前稿では、持続的な発展を遂げる企業の経営戦略の見方や捉え方についてふれたが、ここでは、データ等も用いてさらに具体的な考察をする。
我が国は、欧米・アジア諸国に比べると、起業に対する意識や評価は決して高くない。失敗を許さない文化・風土も根強く残り、起業に向けた資金、人、精神的な支援も限られるため、リスクをとって起業に挑むことが難しい面があると考えられる(注1)。
こうした中、我が国におけるイノベーションの創出や産業の新陳代謝を促すことで、企業が持続的発展を遂げるためには、起業のみならず、転業(注2)、再生・廃業までのサイクルや相互連関に着目し、それらの関係を深化させていくことが重要である。
以下では、東日本大震災の影響により、例年より遅れたものの、平成23年7月1日に閣議決定された「中小企業白書2011年版」をもとに考察をする。例年、中小企業白書は、統計データを再編加工され、我々に新たなファクトを見せてくれる。起業に関するデータや情報は溢れているが、本年度の白書では、起業だけでなく、転業にもふれ、経済産業省「工業統計表」の再編加工による分析によって、業種間の相互参入の実態や構造を可視化している点が興味深い。
例えば、我が国の製造業の業種転換(注3)をみると、金属製品と一般機械器具間の業種転換が多いが、一般機械器具・金属製品から輸送用機械器具への業種転換、電気機械器具から一般機械器具、電子部品・デバイスへの業種転換が多く、我が国企業が、業種間の活発な相互参入によって成長分野を貪欲に模索し、異分野の知や人材が融合している産業のダイナミズムがうかがえる(図表1)。また、製造業では、2007年時点で、1988年以降に業種転換した事業所が約2割を占め、転業による新陳代謝が、産業構造の転換に一定の影響を与えていることも示されている(注4)。
図表1 我が国における製造業内の業種転換(1997~2007年、事業所単位)
(出所)経済産業省中小企業庁「中小企業白書2011年版」、p221.
以上をふまえ、我が国において、今後も起業は当然のことながら重要だが、日本に適したイノベーションや産業の活性化の方向性を見据えながら、起業から廃業までのサイクルをふまえ、持続的発展を遂げる企業を連鎖的に生み出していくこと重要となる。
我が国では、非連続的な事業に挑むベンチャー企業やリスクヘッジのためにあえて自社事業と異なる事業の多角化に挑む大手・中堅企業もあるが、中小企業が自社の保有技術・事業との連続性や継続性を意識して、徐々に技術・製品・サービス等の応用分野を開拓していくような形式の転業が多いと考えられる。我が国は、起業が少ないとされるが、こうした転業こそ、我が国において持続的な発展を遂げる企業の特徴の一つであり、新規事業創出やイノベーションの屋台骨でもある。
また、政策面においても、社会全体のシステムのイノベーションの発展に向け、企業が持続的な発展を遂げるための支援方策や事業環境整備が求められる。起業・ベンチャー、M&Aの研究調査(国際比較)や関連政策の提言は圧倒的に多いが、持続的な発展を遂げる企業の経営戦略として、転業等も含めたサイクルを一層強化するための政策が必要である。その際、海外企業や制度との国際比較によるベンチマーク等も重要だが、起業等に比べると地味で見過ごされがちな「転業」にも改めて光を当てるなど、我が国の起業、転業、再生・廃業のサイクルとの親和性や適用可能性を精査し、我が国らしさを十分に加味した支援が必要である。それなくして、我が国におけるイノベーション、持続的な発展を遂げる企業群の連鎖的な創出にはつながらない。
(注1)財団法人ベンチャーエンタープライズセンター「起業家精神に関する調査(GEM: Global Entrepreneurship Monitor調査)」。
(注2)中小企業白書2011年版では、転業の態様を、事業内容の変更程度によって、(1)「新分野進出」、(2)「事業転換」、(3)「業種転換」に分類している。なお、以前から第二創業の調査研究や支援政策も進められてきたが、昨今の国内における起業の一層の低迷や大手・中堅企業を巻き込んだオープンイノベーション等の柔軟なアライアンスの深化等の事業環境変化をふまえ、社会システムを生態系に模したイノベーションのエコシステムとして捉える観点から経済・産業構造を捉えて可視化し、再考する時期にあると考える。
(注3)中小企業白書2011年版では、業種転換を『「事業転換」のうち、売上高構成比が最も高い業種が変化することをいう。つまり、主な製品・商品・サービスが業種を超えて変化することである。』と定義している。
(注4)経済産業省中小企業庁「中小企業白書2011年版」、p223.
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