市場拡大が期待される医療観光
欧米やアジア諸国を中心に、医療観光(医療ツーリズム、メディカルツーリズム)に対する市場拡大への期待が高まっている。医療観光の起源は、欧州において、母国で享受しにくい医療サービスの受診を目的とする越境医療・転地医療などの流れをくむ取り組みとされるが、対象とする取り組みの範囲や解釈などは各国や活動主体によって異なり、明確な定義は存在していない。なお、わが国の場合、観光庁「インバウンド医療観光に関する研究会」にて示された、「(1)医療サービスの受診・受領を行う目的で他国を訪問し、併せて国内観光を行うこと」「(2)人間ドック等の健診、予防医療や美容整形から、がん、心臓病の手術といった本格的な治療にいたるまで、対象範囲は広い」との考え方が比較的多く用いられている。
近年は、高い技術や充実したサービスに加え、低コストであることなどを強みとして、アジア諸国が存在感を強めている。先行的な取り組みを進めてきたタイやインドに加え、台湾、フィリピン、シンガポール、韓国等も台頭しており、健診・検診や審美歯科・美容など、各国の強みを活かした多言語の医療サービスとともに、アジア特有の豊かな観光資源を楽しむ機会も提供することで、海外からのメディカル・ツーリストの受入拡大に取り組んでいる。
国内おける医療観光に係る取り組み
わが国においても、2003年「観光立国宣言」以降、各省庁を中心に、医療観光に係る調査研究を進められたが(「インバウンド医療観光に関する研究会(観光庁、2009年)、「国際メディカルツーリズム調査事業(経済産業省、同年)」他)、成長市場として官民の注目を集めることとなった契機は、2010年6月に閣議決定された「新成長戦略」において、7つの戦略分野に「健康大国戦略」が掲げられ、医療の国際化の推進が位置づけられたことがあげられる。同年12月には、医療滞在ビザの運用が始まり、医療通訳の育成も本格化したほか、翌年6月には、観光庁による「医療観光プロモーション推進連絡会」の第1回総会が開催され、国内関係者が一堂に会し、情報共有等を図る場も設けられたところである。
国内の関連産業の動きも活発化している。例えば旅行業界では、訪日外国人を中心とした医療観光専用部署・窓口を設置した旅行事業者や医療観光専門の事業者が誕生し、国際外来を有する医療機関向けの医療通訳を育成する通訳者・翻訳者養成学校も相次いでいる。また、旅行事業者や宿泊機関、医療機関等の関係主体が連携し、旅行商品の開発や、現地国の関係機関との連携も進んでいる。
一方、地域振興の起爆剤として、都道府県や市町村も医療観光に注目しており、関係主体の理解深度化や意識醸成等を目的とした検討会の設置や、シンポジウムの開催、関係機関との連携による海外プロモーション活動、海外医療ツーリスト向けのモニターツアーなども行われている。
国内外における今後の医療観光の市場見通しの問題点
このように、国内外で市場の成長への期待されている医療観光分野については、その市場規模に関しても、各種調査研究等による推計結果が公開されている。英国の「IMTJ」誌によれば、2008年の海外医療ツーリスト数(推計値)は、500~600万人とされている。また、Medical Tourism’Global Competition in Healthcare(National Center for Policy Analysis)’は、2012年の医療観光市場は、1000億ドル市場に成長すると推計している。ところが、先述したように医療観光には、厳密な定義が存在せず、各国各様の解釈がなされている。例えば、主たる渡航目的を医療行為とする越境医療サービス全般と捉える推計がある一方、海外旅行者や現地駐在者の緊急的な受診、医療行為を伴わない温泉治療やエステやヨガ、ウォーキングなどの健康増進を含む推計など、実に多様である。このため、推計の対象事業やサービスなどの前提条件がまちまちで、推計結果に大きな差があらわれる状況も少なからず発生している。
特に、国内については、経済産業省が5,500億円市場との見通しを発表しているものの、訪日の医療ツーリストについて、正確な人数が把握できていない。このため、医療や観光の領域に携わる関係主体が積極的に活動に取り組む上での不安も少なくなく、新成長戦略においても、定量的な目標設定に至っていない状況である。これらをふまえると、まずは、国内を中心に、定量的な実態把握を十分行う必要があるだろう。
次回では、上記問題意識をふまえ、当社が2011年度に実施した「外国人患者の受入に関するアンケート調査」の概況を紹介する。
(注)
本原稿は、当社内の自主研究として実施した、以下研究の成果に基づき執筆したものです。
調査内容:医療観光(外国人患者の受入に関するアンケート調査ほか)
調査期間:平成23年8月~12月
調査担当:政策研究事業本部
公共経営・地域政策部 妹尾 康志、関 恵子、赤木 升
経済・社会政策部 星芝 由美子
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