当社内横断的組織「日本2020戦略室」のご紹介
2020年の夏季オリンピック・パラリンピック競技大会の東京開催が決まり、大会企画運営、施設整備、会場周辺のまちづくり、海外からの観光客誘致、スポーツ振興、各種キャンプ地誘致等、さまざまな取り組みが動き始めています。当社は、多様で幅広い専門性を持つ研究員や、外部専門家とのネットワークを活用して、関係者の皆様の取り組みをお手伝いいたしております。
※「日本2020戦略室」は解散いたしました。
1.はじめに
ロンドンはレガシーを大きなテーマとして掲げ、オリンピック・パラリンピックの開催地として選定された。以後、オリンピック・パラリンピックの開催においては、大会後に何を残せるかというレガシーの概念が重要となっており、東京でもレガシーは大きなテーマになっている。
そこで、ここでは、ロンドン大会での取り組みを参考に、交通分野におけるレガシーについて東京での方向性を考えたい。
ロンドン大会の交通分野においては、ロンドン市内に導入されたレンタサイクルシステムであるBarclays Cycle Hire(注1)の整備、DLR(Docklands Light Railway)の延伸、各種鉄道の改修等ハードの整備が行われた。整備された施設や設備は、主要な交通手段としてロンドンの発展に引き続き貢献すると共に、その効果は大会の主要なレガシーとして広く認知されている。
一方、こうしたハード整備以外のソフト面でもロンドン大会では様々な取り組みが行われており、その経験もまたレガシーとして今も生きている。そうした取り組みの中から、ロンドン市民の移動に関するTravel Demand Managementを中心にいくつかの取り組みを紹介する。
2.Travel Demand Management
大会開催に当たっての各都市に共通する大きな問題の1つに大会時の一時的な交通需要の増大がある。ロンドンでは、市内の交通を所管するTransport for London(TfL)が、大会中の需要増大による交通機関の著しい混雑・麻痺を避けるべく、Travel Demand Managementという取り組みを展開した。大会期間中の交通需要としては、大会の選手・関係者・観客による需要と平時からの需要の2つが想定される。前者のみをコントロール若しくは制限することには限界があるため、TfLではReduced(移動をやめる)、Re-timed(時間を変える)、Re-routed(行き方を変える)、Re-moded(交通手段を変える)という4つの変化を通じ、特に(注2)平時からの需要を減少若しくは分散させることで全体の需要を抑えようとした(注3)。
具体的には、市民に対しては、バスや地下鉄におけるポスターの提示や市長のアナウンスの放送等をはじめ様々なメディアを活用し、オリンピック期間中の移動を控えることや大会会場への移動が予想される時間を避けて移動すること、さらには徒歩や自転車での移動を心がけること等を呼びかけた。また、市民が移動ルートや手段の変更を簡単に検討できるツールとして、公共交通や道路の時間別の混雑予想や現況を、ウェブサイト等を活用し発信した。
企業に対しては、期間中の在宅勤務や職員の移動に関する配慮を呼びかけると共に、計画・方針策定のサポートやワークショップの開催等を通じ、単に情報発信を行うだけでなく、交通への配慮を企業が実践するための具体的な支援も行った。
あるデータ(注4)によれば、ロンドン中心部を移動する人(住民、就業者、観光客等)の約77%が、大会期間中に移動行動について何らかの変更を行ったとのことであり、こうした取組は実際に多くの人々の行動を変え、大会の円滑な運営に貢献したものと考えられる。
3.その他の取り組み
他にも、自転車や徒歩での移動を推奨するActive Travel Programmeという取り組みもあわせて展開された。大会前、ロンドン中心部での移動手段は車、バス、地下鉄が中心であり、自転車で街中を移動する人は少なかった。そこで、公共交通の負担を軽減すべく、レンタサイクルシステムの導入をはじめ、自転車や徒歩での移動に向けた様々な基盤整備や広報活動、イベント・キャンペーンや自転車や徒歩での移動マップの提供等の取り組みが行われた。その結果、導入されたレンタサイクルシステムの定着・拡充の効果もあり、大会後も自転車を通勤で日常的に利用する人が増加する等、ロンドン中心部の移動手段に変化が生じている。
