地方創生のための教育について考える(前編)

2016/01/19 喜多下 悠貴
地方創生
教育

地方創生にとっての「教育」というジレンマ

地方創生のキーワードである「まち・ひと・しごと」の創生といった言葉を持ち出すまでもなく、各地域において、そこで活躍する「ひと」(人材)を育成、確保していくことは最重要の課題であろう。自分たちの「まち」を主体的に創りあげていくのも「ひと」であれば、そこでの「しごと」を通して、地域発の価値を創りあげていくのも最終的には「ひと」である。こうした意味において、地方創生の基盤には、何よりも、各地方において人を育てる「教育」という営みが重要であることは論をまたない。

ところが、こと学校教育に関していえば、地方部においてそれは、地域の活性化を担う人材の育成・輩出といった機能のみならず、同時に少なからず人を地方から流出させる機能を担ってきた。

この機能は、地域間の教育機関の偏在を主な背景として顕在化する。主としては高等学校卒業後、大学をはじめとする高等教育機関への進学に伴う都市部への移動として表面化することになる(注1)。大学進学率は、ここ10数年ほど上昇ないし高止まりの傾向にあり、地域によってばらつきはあるものの、全国でみれば高校卒業者のおよそ半数が、こうした進路選択の局面に対峙していることとなる。

図表1 大学等進学率(平成25年) 図表1

(注)大学の学部・通信教育部・別科,短期大学の本科・通信教育部・別科及び高等学校・特別支援学校高等部の専攻科への進学率。
(資料)総務省統計局「日本の統計」より作成

上記で述べたジレンマに対して、どのように考え、判断するかといったことが、そのまま地方創生にとっての教育をどう位置づけ、どう行動するかを左右すると考えられる。そこで本稿の(前編)では、上記で触れたような「教育と地域移動」の関連について基礎的なデータを素描した上で、(後編)において、地方創生にとっての教育に係る論点の提起を試みたい。

「教育と地域移動」を素描する

地域における教育機関の偏在を可視化する指標の1つに、「大学収容力」がある。これは「各地域の大学入学者数/各地域の18歳人口」によって求められる値であり、要するに、その地域においてその年に大学進学が考えられる潜在的な進学者層のうち、何人を同地域の大学で収容できるかを表している。地域における高等教育の「自給力」を表す簡易的な指標と言える。

分析単位を都道府県とし、平成27年における各地域の大学収容力を算出したのが図表2である。これをみると、突出している東京都、京都府をはじめとして、平均値である38.7%を超えている都道府県の多くは大都市部により占められていることが読みとれる。

図表2 都道府県別大学収容力(平成27年度) 図表2

(注)「大学収容力」=「各地域の大学入学者数」/「各地域の18歳人口」。分子には平成27年度の大学入学者数、分母には、平成24年度の高等学校等進学者数(但し高等専門学校進学者は除く)を用いている。
(資料)文部科学省「学校基本調査」より作成

続いて図表3はより直感的な指標として、各都道府県からの大学進学者のうち、何割が地元の大学に進学したのかを示す、「地域内大学進学率」を算出している。三大都市圏、とりわけ東京との距離があり、移住、移動コストが大きい北海道や沖縄県で値が高くなっている他は、概ね大学収容力のグラフと同傾向を示している。最も低いグループに属する和歌山県(10.4%)、佐賀県、(13.8%)、島根県(14.4%)などは、大学進学者のうち実に8~9割が県外の大学に進学していくこととなる。

図表3 都道府県別地域内大学進学率(平成27年度) 図表3

(注)「地域内大学進学率」=「地元大学への進学者数」/「各地域の大学進学者数」。分母である各都道府県の大学進学者数は、出身高校の所在地により判定している。
(資料)文部科学省「学校基本調査」より作成

大学進学に係る人材流出入の簡易的な推計

図表4は、大学進学による人材流出入のインパクトをより細かく把握するために作成したものである。これは、「大学進学により他県からA県に流入してきた者の数-大学進学を機にA県から他県に流出し、かつその後も戻らない(Uターンしない)者の数」を推計している(注2)

非常に簡易的な推計ではあるが、ここからは、ある年の大学進学を機に、地域に流入する者と流出してしまう者の差分を表すことができる。この値がマイナスである場合、単年でそれだけの数の(大学に進学する意欲と学力を有している)人材が、地域から流出していくことを表している。

さて、図表4をみると、大都市部及びその周辺など一部の都道府県を除いて、過半数の県で値がマイナスを示している。多くの県では、大学進学によって、1年間に数千人の規模で人材の流出が起きていることを示している。

留意すべきことは、この推計においては方法上の制約から、「他県からの大学進学者が、卒業後に地元にUターンしていく」動きを勘案していないということである。つまり、大学進学を機に地域外から流入して来た者は全員、その都道府県で就職すると仮定されている。そのため、数値がマイナスの地域においては、この図表4の値はあくまでも人的流出の量的なインパクトの「下限値」を表しているに過ぎない点に気をつける必要がある。

図表4 大学進学による人口流出入量推計 図表4

(注)「大学進学による人口流出入量」=「大学進学により他県から流入してきた者の数」―「大学進学を機に他県に流出し、かつその後も戻らない者の数」。
(資料)文部科学省「学校基本調査」、株式会社マイナビ「2016年卒 マイナビ大学生Uターン・地元就職に関する調査」より作成

