FOOD×TECH vol.2:食の数値化とその未来~学校給食と数値管理の実態~

2015/10/08 中田 雄介

捨てるが変わる、暮らしの未来本稿は、新たなテクノロジーの台頭により、社会の慣習がどのように変化していくのか、「食(つくること/たべること)」を事例に考える社内自主研究(注1)「FOOD×TECH」プロジェクトの内容を紹介するものである。
※Vol.1はこちら ⇒ テクノロジーがもたらす「食」の多様化

はじめに

小学校や中学校などで提供される学校給食では、必要な栄養の充足にとどまらず、「食育(注2)」や「地産地消(注3)」の観点からも様々な取り組みが行われている。また、かつては「給食=おいしくない」という印象を抱く人も少なくなかったとされているが、児童・生徒が「食べ残す=栄養の不足」につながるため、こうした点も大きく改善がなされていると言われる(注4)

本稿では、「必要な栄養量」「実際に摂取した栄養量」などが論じられる際、その背後にある「基準値」「数値」に注目し、『学校給食』がいかに「数値化」「数値管理」されているのか、食とテクノロジーの関係からその実態について紹介することにしたい。

「日本食品標準成分表」と「学校給食摂取基準」

わが国では、「国民の健康の維持・増進、生活習慣病の予防を目的として国民が健全な食生活を営むことができる(注5)」ようにするため、エネルギーやたんぱく質/脂質/炭水化物/ビタミンなどの栄養素について、性・年齢別に推定平均量や推奨量などを定めた『日本人の食事摂取基準(注6)』が策定・公表されている。また、昭和25年(1950年)以降、わが国では『日本食品標準成分表(注7)』として、われわれが日常的に摂取する食品を対象に、食品に含まれる成分データが公開されている。こうした「基準値」は、1日の生活のなかで、われわれが摂取すべき標準的な栄養量を認識するために広く利用されているとともに、食料自給率の目標値設定の基礎資料などとしても利用されているところである。

同様に、小中学校の学校給食においても、『日本人の食事摂取基準』や児童・生徒の食生活に関する実態調査の結果を踏まえ、「児童生徒の健康の増進及び食育の増進を図るために望ましい栄養量(注8)」として、『学校給食摂取基準』が算出・策定されている。

学校給食摂取基準は、1日3食の食事を想定としたとき、その1/3程度の栄養が学校給食を通じて十分に摂取できるよう、児童・生徒の身体を作るという点から定められた基準である。学校給食の現場では、まずは栄養士が2~3カ月先の献立を作成することから始まり、食数の決定や食材の発注を経て、実際の当日の調理がなされ、その後、調理実績の入力や報告書の作成が行われている。そして、こうした一連の給食実務の出発点となる献立は、栄養の摂取基準に基づき作成され、その実績が数値データとして管理・評価されているのである。

なお、「学校給食のない日」のエネルギーや栄養素の摂取状況に関する調査では、「給食のない日」の特徴として、エネルギー、たんぱく質、脂質の摂取量が極端に多い者・少ない者がみられること、食塩摂取量が多いことなどが指摘されており(注9)、バランスの良い食の確保・提供という観点において、学校給食が果たす役割は極めて大きいと考えることができる。また、必要な栄養量の摂取させることができているのか事後的に客観的な評価を行う上でも、食が数値化され、データとして分析できる状態に還元されていることが重要であり、さらに、食が数値化されていることによって、われわれの食生活は、様々なテクノロジーとの接続の可能性が拓かれていると考えることができる。

栄養管理や栄養計算を行うPCソフトの存在

先述の通り、学校給食では給食予算の範囲内で栄養量に関する摂取基準に対応すべく、各種数値データに準拠し、栄養士が日々の献立を作成している。また、栄養内容等の実態を把握するため、公立小学校、中学校などの給食調理場を対象に、栄養の摂取状況に関する調査が実施されており、実際にどのような給食を出したのか、料理に用いた食材や栄養素の摂取量の実績報告がなされている。

こうした学校給食に係る栄養士の日常業務において、数値化・数値管理は重要であり、業務の円滑な遂行と密接な関係を有するものであるが、他方で、こうした数値データの入力・管理は煩雑である。そのため、多くの学校給食の現場では、栄養管理・栄養計算に関するPCソフトが導入・利用されている。

学校給食の現場の栄養士が用いる栄養管理・栄養計算ソフトには様々な種類があるが、学校給食市場で一定のシェアを有するA社の経営者の方は、栄養管理・栄養計算ソフトについて次のように語っている。(注10)

