対談:東京オリンピック(3)サステイナビリティの確保に向けて独立機関Commission for a Sustainable Londonを通じた取組
当社内横断的組織「日本2020戦略室」のご紹介
2020年の夏季オリンピック・パラリンピック競技大会の東京開催が決まり、大会企画運営、施設整備、会場周辺のまちづくり、海外からの観光客誘致、スポーツ振興、各種キャンプ地誘致等、さまざまな取り組みが動き始めています。当社は、多様で幅広い専門性を持つ研究員や、外部専門家とのネットワークを活用して、関係者の皆様の取り組みをお手伝いいたしております。
※「日本2020戦略室」は解散いたしました。
はじめに
このシリーズでは、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会の開催に向けて、持続可能性(サステナビリティ)課題に取り組む方々にお話を伺います。第3回は、当社が先日行ったロンドンでの現地調査の際に話を伺ったショーン マッカーシー氏です。
第三者的立場からのサステナビリティ促進
本橋:マッカーシー氏は、Commission for a Sustainable London 2012 (CSL)という独立機関の立場から、ロンドン大会のサステナビリティ戦略に関わられたと伺っております。まずは、CSL設立のいきさつを教えて頂けますか。
マッカーシー氏:CSLは、大会組織委員会(LOCOG(注1))から独立した立場でサステナビリティ戦略に関わるものの、LOCOGや大ロンドン市(GLA(注2))に認められた公式組織でした。2012年大会の開催地選考時の主な約束の一つに「ロンドン大会は、これまでで最大のサステナビリティ施策によって開催される。」ということがありました。しかし、当時サステナビリティという考え方は関係者の間でもまだよく理解されておらず、その内容に関する議論も不十分でした。そこで、この約束を確実に果たすべく、大会組織委員会(LOCOG)等から独立した立場でサステナビリティに関与する機関として、CSLが設立されました。
本橋:CSLの業務内容は、どのようなものだったのでしょうか
マッカーシー氏:主な活動の一つは、設計、建設、交通、商品サプライ等オリンピック・パラリンピックの準備及び開催に関する様々なサステナビリティ戦略について、その計画の策定及び進捗のモニタリングを行い、その結果をレポートとして発信することでした。また、CSLはそのようなモニタリングや評価の枠組みを作るための組織ではありましたが、時には、大会準備・運営担当の各組織(LOCOG,ODA(注3), TfL(注4)等)に対し、彼らの課題解決のための助言も行いました。ただしその際には、私たちの助言は助言でしかなく、強制ではないことを明確にして行いました。活動当初は,関係者にCSLの任務への理解とCSLが発信する情報への信頼を得ることが課題でしたが、WWFなどのNGO、専門家の団体、政府の他機関等の関与も得ながら、徐々に関係者と広範囲に渡る協議が出来るようになりました。
本橋:そのような活動を行うために、CSLは何か特別な権限を与えられていたのでしょうか。
マッカーシー氏:特別な権限は特にありませんでした。私はCSLの議長として、ロンドン市長とオリンピック担当大臣に直接報告する義務がありましたが、間に多くの人を介することなく政治的トップに直接報告出来るということと、独立組織なのでメディアに対して自由に発言でき、国民に報告する能力があったということ、CSLの活動にとってはこれだけで十分でした。各関係機関は、CSLに対し必要な情報を提供する義務が有りましたが、これも実際には担当者との関係次第であり、担当者といかに良い関係を築けるかが非常に難しくかつ重要な点でした。
ちなみに、CSLの活動資金を拠出したのは、LOCOG, ODA, GLA、英国政府でしたので、時々メディアから、「それで独立組織と言えるのか?」などと言われることがありました。しかし、企業の監査法人がそれぞれの企業に雇われながら独立した見解を表明するのと同様、活動資金を拠出されていても独立した立場で活動することは可能です。もちろん両者の信頼関係を打ち立てていてこそ可能となる話ですが。
小さい組織と大きな協力者のネットワークで大きな変化に貢献
本橋:CSLのメンバーの構成について教えてください。
マッカーシー氏:基本は、Assurance officer 二人、専門家二人、アシスタント一人という、少人数の優秀なチームです。加えて、12~14人のボランティアが、CSLのために大会期間中のべ20日程度の時間を割いてくれました。また、NGO、政府の他部門、大学、業界団体などとも良好な関係を築いており、アドバイザー網は整っていました。例えば、施設建設の初期段階には、コンクリートとCO2の関係を調べるために、土木工事業界団体に行って、技術的助言をもらったりもしました。労働者の需給状況にあわせた雇用条件の評価、サステナビリティの観点からの設計や調達方法の分析、BP(British Petroleum) のカーボン相殺スキームの評価など、CSLのチームではカバーし切れない専門性の高い分野については専門コンサルタントのサポートを受けましたが、専門コンサルタントへの委託予算はごく少額でした。
チームは小さく効率的であるべきです。低コストで済みますので、費用の無駄使いという批判を避けられます。CSLのウェブサイトには、資金額、予算、スタッフの給料が全て掲載されています。(注5)
本橋:ロンドン大会の重要なレガシーは、何でしょう?