最後に見るのが、図表4を作成する際に推計を行った「大学進学を機にA県から他県に流出し、かつその後も戻らない(Uターンしない)者」の数が、大学進学者のうちに占める割合(図表5)、及び18歳人口のうちに占める割合(図表6)である。これは非常に極端な言い方をすれば、地域の教育投資のうち、その地域がリターンを回収できない割合を示している(注3)

図表5をみると、値が最も高水準なグループに属する鳥取県、佐賀県、奈良県においては、大学進学者のうち7割を超える者が、進学を機に県外に流出し、そのまま戻らないという推計結果となった。図表6になると、奈良県、山梨県、鳥取県、佐賀県等が高くなっており、全国平均にして18歳人口のうち2割強が、大学進学を機に地方を離れ、そのまま戻らないという結果が得られる。

図表5 大学進学者のうち、大学進学を機に「地方に戻らない者」の割合 図表5

(注)算出式=「大学進学を機に他県に流出し、かつその後も戻らない者の数」/「各地域の大学進学者数」
(資料)文部科学省「学校基本調査」、株式会社マイナビ「2016年卒 マイナビ大学生Uターン・地元就職に関する調査」より作成

図表6 18歳人口のうち、大学進学を機に「地方に戻らない者」の割合 図表6

(注)算出式=「大学進学を機に他県に流出し、かつその後も戻らない者の数」/「各地域の18歳人口」。分母として、平成24年度の高等学校等進学者数(但し高等専門学校進学者は除く)を用いている。
(資料)文部科学省「学校基本調査」、株式会社マイナビ「2016年卒 マイナビ大学生Uターン・地元就職に関する調査」より作成

ジレンマをどう考えるか ~地方における教育の目的を再検討する~

上記に見てきたように、地方部においては、学校教育段階の若年層に教育投資を行い、その結果、個人がさらなる学校教育の機会を得ようという意欲が喚起されるほど、地方からの人材の流出が起きてしまうというジレンマを抱えている。

鳥取県においてかつて公設の予備校機能を果たした「専攻科」の設立過程を分析した平木(2008)(注4)によると、かつて、地方部から都市部に流出したいわゆるエリート層は、「優秀な若者を中央省庁や大企業へ送りこみ、補助金や企業誘致といったかたちで地元に還元させる」、「中央官庁と地元をつなぐパイプ役」としての「使命」が与えられていたという。それこそが、実態はどうであれ、地方部が人材を地域外に流出させてでも教育に投資する1つの理由付けとなっていた。

もちろん、すべての学校教育は上記のエピソードのようなエリート層の育成のためにあるわけでもなければ、大学進学を唯一の目的にしているわけでもない。さらに、かつてのような利益誘導型のエリートを輩出するという目的を据えること自体が現代においては困難であるだろう。

一方で、冒頭にみたように大学等への進学者は全国的に見ても同学年の過半数に達しており、一部の課題として無視することのできない規模となっている。また、図表6でみたように、各地域の18歳人口のうち、平均で2割強が地元に戻らないという推計を踏まえると、現代においては、「地方にとっての教育目的」をどのように定義していくかが重要となるのではないだろうか。

地域社会にとっての教育の便益とは何か

教育には私的な便益(個人の獲得賃金の上昇や生活の質の向上)に加えて、社会全体に対する公的な便益(治安の改善や文化の継承)が存在し、それによって教育に対する社会的な投資は正当化されてきた。地方における学校教育は、義務教育費国庫負担制度に端的に現れているように一部が国費により運営され、それゆえに国としての便益向上に資することが目的となっており、現にその実現を高い水準で担ってきたことに疑いはないだろう。

一方で、地方創生という潮流や、これまでに述べてきた「教育と地域移動」の現状を踏まえて考えると、各地域では、教育投資に対する「地域社会にとっての便益」とは何か、そしてそれを実現するための仕組みとは何かについて、改めて検討していく必要があるのではないか(注5)。(後編)では、各地域の取組などを通して、こうした論点について考えたい。


(注1)より小規模な自治体のレベルでみれば、人口減少による学校の統廃合の影響もあり、高等学校進学の時点で生徒が実家を離れ、地域外に流出してしまうといったことも生じている。
(注2)後者の値は、平成27年に他県の大学へ進学した者の数(文部科学省「学校基本調査」より算出)に、株式会社マイナビが2016年3月大学卒業予定者に対して行ったアンケート調査(「2016年卒 マイナビ大学生Uターン・地元就職に関する調査」)による、「地元外に進学した学生のうち、地元就職(Uターン)を希望する者の割合」を1から引いた値(=地元就職を希望しない者の割合)を乗じることで推計した。調査概要は次を参照。http://saponet.mynavi.jp/enq_gakusei/uturn/
(注3)もちろん、輩出された人材が都市部で活躍することで地域にその恩恵が波及することや(トリクルダウン)、他県で働いていても地元に居住し続けている場合、またふるさと納税などの仕組みを活用した地域への還流などが考えられるため、教育投資のすべてが無駄になると考えるのは乱暴に過ぎる。あくまでも教育と人口移動について考える1つの検討材料として扱っていただきたい。
(注4)平木耕平(2008)「公立高校専攻科・補習科からみた〈地方からの大学進学〉―鳥取県を中心とした政治社会学的考察―」『教育社会学研究第83集』
(注5)当然であるが、地域社会の便益が、私的便益や国レベルでの公的便益と対立することは望ましくない。極端な例だが、人材確保のために地域外への進学を制限することなどは認められないであろう。

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