円高基調が続く中、インターネットを通じて海外から物品等を購入し、円高メリットを享受することへの関心が高まっている。しかし、海外との取引(クロスボーダー取引)では、万一トラブルが発生した場合に対処が難しい等の不安もあり、実際に取引している比率は、まだ低いレベルにとどまる。
昨年度の消費者庁のインターネット消費者取引研究会でも、検討項目の一つにクロスボーダー取引が取り上げられた。同研究会のとりまとめでは、インターネット取引では、容易に国境を越えたグローバルな取引が可能であるが、ひとたびトラブルが発生すると、言葉や法制度、司法・裁判管轄の違いなどから、国内トラブルに比べて円滑なトラブル解決に導かれにくい。また、現時点でこうした取引に関する消費者へのサポート体制は十分ではなく、こうした課題やトラブル解決の方策の検討について、さらに強力に取り組む必要がある、と指摘している。
クロスボーダー取引への対応を検討する上ではEUの取り組みが参考になる。EUでは単一市場の形成に向けて、様々な消費者保護のルールを定め、域内共通の枠組みを構築している。さらに、こうしたルールの執行(enforcement)に関する国際的な協力体制も構築し始めている。ルールが制定されても適切に執行がなされないのであれば、消費者の安心感は高まらない。
EU自体には執行権限はなく、執行はあくまで加盟国単位で行われる。そのため、クロスボーダー取引では、国境を越えた執行をどのように行っていくのかという課題があった。そこで加盟国が執行に関して相互に協力するための仕組みとしてCPC(Cross-border enforcement and cooperation)ネットワークを構築している。CPCネットワークは消費者保護に関する法執行に責任を持つ各国の行政機関のネットワークであり、 EU全加盟国とアイスランド、ノルウェー、リヒテンシュタインの30ヶ国が参加している。CPCネットワークはEUのCPC規則(Regulation (EC) No 2006/2004)に基づき構築され、2006年12月から運用が開始された。
CPCネットワークを通じて行えることは以下である。
- 警告(Alerts)(CPC規則第7条):
域内のルールへの違反行為を認知した際に他国に対して警告 - 情報提供要請(Information requests)(CPC規則第6条):
消費者保護ルールへの違反の可能性がある事案に対し、他国に情報提供や捜査協力を要請 - 法執行要請(Enforcement requests)(CPC規則第8条):
EU域内の消費者に対して行われている、事業者の違法な商行為をやめさせるための措置をとるよう他国に要請
要請は、国毎に一つ定められた窓口機関を通じて行われる。参加国は相互に協力する義務を負っており、他の参加国から要請を受けた国は対応しなければならない。法執行要請、情報提供要請のイメージは以下の通りである。
- ベルギーの事業者がフランス居住者との取引において不公正条項指令に反する不公正な条項を使用している。フランスの執行機関はベルギーの執行機関に対し、当該事業者の違反行為を停止するよう、ベルギー国内で遅滞なく執行権限を行使するよう法執行要請を行う。
- 消費者に損害を与える詐欺的な商行為を行うWebサイトに関する複数の苦情をデンマークの執行機関が受け取った。当該Webサイトはスウェーデンでホスティングされている。デンマークの執行機関は、当該Webサイトに関する情報を調査するためにスウェーデンの消費者官庁に対し情報提供要請を行う。
資料:欧州委員会 Recommendation 2011/136/EU(2011.3.1)より作成
これらの情報交換・共有には欧州委員会が構築したITツールConsumer Protection Cooperation System(CPCS)が利用されている。CPCSは各国機関だけに利用が限定されたインターネットとは別のセキュアな欧州の行政ネットワーク(s-TESTAネットワーク)によって接続されている。
CPCネットワークが対象とする事案は集団的消費者利益を害するものであり、個別の消費者トラブルではないことには注意が必要である。また、対象となるルールも、CPC規則に列記された消費者保護関連の欧州指令(遠隔販売、消費者信用、電子商取引、タイムシェアリング、パッケージ旅行等)に限定されている。
CPCネットワークを通じて、2010年11月末現在までに情報提供要請が503件、法執行要請が556件、警告が251件行われている。物品・サービス別には「娯楽・文化」「交通」などに関するものが多い。具体的な成果には、例えば、スペインとフランスの執行機関の連携により、スペインで行われていた宝くじ詐欺を取り締まり、87名を逮捕するというもの等がある。
CPCネットワークでの要請等の件数実績
2007年 | 2008年 | 2009年 | 2010年 | 合計 | |
---|---|---|---|---|---|
情報提供要請 | 161 | 121 | 133 | 88 | 503 |
警告 | 71 | 100 | 43 | 37 | 251 |
法執行要請 | 93 | 170 | 159 | 134 | 556 |
合計 | 325 | 391 | 335 | 259 | 1,310 |
資料:欧州委員会Directorate-General for Health & Consumers ,”5th edition Consumer Conditions Scoreboard”, (2011.3)
EUでは、加盟国間での消費者保護制度の整合性を図る取り組みが長年にわたりなされており、その仕上げの段階として執行に関する国際協力への取り組みが進められている。
一方、日本の場合には、クロスボーダー取引に関する取り組みは始められたところであり、消費者庁を中心に、まずはアジアの諸国との間で、消費者相談窓口間のネットワークづくりに向けた取り組みが進められようとしているところである。欧州とは環境が異なるため課題は多いものの、今後は欧米やアジア諸国等との間で、互いの消費者保護制度に関する理解を深め、またその整合性を図るといった取り組みを進めていくとともに、国境を越えた執行に関する協力体制をも構築することによって、消費者がクロスボーダー取引を安心して行える環境を整えていくことが望まれよう。
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