本稿は、地域における産業振興や地域活性化のための新しいスキームとして注目されはじめている「“ベンチャー企業”と“地域”によるオープンイノベーション」推進施策について、その概略を解説するとともに、その具体的な事例を紹介するものである。主に、地域の産業政策や地域活性化、地方創生に関わる方々に読んでいただき、本テーマに関心を持つきっかけとしていただければありがたい。
なお、ここでの「“ベンチャー企業”と“地域”によるオープンイノベーション」推進施策とは、行政や公的機関等が間に入り、「地域内外のベンチャー企業」と、「地域の企業等」の連携を促し、そこから新しい価値(新規事業や新商品等)を生みだしていくという施策を指している。
図 1「“ベンチャー企業”と“地域”によるオープンイノベーション」推進施策のイメージ
1.【概要】結局のところ何が新しいのか
①従来のオープンイノベーション施策との違い
地域の産業政策等に関わる方々であれば、オープンイノベーションという言葉自体はよくご存じの方がほとんどかもしれない。オープンイノベーションを「外部から技術やアイデアを取り込むことで新しい価値を創り出す」ことだと定義すれば、多くの地域でこれまでにも活発に取り組まれてきた、「産学連携」や「企業間連携」も、オープンイノベーションに含まれる。(もちろんこれらも依然として非常に重要なテーマだ。)
では、なぜ今改めてオープンイノベーションなのか。それは、地域の主体の連携先として「ベンチャー企業」の存在が注目されてきたからである。つまり、企業や大学など、地域の様々な主体が「ベンチャー企業」と繋がり、その技術やアイデアを活かし、スピード感をもって新しい価値を創り出していく。それが、本稿のテーマである「“ベンチャー企業”と“地域”によるオープンイノベーション」である。
このような取組が登場しはじめた背景には、クラウドファンディングの普及や、デジタル技術の進化、設計・試作のためのツールの低価格化などにより、新しい技術やアイデアを事業化するためのハードルが下がり、ベンチャー企業が増加して存在感を増してきたことに加え、いわゆる「ものづくりベンチャー(あるいはハードウェア・スタートアップ)」の登場に代表されるように、ベンチャー企業の多様化が進んだことで、地域企業とのマッチングの可能性が高まっていることが挙げられる。
さらに、地域側の事情としては、「地方創生」の文脈において、地域の活性化に繋がる新しい取り組みが求められていること、そして、大手企業の不振や調達のグローバル化の進展によって、いわゆる「下請け」的な仕事がいよいよ減少し、地域の企業等が自ら新しい事業を作っていく必要にさらされており、そのパートナーとしてベンチャー企業に着目する企業が増加していることなどが挙げられる。
②従来の創業支援施策との違い
「“ベンチャー企業”と“地域”によるオープンイノベーション」推進施策は、これまで各地で取り組まれてきた「創業支援」の施策ともコンセプトが大きく異なる。地域における「創業支援」の取り組みは、基本的に地域内において起業家やベンチャー企業を「育成」することに主眼が置かれ、起業家教育や資金面での支援を行うものとなっている。
一方で、「“ベンチャー企業”と“地域”によるオープンイノベーション」では、「創業」そのものを支援することが目的ではなく、ベンチャー企業と地域の主体との「連携」や、そこからの「新規事業創出」を支援するものである。(そのため、ベンチャー企業側は必ずしも地域に拠点を置いたり事業活動を行うことを求められないケースが多い)
このように、「“ベンチャー企業”と“地域”によるオープンイノベーション」推進施策は、これまでの「産学連携・企業間連携」系の施策や「創業支援」系の施策と、一部分を共有しながらも、別のコンセプトにて実施される、新しいイノベーション推進施策だと言える。
「地域」と「ベンチャー企業」の連携。この新しい組み合わせは、出口の見えない危機にさらされている地域社会・地域経済にとって活路となる可能性がある。以下では、具体的な事例に触れながら、ベンチャー企業と地域の連携のあり方について考えていきたい。
2.【事例】地域とベンチャー企業の連携を推進する事業の例
① ものづくりベンチャー企業と地域の製造業企業の連携
「“ベンチャー企業”と“地域”によるオープンイノベーション」は、いわゆる「ものづくり」の分野で先行して始まっている。つまり、形のある「プロダクト」を開発するベンチャー企業が、地域の製造業と連携して製品を世に送り出す、という流れである。
