「レアアース・ショック」はなぜ起きたのか?

2010/09/27 清水 孝太郎
経済安全保障
サプライチェーン

(本コラムの内容は平成22年9月21日現在の情報に基づくものである)
2010年7月、世界最大のレアアース※1供給国である中国は本年第2回目となるレアアースの輸出許可(E/L)枠を発表したが、本年第1回分と合算しても前年比4割近い大幅削減となったため、8月以降のレアアース相場は急騰し、我が国をはじめとする世界各国の部品・製品メーカーは混乱に陥った。資源国の輸出規制措置に発した混乱ということで、オイル・ショックならぬ「レアアース・ショック」とも言うべきものであったが、なぜこのようなことが発生したのか経緯を分析してみたい。
我が国におけるレアアースの年間需要量は3~4万トン程度に過ぎないが、レアアース特有の素材特性からその用途は極めて多岐にわたっており、自動車や各種電子電気機器などには必要不可欠の素材となっている。筆者試算によれば、関係のある主要最終製品の国内生産額を合計するだけで25兆円近い規模となり、少量ではあるがその影響範囲は鉄や銅などの主要金属に劣らないものがある。特に低炭素社会の推進といった観点では、「小粒でもぴりりと辛い(少量でも重要性が高い)」機能素材として位置づけられている。
世界におけるレアアース供給の97%(2008年米国地質調査所データ)は中国が担っており、ここ数十年あまり中国の独占的供給が続いている。中国政府は2003年に「鉱産資源政策白書」を発表し、「中国が強みを有する資源(レアアースなど)の輸出構造の調整(付加価値の向上など)」を目標の一つに掲げている。第十一次五ヵ年計画(2006~2010年)でも「レアアース及びタングステン、錫とアンチモンの資源保護を強化し、レアアースのハイテク産業への応用を推進」を目標の一つに掲げている。いずれも資源の安値流出を防ぎ、また資源の強みを活かしながら海外の優れた応用技術を中国内に誘導しようとする意図があると見られている。
レアアースの輸出許可枠制度は1989年から存在するが、当初の目的は足並みの揃わない国内産業を政府の力で同じ方向に結束させ、産業の発展を促進させる点にあったと筆者は見ている。1989年当時も中国は世界最大のレアアース供給国であったが、供給シェアは40%程度であり、さらに中国内需よりも輸出が遥かに大きい状況であった※2。そのため、国内の生産活動を直接管理するよりは、輸出許可枠という事実上の営業免許を管理することで、効率的かつ効果的な産業管理を目指そうとしていたのではないかと見ている。当時は日本と米国がレアアース産業および研究開発の中心であり、中国政府としてはレアアースの輸出を通じて日本との交流を深め、自国産業の発展につながるきっかけを探していたのではないかと見ている。
しかし、生産コストの低い中国産レアアースが西側市場を席捲するにつれ、また中国国内で製造業の集積と高度化が進むにつれ、レアアースを利用した製造業の更なる高度化や国際競争力の向上を目指そうとする考えが2001年頃から中国国内でも主流になってきたと見られる。筆者はこうした動きが2003年の「鉱産資源政策白書」発表につながったと見ている。レアアースの輸出許可枠についても2002年までは4~6万トンの間を推移する程度であったが、上記白書が発表された2003年以降は平均して年1割程度の割合で削減されているほか、輸出促進を目的とする増値税(中国の付加価値税)還付も2005年に廃止され、2006年からは輸出関税も賦課されている。
中国のレアアース政策は2003年頃を境目として、外貨獲得のために付加価値の小さいものでも輸出を促進させようとする内容から、より付加価値の大きい最終製品の組立・加工までを中国国内で行い、さらに中国企業の競争力向上にも結び付けようとする内容に変化している。このたびの輸出許可枠削減についても、突然の出来事というよりは2003年以降に見られる動きの延長線上にあると言えよう。
1988年以降、日中両政府が交流する場として「日中レアアース交流会議」が1年おきに開催されていたが、日中間で技術力の差が小さくなり、また産業規模も日中間で逆転するようになった頃から開催の意義が双方薄れてしまい、2005年11月から2009年4月まで政策動向に関する情報交換で空白が生じてしまっている。今回の輸出許可枠の大幅削減に対し、日本政府は中国政府へすぐ見直しを要求したものの、芳しい結果は得られず、日本経団連訪中団による規制緩和要求も同様の結果に終わっている。
世界におけるレアアース供給の9割は中国が担っていることを考えれば、日本が必要量の全てを中国以外から調達するのは非現実的であろう。また、日本が中国に次ぐレアアースの大需要家であることを考えれば、中国政府の輸出抑制はレアアースの需給バランスを自ら大きく破壊させるだけではなく、日本が進める脱・省レアアース技術の開発等をさらに加速させることにもなるため、中国は自らの手でレアアースの強みを失っていることになろう。日中両国は「同業者」として、今後どのような関係を構築すべきか、政府どうしの交流だけではなく、いざとなれば政府交流のバックアップにもなり得る産業界や学界の交流も拡大させながら検討を重ねる必要があるだろう。

(※1)レアアースとは、元素周期表の第3族に属するスカンジウムイットリウムの2元素に、ランタンからルテチウムまでの15元素(ランタノイド)を加えた17元素の総称であり、希土類元素とも称される。我が国ではレアメタルの一種として位置づけている。レアアース各元素は、その特殊な原子構造から優れた光学的特性(蛍光特性やレーザー特性)や磁気的特性などを有しており、低炭素社会の推進や次世代技術の実現には必要不可欠な機能素材となっている。
(※2)1989年当時におけるレアアース需要は中国内需が約7千トン、輸出が約1万3千トンであったが、2007年現在で中国内需が7万3千トン、輸出が約4万3千トンである。

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