栄養管理・栄養計算ソフトA社の経営者のインタビュー(1)
【栄養管理・栄養計算ソフトの開発経緯】

  • かつては「日本食品標準成分表」をもとに、栄養士が電卓で計算しながら献立を作成していた。しかし、PCを使えばこうした作業をもっと簡易にできるのではないかと考え、当社では栄養計算ソフトの開発に着手した。
  • 開発当時も類似の競合ソフトはあったが、時間に追われ忙しい栄養士は献立の作成作業を自宅で行うことが多く、学校のPCで献立を作ることは少なかった。当社では、これまで現場の栄養士にとって使いやすいソフトの開発・販売を行ってきた。
  • 学校給食に携わる栄養士は公務員であり、民間企業の従業員に比べれば転職は稀である。そのため、献立作成作業の効率化に資するソフトを「一生モノ」の道具とみなして、自費で購入する人もいたようである。

そもそも学校給食に関する仕事は、大きく「衛生管理」と「栄養管理」の2つに分けることができる。前者の衛生管理は、近年、食品製造工場において重視されているフードディフェンスの観点と同様、異物の混入防止や作業効率の向上などを図るための調理場の導線や工程の設計・管理に関するものである。これに対して栄養管理とは、学校給食摂取基準に対応する献立の作成に始まるものであり、かつては栄養士が電卓で栄養計算をしながら対応していた領域である。

ただし、栄養士は日々の業務に追われるなかで、作業の効率化を図るため、現場では栄養管理・栄養計算ソフトが重宝されており、また、栄養計算に限らず、給食予算や食材発注の管理、行政への報告などにおいても、こうしたソフトを通じた数値管理は業務の効率化につながっているとされている。

加えて、学校給食では「残食」の量を記録することになっており、調理した料理の残量を数値データとして日々記録・管理するとともに、「残食率」という指標を通じて、1カ月単位の平均値として残食状況に関する評価が行われている。なお、献立上は栄養価は足りているものの、児童・生徒が食べ残すことにより、結果として栄養価の不足につながるという観点から、現場の栄養士は試行錯誤しながら献立を作成していると言われている。

「給食」に対する新たな要請(食物アレルギー、肥満対応)

これまで学校給食では「複数の人が同じものを食べる」ことが前提とされてきた。しかし、病院や介護施設などにおける給食では、「個々人の状態にあわせた食」の提供がなされており、学校給食においても同様に、食物アレルギー(注11)や肥満など、児童・生徒の個別の事情への対応が求められるようになりつつある。

栄養管理・栄養計算ソフトA社の経営者のインタビュー(2)
【学校給食の個別対応、カスタマイズの流れ】

  • 食に対する嗜好性への対応だけではなく、例えば、身体測定の結果の平均値をもとに肥満児が多い学校を特定し、当該校には栄養価を下げた献立を作成するような取り組みもなされつつある。
  • 以前から、病院・介護施設などでは入居者の体重等のデータをもとに食の栄養価を調整していたが、昨年くらいから、学校の給食現場でもそのような話が出てきている。

なお、先に紹介した「学校給食摂取基準」についても、文部科学省は「本基準は児童生徒の1人1回当たりの全国的な平均値を示したものであるから、適用にあたっては、個々の児童生徒の健康状態及び生活活動の実態並びに地域の実情等に十分配慮し、弾力的に適用すること(注12)」としている。そのため、平均的な体格、平均的な身体活動から外れた状況にある児童・生徒については、栄養の過不足が生じる恐れがあるため、学校給食を通じて摂取するエネルギー量や脂質等の調整を行うことを検討すべきであるとも考えられている(注13)

また、「学校給食摂取基準」は平成25年(2013年)に一部改正がなされているが、平成23年(2011年)に児童・生徒の学校給食の状況について評価を行った有識者会議の報告(注14)には次のような記載があり、より踏み込んで、児童・生徒の身体計測値(健康診断の結果など)との関係から、適切な食事の提供を考えることの重要性が示されている。

「一部対象については家庭での摂取実態を把握し、対象児童生徒の身体計測値の状況(肥満、やせの割合など)を考慮しながら、次にむけての業務改善を行う努力が大切である。特に、身体計測値については、学校保健の中で過去から蓄積されているものであり、例えば肥満者の割合の経年的な推移を参照するなどして、学校給食の役割の確認と、その改善に向けての検討を行うことが望まれる。」

