大会事前キャンプについて(前編)- 2012年ロンドン大会における英国各地の取組事例に学ぶ

2015/10/22 本橋 直樹
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当社内横断的組織「日本2020戦略室」のご紹介

2020年の夏季オリンピック・パラリンピック競技大会の東京開催が決まり、大会企画運営、施設整備、会場周辺のまちづくり、海外からの観光客誘致、スポーツ振興、各種キャンプ地誘致等、さまざまな取り組みが動き始めています。当社は、多様で幅広い専門性を持つ研究員や、外部専門家とのネットワークを活用して、関係者の皆様の取り組みをお手伝いいたしております。

※「日本2020戦略室」は解散いたしました。

1.はじめに

2012年のロンドン大会の際には、開催都市ロンドンのみならず英国全土で大会を盛り上げ、かつその効果を広く享受する為の試みとして、様々な取組が展開された。いわゆる文化プログラムの開催は良く知られている例の一つであるが、これらと並んで、大会事前キャンプについても積極的な誘致・受入が展開された。

2020年の東京大会に向けた大会事前キャンプについては、現在、大会組織委員会によって候補地ガイド掲載へ向けた申請登録が行われている他、いくつかの自治体で誘致に向けた具体的な検討・活動が始められているが、来年のリオデジャネイロ大会を皮切りに、全国各地で各種取組が一気に加速・活発化することが予想されている。

本稿では、今夏に弊社自主調査として行った訪英調査での現地インタビューを元に、まず、大会事前キャンプについての概説とその効果について整理する(前編)。次いで、ロンドン大会における事前キャンプ誘致の取組事例について紹介すると共に、我が国において同様の取組を進める際の要点について考察を行う(後編)。

2.大会事前キャンプとは

五輪に限らず、ワールドカップ等大規模かつ世界レベルのスポーツ大会の際には、大会に参加する選手またはチームが、大会開催地近隣等において、大会事前キャンプを実施するケースが少なくない。

我が国においても既に多くの自治体が大会事前キャンプの受入実績を有している。例えば、2002年の日韓共催によるサッカーワールドカップの際には、大分県の中津江村がカメルーンチームの大会事前キャンプ地となり一躍有名となったが、同村以外でも宮崎市、仙台市等多くの自治体が同様に大会事前キャンプの受入を行っていた。また、2008年の北京五輪の際には、50以上の国・地域が日本各地で大会事前キャンプを実施している(注1)

大会に出場する選手にとって、大会事前キャンプは、本国からの長距離長時間移動による疲労の回復と現地の気候、時差、食事等への順応を図りつつ、大切な大舞台へ向けての心身の最終調整を図る上で重要である。従って選手にとっては、トレーニングに集中しつつかつ如何に快適に過ごせるかが、キャンプ地選定における鍵となる。その為、注目度の高いチーム等については、マスコミ等からの取材や見物客等から離れ静かな環境での調整に集中出来るよう、敢えて第三国で大会事前キャンプを実施することもある。いずれにしても、選手に選択され満足してもらうキャンプ地となるためには、受入側には相応の環境整備が求められる。

3.大会事前キャンプが受入地にもたらす効果

一方で、大会事前キャンプは、受入地にも大きな効果をもたらし得る。直接的な効果としては、キャンプ中の関連施設の利用や関係者を含めた宿泊需要の増加等の他、同実績をきっかけとしたキャンプの「リピーター」獲得や知名度アップによる観光客の増加等が期待される。事実英国では、その後の波及効果を狙って大規模な施設整備等を行い、米国陸上チームのような有名チームの大会事前キャンプ誘致に結び付けた例もあるとのことである。また、そこまで大規模ではなくとも、キャンプ地が繰り返しテレビ、インターネット等のメディアに取り上げられることによる宣伝効果は、大会事前キャンプ受入に伴う手間や経費を十分に上回るとのことであった。

しかし、これらと同等もしくはそれ以上に期待されるのは、大会事前キャンプが受入地に与える様々な間接効果である。現地インタビュー(詳細は後編にて紹介)の際に異口同音に語られたのは、受入地にもたらされた様々な「人々を奮い立たせる効果(Inspiration Effect)」が、大会事前キャンプ受入の大きな成果であるというものであった。すなわち、「うちの町に世界的な有名人が来た!」という事実に人々は興奮し、わが町に対する誇りと愛着を強め、それをきっかけにスポーツ自体への関心も高まったのである。さらには、スポーツを身近に感じることで、人々のスポーツへの参加が推進され、結果として国民の健康促進が高まったことも、英国では主要な効果の一つとしてとして認識されているようである。

この構図は、オリンピック・パラリンピックがもたらし得る「レガシー」の議論と正に同じである。つまり、大会開催が開催国及び開催都市に様々な変化をもたらすのと同様に、大会事前キャンプの受入は、受入地に新たな風を吹き込み、地域とそこに暮らす人々を変える「触媒(Catalyst)」になり得る(注2)のである。

4.2020年東京大会へ向けて -大会事前キャンプを地域活性化のきっかけに

以上の通り、大会事前キャンプの受入は大会開催直前のみの一過性のイベントのみで終息してしまうものでは決してなく、現在日本全国で様々な取組が模索されているインバウンド観光の強化や地方創生・地域活性化戦略における極めて重要な構成要素となり得るものである。

しかしながら、大会事前キャンプの受入は選手・チームとの合意が成立して初めて成り立つものであり、実際に誘致を成功させるには、いくつか抑えるべきポイントが存在する。

後編では、現地インタビューに基づく事例の紹介を行うと共に、誘致へ向けたポイントについて整理する。


(注1)2016年 東京オリンピック・パラリンピック招致委員会資料による
http://www.shochi-honbu.metro.tokyo.jp/bid-committee/jp/whytokyo/camp.html
(注2)オリンピック・パラリンピックが様々な変化の触媒(Catalyst)として作用したとの評価については、例えば以下を参照: Inspired by2012: The Legacy from the London 2012 Olympic and Paralympic Games, A joint UK Government and Mayor of London report (July 2013)
https://www.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/224148/2901179_OlympicLegacy_acc.pdf

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