環境分野における「不確実性」との付き合い方

2011/09/28 矢野 雅人
環境

不確実性(ある事象に関する情報の不確かさ)とは経済分野などでよく耳にする用語であるが、環境分野でも極めて重要な概念である。ただし、ここで重要と指摘するのは、環境分野のあらゆる局面において過度に重視すべきという意味ではない。むしろ情報を取り扱う上で常につきまとう概念であるため、上手に付き合っていくべきという意味である。不確実性との付き合い方を見ていくと、環境対策の動向が分かって面白い。本稿では主に地球温暖化問題を題材に、不確実性がどのように取り扱われ、対策行動にどのように関係しているかについて述べたい。

環境問題の解決を図る際には、言うまでもなく純粋な科学的アプローチが基本となる。ところが、環境分野では問題の規模や原因に関する情報が充分ではない段階でも思い切った行動が社会的に要求されるケースが多いため、実際のプロセスは少々異なってくる。
地球温暖化対策の歴史はその典型だ。温暖化の仕組みやその原因となる温室効果ガスの把握については科学の進展や関連データの整備によってかなりの部分が明らかになったが、それでも精緻化の余地は残されている。例えば、温室効果ガスの排出量あるいは排出削減量は、現在も計算方法の改善が継続的に行われ、国や研究機関が示すデータは毎年のように変動している。ところが、このように不確実性が残る状況であっても多くの国や民間事業者は地球温暖化対策に多額の費用を投じることに合意し、一部では排出量の金銭取引も始まっているのである。
こうした背景には、地球温暖化を防止しようとする社会の強い意志とともに、情報の不確実性を上手に処理しながら社会の意志を統一的行動に転換するアプローチの存在がある。すなわち、情報を確かなもの(複数の関係者間で合意可能なもの)と不確かなもの(合意困難なもの)に切り分けた上で、後者(不確実性)を将来的に極小化するという約束の下にクリティカルな論点から除外し、前者のみを根拠に行動を始めようとするアプローチである。
このような不確実性との付き合い方が顕著に現れた例がある。「REDDプラス」だ。REDDプラスとは、地球温暖化の主な原因の1つである途上国森林の減少や劣化を、市場メカニズムを用いて効率的に抑制しようとする取組である。地域開発や生物多様性保全などの副次的効果も期待されることから社会的ニーズは極めて高い。しかし、排出削減量の定量化など、肝心の部分に技術的課題が残されているため、市場メカニズムを即座に運用することは困難である。このような状況に対して国際社会が出した回答は、市場メカニズムの運用を将来の約束とし、段階的に行動を進めながら技術的課題の解決を図っていこうとする考え方(phased approach)の採用であった。REDDプラスにおいて不確実性は行動の障壁とはならず、相応に取り扱われることになったのである。

同様のプロセスは、今後地球温暖化対策以外の分野、例えば生物多様性・生態系サービス保全の分野でも適用されることが予想される。実際、昨年10月の生物多様性条約第10回締約国会議では、政府や民間事業者などが持続可能な生産・消費に向けた行動を実施することや、生物多様性の価値を定量的に評価し必要に応じて国家勘定に組み込むことが決定された(愛知目標2及び4)。既に各国は生態系サービスの定量化に向けた研究を急ピッチで進めており、生物多様性・生態系サービスの保全に市場メカニズムが導入される可能性は徐々に高まっている。もちろん生物多様性・生態系サービスと人間社会との関わりは地球温暖化以上に複雑で不確かな部分も多いが、不確実性と上手に付き合うことができれば具体的な行動につながっていくだろう。

社会の環境意識が日々強まっているなか、ある程度の不確実性を前提条件として組み込みながら行動が設計されることとなった。もはや悠長な科学的議論を待ってくれない時代である。今後益々、不確実性との付き合い方が重要となるだろう。
ただし、不確実性を誤った情報と取り違え、妥当性を欠く行動を導いてしまうような事態は避けなければならない。不確実性と付き合っていくためには、その極小化に向けて不断の努力を続け、常に行動の妥当性を吟味する姿勢が不可欠である。

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