-ブラジルにおける日系企業のプレゼンス-
BRICsの一角をなすブラジルは、2010年には7.5%の高い経済成長率を達成するなど好調であったが、その後は欧州債務危機の影響やレアル高などの影響を受け、やや失速気味である。しかし、2014年のサッカーワールドカップ、2016年のオリンピック開催が決まっているため、世界からブラジルへの投資は勢いを増しており、日本からの直接投資も近年急増している。
ブラジルにはおおよそ150万人からなる日系社会が存在し、数多くの日系人がブラジルの各界で活躍している。日系社会が長年の苦労と努力によって築いた日本人への信用もあって、ブラジルは大変親日的な国家である。にもかかわらず、ブラジル経済におけるプレゼンスは欧米企業の方が圧倒的に高く、かつ、近年は韓国や中国からの投資パワーに押され気味である。
ブラジルは1960年代後半から70年代前半にかけて「ブラジル経済の奇跡」といわれた高度経済成長を経験しており、当時、日本からもブラジルへの企業進出が相次いだ。しかし、80年代の債務危機とハイパーインフレによる経済の混乱で、日本企業の多くがブラジルから撤退。一方、欧米企業の多くはブラジルにとどまり、ブラジル経済の冬の時代に耐え続けた。それが今日の欧米企業のプレゼンスにつながっている。1997年のタイ通貨・バーツの暴落に端を発したアジア通貨危機の際、欧米企業が相次いでタイから撤退したのに対し、日本企業の多くはタイに踏みとどまり、タイ製造業の高度化に貢献して評価を上げたことと同じといえよう。
-ブラジル工業の素顔とブラジル・コスト-
日本企業の第一次ブラジル進出ブームは1950年代に遡り、60年代~70年代の高度経済成長期は第2次ブームであった。BRICsの一員として注目されている今日のブラジルへの投資拡大は第3次ブームといわれている。しかし、欧米企業からすれば、長く堪え忍んだ冬が去り、ようやく収穫期を迎えたと思ったところに日本、韓国、中国の企業が相次いで参入し、市場競争が激化してしまったのだから面白くない。
2011年9月に、ブラジル政府は突如、自動車の工業製品税(IPI)を引き上げる措置を発表した。ブラジルまたはメルコスール(南米南部共同市場で、現在の正式加盟国はブラジル、アルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイのほか、ベネズエラが署名済み)内で平均して約65%の域内調達率を達成していない場合、国産車や輸入車の自動車税を30%引き上げる措置である(厳密にはもう少し複雑な条件設定がなされている)。これは輸入が急増している韓国車や中国車を狙い打ちした施策で、WTO違反との指摘もあるが、措置の背景にはこれまでブラジルの自動車市場で高いシェアを維持してきたビッグスリーと言われる欧米系自動車メーカー(フィアット、フォルクスワーゲン、ゼネラルモーターズ)の思惑もあるようだ。
こうしたブラジル政府の突然の政策変更は、日本企業へも少なからず影響を及ぼす。日本の自動車メーカーは欧米メーカーに比べて輸入部品の割合が高い。日系企業の工場が集積しているメキシコで部品をつくったり、自動車を組み立ててブラジルに輸出しようとする戦略は見直しを迫られることになる。
いまや、需要が見込まれる市場では現地調達・現地生産が基本となっている自動車産業であるが、それにもかかわらず、ブラジルで輸入車が急増し、部品の域内調達が進みにくいのは、ブラジルでモノをつくると高くつき、価格競争力がなくなるためである。これは、レアル高の進行といった為替の影響もあるが、ブラジルは税金大国と言われるほど様々な種類の税金が課せられ、最終工業製品価格の5割以上は税金で占められるといわれるほど税率は高い。税制の手続きや雇用・労働問題も複雑で、治安対策にも費用がかかる。これが「ブラジル・コスト」であり、ブラジルのカントリーリスクの一因となっている。
ブラジルが有望な市場であることは間違いないが、ブラジル・コストの実態や、それに起因するブラジル工業の脆弱性などに十分留意した上で進出しなければ、事業戦略を見誤ることになる。特に、ブラジルでは税制の変更が頻繁、かつ、唐突に実施され、それが企業の事業戦略に大きく影響するので注意を要する。OECDルールから大きく乖離していると不評だった独自の移転価格税制についても、2012年4月に是正措置(563号)が公表されたところで、利益マージン率の変更に伴う影響にも注視していく必要がある。
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