道路交通に関しては、物流業者への働きかけ(Road Freight Management)も行われた。大会前、昼間のロンドン中心部の道路交通に関しては、商店への商品搬入をはじめとする貨物輸送が多くの割合を占めていた。そこで、Freight Forumという物流業者等の貨物輸送関連事業者と道路管理主体が参画する組織が作られ、各社間での配送時間をずらす、早朝・深夜等大会での移動需要が少ない時間に配送を行うといった対応を行った。このFreight Forumは、物流関係の企業が集う場として大会後も継続して運営されており、輸送における安全性の確保、タイミング調整による効率的な輸送の実施といった課題の解決に向け、各種取り組みを行っている。
また、観客への案内におけるTravel Ambassadorという取り組みも注目に値する。ロンドンでは大会運営においてTravel Ambassadorというおそろいのマゼンダ色のユニフォームを着用したボランティア活動が行われたが、TfLもこれに参加し、3,000名を超える普段はオフィスで働いている職員が主要な駅に立ち、訪問客への案内を行った。案内に立ったTfLのTravel Ambassadorはタブレット端末を所持しており、これを活用して多様な言語で多様な情報を提供し、駅から会場や観光地への案内に活躍した。
4.まとめ
今回紹介した通り、ロンドンでは、五輪をきっかけに徒歩や自転車等の移動が増えるなど、人々の移動に対する意識・行動の大きな変化が大会のレガシーとして、大会後にも継承されている。また、一時的な需要増大への効果的な対処方法はTfLのレガシーとなっており、大会後も駅の大規模改修工事の際等、需要調整が必要な場合には、大会での経験を生かした対応が行われている。
東京においても、大会時の交通需要への対応は重要な課題であり、選手村の立地を考えると、とりわけ選手・関係者の会場への安定的な輸送手段の検討は、今後早急になされるべき論点の1つである。観客の円滑な移動や大会後の選手村の住宅への転用を考えると、BRTをはじめとする公共交通の整備やレンタサイクルの更なる活用等を含むハード面の検討が不可欠であることは論を待たないが、そうしたハード面だけでなく、ソフト面での取組も同様に極めて重要である。ロンドンでの取り組みが、単なる大会時の需給調整という枠を超え、市民の日々の移動についての恒常的な変革や、公共交通運営機関の需要変動への対応力の向上といったソフト面のレガシーを残した点は、大いに参考とすべきである。これらソフト面のレガシーは、大会期間中の取組の結果としてたまたま残ったのではなく、ロンドン中心部における交通手段の多様化、公共交通機関の安定性・柔軟性の向上という目標を予め設定した上で、その実現に向けソフト、ハードの両面を様々に組み合わせた取り組みを計画・実行し、意識的に残したものであることを理解する必要がある。
一般的に、ハード面のレガシーは効果が明確であり検討も進みやすい。しかしながら、東京においても、ソフト面でのレガシー創出も念頭に、個別の論点はもちろんのこと、将来を見据えた上で、人々の交通行動をどのように変化させる必要があるかについても十分に議論を行い、オリンピックを変革に向けたカタリスト(触媒)として、是非上手に活用したい。
【参考文献】 Transport for London “London 2012 Games Transport – Performance, Funding, and Legacy” 2012
Nicola Francis” London 2012 Active Travel programme (Learning legacy Lessons learned from planning and staging the London 2012 Games)” 2012
(注1)詳細は、2020年に向けロンドンに学ぶ自転車交通のあり方を参照。
(注2)Travel Demand Managementの中で、観客の移動の効率化のための情報提供等も行われてはいるが、取り組みの多くは平時からの需要を対象にした取り組みであった。
(注3)ちなみにロンドンでは選手や関係者の確実な会場への移動を担保するために大会期間中に各大会会場、選手村、トレーニングセンターなどを結ぶ”olympic route networks”と”paralympic route networks”という専用レーンが設けられた。
(注4)詳細はTransport for London “Olympic Legacy Monitoring: Personal Travel Behaviour during the Games – Travel in London Supplementary Report -” 2013年6月(https://www.tfl.gov.uk/cdn/static/cms/documents/olympic-legacy-personal-travel-report.pdf)を参照。
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