学校給食では、近年も食物アレルギーのある児童が学校給食後にアナフィラキシーショックの疑いにより亡くなった事案があるが、これまでも児童・生徒の食物アレルギーには、アレルギーの有無に関する保護者への確認や個別相談、献立内容に関する保護者への事前確認に加え、アレルギーの原因食物を除いた給食の提供(除去食)、アレルギーの原因食物の代わりとなる食材を用いた代替メニューの提供(代替食)などのオペレーションが行われてきた。しかし、食物アレルギーのある児童・生徒に対し、代替食を提供する給食センターなどもあるが、調理場の導線の再設計などを含め個別児童・生徒の状況に対応しきれない面もある。そのため、食物アレルギーのある児童・生徒に対し、原因食物を除去した料理の提供、あるいはその料理(主菜・副菜など)を提供しないなどの対応を取り、代わりとなる料理を自宅から弁当として持参させることとする場合も少なくないという。

こうした個別児童・生徒への対応を考えるにあたり、先の栄養管理・栄養計算ソフトでは、料理を構成する食材に遡り、アレルギーの原因食物の有無をチェックすることができ、さらに、作成した献立をもとに、個別児童の特性を踏まえ、適切な学校給食の提供について、保護者や学級担任などがコミュニケーションを取ることができる基礎データを提供している。

栄養管理・栄養計算ソフトA社の経営者のインタビュー(3)
【児童・生徒の食物アレルギーへの対応】

  • 現在のところ、アレルギーを持つ児童・生徒には、(1)原因となる食材を除去して出す、あるいは、(2)その食材を含む料理は出さない代わりに、自宅から代わりとなるおかずなどを持ってこさせることで対応することが多い。
  • 学校給食の現場での負担を考えると、現実的には、個別の児童・生徒に対し代替メニューを出すことは難しいと思う。
  • 栄養管理・栄養計算ソフトでは、アレルギーの原因となる食材の利用をチェックすることができ、警告を出すこともできる。しかし、最終的に配膳を行うのは人間であり、システムだけではアレルギーの問題を完全に防ぐことはできない。事前に保護者と栄養士がコミュニケーションをとり、対応を考えることが重要である。

食の嗜好性への対応

学校給食法第2条に規定されているように、学校給食の目標は、まずもって「適切な栄養の摂取による健康の保持増進を図ること」である。そのため、栄養の摂取が第一とみなされ、さらに、所定の時間に所定の食数を調理する業務遂行の安定性を踏まえると、児童・生徒が好きなもの/食べたいものを給食で提供することに関する業務上の優先順位は必ずしも高くはない。

しかし、児童・生徒の好き嫌いの結果、「食べ残し(残食)」が生じると、結果的に献立で計画した栄養の摂取はなされない。そのため、児童・生徒の食の嗜好性に対する配慮は無視できないものであると考えられる。なお、児童・生徒の食に対する「嗜好性」について、近年では「セレクト給食(主食や主菜などを児童・生徒が自ら選択する給食)」という形で対応する事例も見受けられる。

栄養管理・栄養計算ソフトA社の経営者のインタビュー(4)
【児童・生徒の嗜好性への対応】

  • 学校給食の業務に求められている「栄養管理」「衛生管理」の2つ側面について考えると、まずは「栄養価を満たすことができていること」が数値管理の上で大きな指標となる。これに加えて、「安全・安心」に関する管理が重視される。
  • 地域ごとに異なると考えられる食の「嗜好性」も重要ではあるが、学校給食では一定時間内に配膳するオペレーションがまずは求められており、児童・生徒の嗜好(好き・嫌い)への対応は、それよりも優先順位が下に置かれてしまう。
  • 児童・生徒に喜んで食べてもらわないと栄養価の摂取にはつながらないことは事実ではあるが、現実には、栄養価や安全安心が確保され、オペレーションの実効性が担保された上で、嗜好性への対応がなされている。

今後の「食の数値化」に関する展望

学校給食において栄養価の数値化・数値管理が重要とされる背景には、体が発達する小学校1年~中学3年の時期に栄養バランスを管理すること、また、給食を通じてその補助を行うことが大事であると考えられていることがある。そして、「食の数値化」によって、適切な食の提供(献立の作成~調理)や、残食を通じた見直し(献立の作成へのフィードバック)を行うことができている。

