国際競争力ランキングとは何か
日本に限らず、世界ランキングの中で自国がどのような位置づけにあるかを気にする国・地域は多いだろう。国際競争力の世界ランキングとして広く知られているのは、国際経営開発研究所(IMD)と世界経済フォーラム(WEF)が毎年公表する国際競争力ランキングだ。不思議なことに、両者における日本の評価にはかなり乖離がある。IMDランキングの直近の日本の順位をみると、日本は24位(2007年)→22位(2008年)→17位(2009年)であるのに対し、WEFは8位(07-08年)→9位(08-09年)→8位(09-10年)とIMDよりは順位が高い。ちなみに、バブル絶頂期の1989年から1992年まで、日本のIMDランキングは世界1位であった。バブル経済崩壊後に生まれ、低成長期に青春を過ごした今の若者には、にわかに信じがたいかもしれない。
IMDやWEFの指標は、各種統計データやアンケート調査結果をベースに算出される。過去に、ある企業経営者からIMDのアンケート調査票を見せてもらう機会があった。様々な項目について自国をどう評価するかを、4~5ランクで回答させるようなアンケート調査設計であった。謙虚さを美徳とし、時として自虐的に自国のことを評価しやすい日本人の国民性が、この種の指標化にはマイナスに働いているようにも感じた。
そもそも、IMDは企業活動をサポートするビジネス環境整備に、WEFは国の生産性レベルを決定する要素に焦点を当てた指標を作成しているなど、両指標を構成する要素はかなり異なる。結果が異なるのは当然かもしれないし、WEFの指標は先進国に有利な指標となるのは否めない。よって、両指標のランキング結果に一喜一憂する必要はないが、ランキングを構成する要素指標の動向には着目する意義がある。
IMDランキングが示唆する高度外国人からみた日本の魅力の乏しさ
日本は直近のIMDの国際競争力ランキングで57カ国中17位と若干順位を上げているが、経済パフォーマンス(24位)、政府の効率性(40位)、ビジネスの効率性(18位)の順位が芳しくないにもかかわらず、この総合順位を確保できているのは、インフラ(5位)への評価が高いためである。しかし、このインフラを構成する各指標の過去5年間の動向を見ると、「科学インフラ」は米国に次ぐ2位の地位を維持し続けているのに対し、「技術インフラ」は2005年の9位から2009年は16位まで転落しており、2007年時点では20位まで順位を落としている。「教育」は2005年の23位から2009年は26位と、さらに後退している。技術や教育には赤信号が灯っている。
ビジネス効率性は2005年の31位から一貫して順位を上げてきているが、ビジネス効率性を構成する指標の動向を見ると、同様に気になる動きがある。「高度技術を持つ外国人を魅了するビジネス環境」は44位と下から数えた方が早く、かつ、5年前に比べて指数を低下させている。少子高齢化時代を迎えた日本政府は高度外国人材の受入推進を働きかけているが、魅力に乏しいビジネス環境で働きたいと思う高度外国人はいないだろう。これからは国際的な人材誘致競争が本格化するとみられるが、高度人材からみたビジネス環境の遅れは、科学技術立国を目指す今後の日本にとって、大きな懸念材料であると言わざるを得ない。
科学技術の状況に係る総合的意識調査が示唆する日本の大学の問題点
高度人材については、文部科学省科学技術政策研究所が実施している「科学技術の状況に係る総合的意識調査(以下、定点調査)」(注1)からも不安材料が指摘されている。本調査は2006年から5年間にわたり、国内の科学技術分野の有識者や代表的研究者に同じ質問を毎年繰り返すことにより、日本の科学技術の課題に関する状況の変化を時系列で捉えることを目的としており、これまでに過去3回の調査結果が公表されている。
この定点調査によると、戦略重点科学技術の実現に必要な取り組みとして、過去一貫して1位に挙げられているのが「人材育成と確保」である。ライフサイエンス、情報、環境、ナノ材料、エネルギー、ものづくり、社会基盤、フロンティアという全ての分野において、基礎研究人材の不足感が強く示されている。
外国人研究者の受け入れ体制については、一定の改善がみられるものの、「海外と競争して世界トップクラスの研究者等を獲得するための体制整備(研究の立ち上げの援助、能力に応じた給与など)」、「ワンストップ・サービス(受け入れに係る事務作業を一括して実施する体制)の整備」が不十分との回答が、ほぼ全分野に共通して示されている。なお深刻なことは、「外国人研究者から見た日本の存在感」が低下していることである。これはIMDの結果とも一致する。
定点調査からは、若手研究者が自立・活躍できる環境整備は着実に進みつつあるという明るい材料も出てきているが、その一方で、「望ましい能力を持つ人材が博士課程後期を目指していない」という認識が顕在化しており、若手研究者の質の低下が懸念されるところである。さらに、海外留学する日本人学生や若手研究者が減少しており、研究者の内向き志向が高まっている点も懸念される。海外留学が減少する背景には、帰国後の就職先に不安があったり、研究留学後のポジションの保証がなかったりといった問題点が指摘されており、研究人材の流動性の低さが、結果として、研究人材のグローバル化を阻害していると言える。
研究者の国内流動性→国際流動性を高めることが、国際競争力向上には不可欠
台湾、韓国、中国では、米国へ留学した人材が帰国後に自国の科学技術や産業の発展に大きく貢献しており、海外で培った人脈も有効に活用している。日本の存在感を高めるには、海外研究者をはじめとする高度外国人の受け入れ体制の整備を進めるだけではなく、日本人の若手研究者が海外でも活躍できるよう、研究者の国際流動性を高めるしくみが必要不可欠である。
人、モノ、金、情報の国境を超えた流動性が高まっているが、大学・研究所といった高等教育も国境を超えて競争する時代となっている。高度人材は容易に国境を越える時代であり、米国のように世界中から優秀な人材を惹きつけることができる国こそが、国際競争力をのばすことができる。IMDランキングにみる「科学インフラ」世界第2位という順位に甘んじることなく、高度人材からみたビジネス環境の魅力度の低さ、才能ある人材を生かし切れない土壌にもっと危機意識を持って対処していくことが必要である。研究者の国際流動性を高めるには、国内の流動性をまずは高めるべきであり、日本の大学や研究機関は透明性のある開かれた人事・組織体制を真剣に考えるべき時にある。
(注1)出典)文部科学省科学技術政策研究所 NISTEP REPORT No. 113 「科学技術の状況に係る総合的意識調査(定点調査2008)全体概要版」
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