法制審議会では、「会社法制について、会社が社会的、経済的に重要な役割を果たしていることに照らして会社を取り巻く幅広い利害関係者からの一層の信頼を確保する観点から、企業統治の在り方や親子会社に関する規律等を見直す必要があると思われるので、その要綱を示されたい。」という諮問第91号を受けて会社法制部会を設置し、2010年4月から改正要綱策定に向けた議論が行われている。現行の会社法は、商法第2編「会社」及び関係法律を1つの法典に統合し、多岐に亘る実質的改正が行われた上で、2005年に成立したものであるが、今回の会社法制部会における審議は会社法成立後初めての本格的な改正を意図したものであり、注目されている。
会社法制部会における審議事項は多岐に亘るが、大きなテーマとしては(1)企業統治の在り方、(2)親子会社に関する規律という2つのテーマが取り上げられている。特に(1)については、民主党が2007年から党内のプロジェクトチームにおいて公開会社法の制定を意識した検討を行っていたこと、民主党政策INDEX2009において公開会社法の制定を検討することが明記されたこと、経済産業省に設置された企業統治研究会が2008年12月から半年間に亘ってコーポレートガバナンスのあり方について検討を行い2009年6月に報告書を公表したこと、金融庁金融審議会が設置した我が国金融・資本市場の国際化に関するスタディグループにおいても上場会社等におけるコーポレートガバナンスのあり方について検討が行われ、2009年6月に報告書が公表されたこと等から、広く関心が持たれていた。また親会社株主の保護や少数株主の保護強化の議論についても関係者の間では注目される論点となっている。
そもそも会社法が成立する以前の商法自体、比較的頻繁に改正が行われてきた法律であったことから、会社法を改正する議論が行われていること自体については自然な受け止められ方をしている様子である。しかし、1990年代初頭までに行われた改正の関心事が、社長を頂点とするピラミッド組織における代表者の行き過ぎた行動をどのように牽制していくかというガバナンス強化にあったのに対して、バブル経済が崩壊し、日本経済の低迷が長期化する中で実施された1990年代後半以降の商法改正に際しては、資金調達手段の多様化・改善、組織再編の多様化、国際的な競争力を意識したガバナンス(平成14年改正における委員会等設置会社の導入が典型であろう)等、経済界の要望を踏まえた規制緩和色の強いものであった。2005年に成立した現行の会社法は様々な実質的な改正点を含むものであったが、定款自治の尊重、様々な規制緩和と選択肢の拡大を実現している点で、1990年代後半からの一連の商法改正の集大成であったと理解することが出来る。
これに対して今回の会社法改正に係る議論では、ガバナンスのあり方の見直しや、親子会社に関する規律の強化といった規制色の強い論点が取り上げられており、議論の行く末が注目される。商法ないし会社法はその取り扱っている対象が経済社会において極めて重要な役割を果たしている「会社」を規律する基本的な組織法であることから、社会的要請や政策的要請の影響を強く受ける法律である。その為、商法は改正が議論される度に議論の折り合いをどのように付けるのかについて常に関心を持たれてきた法律であり、このことは商法典の編纂を巡って明治20年代に展開された法典論争においても既に見られた。当時、欧米先進国で運用されていた商法典を継受し、直ちに商法典の編纂が必要であると訴えた一派と、近代的な産業資本が一部では確立しつつあったものの未だ黎明期を脱していない日本の会社に欧米先進国で運用されていた商法典をそのまま導入することに反対する一派とが、大いに議論を行った。当時の議論の背景についてここで詳細に論じることは出来ないが、前者の考え方は未だ尊重すべき近代的な商慣習も存在しない中、当時大多数を占めていた小規模かつ旧態依然とした会社にとって困難なものであったとしても、欧米先進国の制度を「政策的に」導入してしまった方が、近代的な資本主義経済の発展に資するという前提に立っていた。一方、後者の考え方は、穂積陳重博士が「商法と云ふものは商業に後れて出来るものであって、決して商法と云ふものが商業に先立つものではない」(注1)との認識を示したように、商法が規律を定める対象となる企業の現状・実態を踏まえたものでなければならないという考え方を前提としていた。
当時の経済社会的な要請や政治情勢も相俟って、明治20年代の商法典施行は見送られ、我が国に初めて商法典が誕生するのは明治32年まで待たなければならなかった。商法典の誕生から110年以上が経った今日の会社法を改正する際にも「政策的な」意図と、企業の現状・実態とのバランスが重要である点はなんら変わることがない。会社の経営環境が劇的に変化している中、今回の会社法改正を巡る議論の結果、会社に過度な負担を強いることなく改正目的を実現しつつ、我が国の産業界の活性化に資する改正が実現することを期待している。
(注1)日本帝國會議誌刊行會編『大日本帝國議會誌第1巻』(1926年)66-67頁。
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