構造や企業の競争の場やルールがどう変わりつつあるか、どう変わりそうかという相場観と大局観だけを共有しながら徹底的に議論をしていきたいと考えている。
具体的に、不透明感を増す世界を見渡すと、情報通信・環境・エネルギー(米国主導の次世代送電システム「スマートグリッド(注2)」、欧州主導の「水ビジネス」等)のあらゆる産業において、単体・単発のモノ・サービスではなく、より上位のシステムやプラットフォーム(注3)などを押さえた包括的なビジネスの重要性が高まり、我が国企業が海外企業に比して劣勢にある例も多く見受けられる。競争の場やルールは、急変する。個別のモノ・サービスを磨いても競争の場やルールの度重なる変化に柔軟に対応できなければ、我が国企業が、それまで一生懸命に培った高度な技術やワザを活かす場が蒸発するように消えてしまい、歯がゆい思いをすることになるだろう。よって、今後は誰かに主導権を握られて、競争の場やルールを与えられ、予期せぬ、そして度重なる変更に翻弄されるのではなく、そこに能動的に関わろうとする強い意志が求められる。
そうは言いながら、中小・ベンチャー企業が、自らの事業として、システムやプラットフォームに関わることはなかなか難しい。それでもなお、今後は、自社と全く関係のない遠い世界の話と捉えるのではなく、より上位に移行する大企業が任せたいと考えていているモノ・サービスの複合化・モジュール化によって痒いところに手が届く課題解決型の提案をしたり、競争の場やルールづくりに長けた企業を見極め、積極的な連携を図ることなど多様な取り組みが求められるようになるだろう。例えば、中小・ベンチャー企業の経営者としては、希望観測による個別具体的な有望産業の予測に踊らされるのではなく、「今目の前にいる日々の顧客」が、経営者レベルでシステム、特にプラットフォーム(知的財産・国際標準化への取り組みに対する経営者の意識がどれほど高いかが重要なポイント)を武器にしながら、競争の場やルールを生み出し続けようとする強い意志があるか、あるいはそうした変化を敏感に捉えて能動的に関わっていこうとする姿勢が見られるか、といった点を評価軸として見極め、さらにはその軸をぶらすことなく、まだ見ぬ顧客を探すことが重要ではないかと考える。
最後に、行政の政策立案者の方々にも、今後の有望産業群の予測ではなく、こうした競争の場・ルールの変化を十分に踏まえた上での政策立案を期待したい。例えば、我が国の成長・発展戦略を議論する場合に、我が国の強みを活かしながら圧勝・大勝する産業政策の検討による攻めの観点に加え、どう転んでも何とか勝てる産業ポートフォリオや産業構造のリスクマネジメントの検討といった守りの観点も重要と考える。そのためには、華やかな有望産業に関わる企業群だけでなく、頑健な生存基盤力を持つ企業群、特に我が国を支える声なき小規模企業も含む中小・ベンチャー企業群の一層の自立化に向けた競争環境整備や競争政策の展開、より実効的な情報提供や政策立案を切に望むところである。

(注1)産業構造審議会 第9回総会(平成21年8月20日)
(注2)スマートグリッドは、情報通信技術を用いて双方向性とし、再生可能エネルギーの導入を見据えた電力需給の最適制御を図る賢い次世代電力網である。自国の電力網の弱みを情報通信技術という強みを用いて、課題克服と成長エンジンの創出を図る米国らしい産業のグランドデザイン・構想力を感じる。スマートグリッドが次世代の有望産業という議論ではなく、今後重要となる考え方のエッセンスだけをご理解いただくために例示をした。
(注3)ここでは、プラットフォームをビジネスの共通基盤や土台という意味で用いている。パソコンのオペレーティングシステム(OS)は分かりやすい例だが、ソフトウエアからハードウエアまでその概念は幅広く適用されている。

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