ただし、食の数値化は学校給食に限るものではない。給食という点では、例えば病院や介護施設における高齢者向けの食において、個別対象者の身体状況に応じた食の管理を行う上でも食の数値化は必要不可欠である。また、少子高齢化のマクロトレンドを踏まえた場合、食材や料理の「固さ(噛めること)」の評価、数値化に対する社会的なニーズは今後高まりをみせると考えることもできる。さらに、ライフログやP4医療/P4 Medicine(注15)の台頭・普及に伴い、身体の情報化による医療等のサービスの個別化・個人化が進んでいくなかで、「食の数値化」が一層進展するとともに、こうした各種サービスの構築を考える上で、必要不可欠な基礎的な指標、基礎情報と位置付けられる可能性は極めて高い。

こうした将来の展望を見据えた場合、学校給食における「食の数値化」の状況は、来るべき将来の食生活を推測する上で、示唆に富む事例、検討の足掛かりになる事例であると考えることができるのではないだろうか。

栄養管理・栄養計算ソフトA社の経営者のインタビュー(5)
【今後の「食の数値化」の可能性】

  • 現時点では具体的な取り組みにはなってはいないが、今後、高齢者向けを想定した「食感」や「固さ」に関する数値化が、栄養管理と並び重要になる可能性もあると思う。
  • 今後、「固さの度合い」や「食材の嗜好」の数値化、データ管理のあり方についても、考えていくことになるのではないか。

(注1)弊社では、自主研究の支援枠組みとして、将来の新しい事業創出をめざした社員の研究・活動に対し投資「インキュベーションファンド」を設けている。本プロジェクトは、同枠組みの助成を受け実施するものである。
(注2)「食育」に関する指導は、小学校、中学校、高等学校の学習指導要領のなかで体育科/保健体育科、家庭科/技術・家庭科、社会科、特別活動、道徳に位置付けられている。
(注2)「食育」に関する指導は、小学校、中学校、高等学校の学習指導要領のなかで体育科/保健体育科、家庭科/技術・家庭科、社会科、特別活動、道徳に位置付けられている。
(注3)国は学校給食における「地場産食材数の割合」「国産食材数の割合」について、それぞれ平成27年度(2015年度)までに30%以上、80%以上という目標値を設定している。これに対し、平成25年度(2013年度)に文部科学省が行った調査では、「地場産食材数の割合」が25.8%、「国産食材数の割合」が77.1%となっている。
(注4)独立行政法人日本スポーツ振興センター 児童生徒の食事状況等調査委員会「平成22年度児童生徒の食事状況等調査報告書(食生活実態調査編)」によると、学校給食が「大好き」「好き」と回答した児童・生徒は、小学校では75.5%、中学校では64.3%を占めている。また、その理由として「おいしい給食が食べられるから」「みんなと一緒に食べられるから」「栄養のバランスがとれた食事が食べられるから」という回答が多く挙げられている。(http://www.jpnsport.go.jp/anzen/anzen_school/tyosakekka/tabid/534/Default.aspx
(注5)内閣府「平成26年度食育推進施策(第189回国会(常会)提出)」p.139
(注6)同基準の最新版(2015年版):http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/syokuji_kijyun.html
(注7)日本食品標準成分表のデータなどをもとに、一般向けのデータベースとして「食品成分データベース」が公開されている。http://fooddb.mext.go.jp/index.pl
(注8)学校給食における児童生徒の食事摂取基準策定に関する調査研究協力者会議(2011)「学校給食摂取基準の策定について(報告)」p.1
(注9)独立行政法人日本スポーツ振興センター 児童生徒の食事状況等調査委員会「平成22年度児童生徒の食事状況等調査報告書(食事状況調査編)」
(注10)本稿執筆にあたり、学校給食向けの栄養管理・栄養計算を開発・販売している企業の経営者の方にインタビューを実施し、その結果を紹介するものである。
(注11)学校給食における食物アレルギーへの対応については、次の資料を参照。文部科学省「学校給食における食物アレルギー対応指針」(平成27年3月)、文部科学省「今後の学校給食における食物アレルギー対応について(通知)」(平成26年3月26日)
(注12)文部科学省「学校給食実施基準の一部改正について」(平成25年1月30日)
(注13)参考:原光彦(2015)「肥満傾向児の判断と指導」所収『学校給食』Vol.66, No.724
(注14)学校給食における児童生徒の食事摂取基準策定に関する調査研究協力者会議(2011年)「学校給食摂取基準の策定について(報告)」(p.9)
(注15)P4:Predictive(予測)、Preventive(予防)、Personalized(個人化)、Participatory(参加型)の特徴をもつ新たな医療の形。

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