マッカーシー氏:第一に、ロンドン東部の再生という、物理的・社会的レガシーが達成されたことです。加えて、知識のレガシーもできました。CSLがウェブサイトを作成したことで、サステナビリティに対する考え方が広く世界で共有され、英国だけでなく世界の建設業界に対しODAの基準が適用されることとなりました。また、イベント業界にはイベントのサステナビリティ基準が導入され、ケータリング業界にもサステナブルで健康的な食材調達の基準が導入されるなど、関連業界が大きく変貌しました。これらは、オリンピック・パラリンピックが開催されていなければ、決して起こらなかった変化だと思います。
動くべきは今。強いリーダーシップの下、将来を見据えた計画づくりが第一歩
本橋:オリンピックのような巨大イベントにおいてサステナビリティに関する取組を成功させる上で、重要なポイントは何でしょうか?
マッカーシー氏:施設面で言えば、大会のためにではなく、将来のため、そしてレガシーのためにオリンピック関連施設の建設・準備を行うという視点が重要です。そして、オリンピック後の施設運営者を早い段階から関与させることです。ロンドンではこの点があまりうまくいっていませんでした。
また、大会開催中のエネルギー統制面では、LOCOG側に事前計画が全くなく、電力消費でかなりの無駄がでました。
倫理面での大きな失敗は、LOCOGが労働基準や商品サプライチェーンでの履行状況を監督したのですが、これが国際基準に達していないという結果になってしまったことです。Play Fairという複数のNGOから成るグループが、例えば中国の工場に覆面調査員を送り、工場の労働慣行が倫理的基準を満たしているか等を調査するのですが、ロンドンはこのテストを通過することが出来ませんでした。覆面調査員は東京大会の調達先となる工場等にも行きますよ。このグループによるチェックは厳しく、対応するのはなかなか大変です。
本橋:東京へのメッセージをいただけますか?
マッカーシー氏:サステナビリティに関してまず重要なのは、政治のトップが牽引役となることです。そのためには、東京都知事がサステナビリティを明確に理解していなければいけません。
次に、CSLのような組織があれば有益でしょう。多くのステークホールダーを建設的に関与させ、これらの間を仲介することができます。CSLのような組織がなければ、関係者間で紛争が起きてしまいます。ロンドンでは、様々な案件について、公表される以前に多くの協議がステークホールダー、ODA、LOCOGとの間でなされ、解決策に到達することが出来ました。その上で、推奨案がCSLのウェブサイトで公表されたわけですが、この場合注意しなければいけないのは、その公表する推奨案の内容は全関係者が事前に知っている、ということです。公平さと透明さが、信頼関係を築く上で重要です。
そして、レガシーを織り込んだ建設をするためには、早急な計画策定が必要です。ロンドンの場合、開催権を獲得してから7か月後の2006年にまずODAが大会全体の戦略を決定し、その翌年にはLOCOGがサステナビリティ戦略を策定しましたが、それでもメインの会場建設の契約は既に交わされていて、遅かったのです。
インフラ整備やNGO活動の状況等を考えると、ロンドンのバトンが引き継がれるのは東京だと思います。動くべきは今です。是非頑張って下さい。
(インタビュー日:2014年9月25日)
サステナビリティ政策及びビジネス戦略に関する専門家・アドバイザー。サステナビリティの普及とロンドンオリンピックへの貢献に対し、2013年に英国女王より大英帝国勲章を受章。 大企業のマネジメントにおいて20年以上及び独立アドバイザーとして8年以上の経験あり。2006~13年の間、Commission for a Sustainable London 2012,の議長として、ロンドン市長とオリンピック担当相に対しサステナビリティ戦略の実行に関し直接アドバイスを実施。現在は、サプライチェーンのサステナビリティ向上へ向けたアドバイス等を行うコンサルタント会社 Action Sustainability社のDirectorや、ロンドン交通局安全・サステナビリティ部会の専門委員等として、官民の幅広い分野で活躍中。他にも、調達や環境マネジメント等の関係団体で評議員等を務める。
(注1)The London Organising Committee of the Olympic and Paralympic Gamesの略。
(注2)Greater London Authorityの略。ロンドン全域を包括する地方自治体。
(注3)Olympic Delivery Authorityの略。オリンピック関連の施設の建設を所管。
(注4)Transport for Londonの略。ロンドン交通局であり、ロンドン市内の交通を所管。
(注5)例えば、http://www.cslondon.org/faqs/ の質問「Are the Commissioners paid?」においてスタッフの給料に関して記載。
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