大都市圏の経済成長に向けて

2012/05/08 遠香 尚史
社会政策

大都市が経済成長を牽引

21世紀は知識社会と言われる。知識社会では、膨大な知識・アイデアの蓄積を有する大都市が経済成長を牽引する。大都市の経済成長では、知識・アイデアをもとに開発された新製品・技術が起因となる。
新製品・技術開発には、多様な部門間の接触が不可欠である。具体的には、先端知識を有する大学や研究開発従事者、試作品や製造工程などものづくりノウハウを有する熟練労働者、マーケティング業者などが挙げられる。事業化・起業等においては会計士や弁護士、コンサルタントなどの部門も必要とされる。
これらの部門間の従業者同士による、公式・非公式を問わず多様で頻繁なコミュニケーションを通じて、新製品・技術開発に向けたアイデアの具現化が促進される。最先端の知識・技術・アイデアに基づいた高付加価値の新製品・技術が市場に提供される。
さらに、開発された新製品や技術に関する知識はスピルオーバーする。すなわち、情報交換や従業者の移動などを介して、新製品や技術に関する知識が近接する他の企業や事業所に波及し、更なる新製品・技術開発や企業集積につながる。

ケーススタディ~関西圏におけるマッチングポテンシャル~

ここで、新製品・技術開発に係るコミュニケーションの潜在機会を表現する指標を「マッチングポテンシャル指標」と呼ぼう(以下MP指標)。これは、異なる部門の従業者が至近距離に多く存在するほど、新製品・技術開発に向けて必要とされる知識・アイデアの需要と供給が合致するポテンシャルが高いことを表現する指標である。
この考え方に従って、各地点から10km圏内の従業者集積状況をもとに、関西圏におけるMP指標を試算した(注1)。これによると、特に大阪駅や新大阪駅周辺でMP指標が高いことが分かる(注2)

図 関西圏におけるMP指標の分布

総務省統計局「平成18年事業所・企業統計調査に関する地域メッシュ統計」より作成

勿論、ここで提示したMP指標は統計データと直線距離から機械的に算出した参考値であり、必ずしも新製品・技術開発のポテンシャルを正しく表現しているわけではない。一方で、特に交通利便性が高い大阪都心部では、試算値以上に、周辺地域と比較して高いポテンシャルを有するとは言えよう。
大阪では、全国で最も喫茶店が多い(注3)ことからも分かるように、従来コミュニケーションを重視する文化・土壌がある。このような地域特性を生かしつつマッチング確率~出会うもの同士のニーズとシーズが合致する確率~を向上することで、新製品・技術開発ポテンシャル顕在化に向けた取り組みが重要と考えられる。そのため多様な属性の人同士の交流を促進する会議室・スペースなどのミーティング施設について、官民が協力して提供していくような枠組みを模索していく必要がある。

大都市圏の経済成長に向けた公共セクターの役割

初期のアイデア等のうち、全てが新製品・技術開発に到達するわけではない。むしろ、最終的に新製品・技術として成立する割合は低い。このような状況のもと、ミーティング施設の利用を促進するためには利用者負担を低く抑える必要があるが、そうすると都心部の高い地価水準に見合った利潤が期待されない。さらに、ミーティング施設の利用者は当該地域に限定されず、他地域から流入する人々が多く含まれる(多様性を高めるためにはむしろそのようにすべきである)。以上を踏まえると、市場原理に任せると、ミーティング施設の最適な供給量に対し、過小供給に陥る可能性が高い。
公共セクターは、市場が有する競争メカニズムの有効活用、民間活動を阻害しない制度設計を前提としつつ、民間との役割分担・リスク分担を通して、ミーティング施設の最適な供給を図る必要がある。大都市圏の経済成長促進に向けて、公共セクターが長期的な視点で検討すべき重要な視点の一つと言えよう。

(注1)ここでは、各従業者間でマッチングが成立する確率を1,000分の1とし、各4次メッシュ(概ね500mメッシュ)から10km圏内に含まれる従業者数を用いた次の式による:「(高等教育機関+学術・開発研究機関従業者数)×10-3」×「(情報サービス業+専門サービス業従業者数)×10-3」 ×「(電子部品・デバイス+精密機械器具製造業従業者数)×10-3」
(注2)大阪都心部でピークが二つに分かれている要因として、両ピーク間を流れる淀川に加え、現在開発が進められているうめきた(大阪駅北地区、平成18年時点では貨物ヤード)の存在が挙げられる。
(注3)大阪府は、喫茶店数が全国で最も多い(11,892軒(総務省統計局「平成18年事業所・企業統計調査」)。

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