形のあるプロダクトを開発し事業化するためには、「量産に向けた試作」や「量産」という工程が必要となる。そして、ベンチャー企業は通常、量産試作や量産のための技術や設備を自社で保有しておらず、その欠けた要素を補うために製造業企業との連携を求めるケースが多いのである。ベンチャー企業が連携先に求めるのは「物理的な距離の近さ」よりも、技術や設備、スピード感などを含めた「総合的な相性の良さ」であり、東京のベンチャー企業が新潟や長野、福岡等の製造業企業と連携するケースもある。
地域の側も、ベンチャー企業との連携が新たなビジネスチャンスに繋がるという期待があり、ベンチャー企業と積極的に連携していこうという気運が高まっている。初期には意欲のある製造業企業が単独で取り組むケースがほとんどであったが、最近では地域の中小企業がグループとしてまとまってベンチャー企業との連携に取り組んだり、地方自治体や公的機関が、地域企業とベンチャー企業の橋渡しの機能を果たすという事例が登場してきている。この流れに関しては、経済産業省「ものづくりベンチャーの動向等調査」及び、「2016年度版ものづくり白書」に詳しい。
図 2ベンチャー企業と地域企業との連携に向けた取組(2016年版ものづくり白書より)
地域側の主体 | 取組概要 |
---|---|
京都試作ネット |
|
(公財)燕三条地場産業振興センター |
|
(一社)九州地域産業活性化センター、九州経済産業局 |
|
大田区 |
|
(出所)経済産業省「我が国ものづくりベンチャーの動向等調査報告書」
http://www.meti.go.jp/meti_lib/report/2016fy/000413.pdf
及び、経済産業省『2016年版ものづくり白書』の情報をもとに筆者作成
② 神戸市の取組(500 Startups Kobe Pre-Accelerator)
2016年度に入り、「“ベンチャー企業”と“地域”によるオープンイノベーション」というコンセプトは、更なる広がりを見せはじめている。今年度前半で特に注目された取組としては、神戸市がこの8月に実施した「500 Startups Kobe Pre-Accelerator」が挙げられる。
これは、米国の著名なシードアクセラレータ(注1)である500 Startupsを神戸に招き、国内外のベンチャー企業を対象とした短期集中型(6週間)の支援を行うというプログラムである。海外からアクセラレータを招いたという点だけでもかなり異質であることは間違いないが、特に興味深いのは、「参加したベンチャー企業のうち、ほとんどが地域外の企業であった」こと、そして、「神戸との結びつきが強い大企業・中堅企業等がスポンサーとして事業費の大部分を負担している」ことの2点である。
(ベンチャー企業)
2016年6月、神戸市と500 Startupsが本プログラムへの参加を希望するベンチャー企業を募集したところ、国内外から約200社の応募があり、選考を経て約20社が実際にプログラムに参加した。本プログラムでは、選考にあたって神戸市内のベンチャー企業を優先するなどの措置は行っておらず、プログラムに参加したベンチャー企業のなかに、神戸市内の企業は含まれていなかった。
東京やアジア諸国など、遠方のベンチャー企業も多く含まれており、それらの企業は500 Startupsの持つシリコンバレー流の知見を得ることを目的に本プログラムへ参加している。
(スポンサー企業)
本プログラムは、総事業費が9,000万円近くに及ぶ大規模なものであり、その事業費は市の財源に加えてスポンサー企業からの協賛金でまかなわれている。スポンサー企業は、神戸市との繋がりの深い大手企業や、地域の中核企業等で構成されており、これらの企業が事業費の「大部分」を負担している。
スポンサー企業は、いずれもベンチャー企業との連携に積極的な企業であり、本プログラムにスポンサーとして参加することで、有望なベンチャー企業とのつながりを得て将来的な「オープンイノベーション」につなげたいという狙いがあると思われる。
(神戸市)
神戸市は、本事業に多くの予算と人的リソースを投入している。また、本事業は前例のない新しい取組であり、地方自治体として大きなリスクをとったことは間違いない。そして、神戸市がこのようなコストを払いリスクをとって事業を行う最大の狙いは、「起業しやすい街」としての認知度を高め、それによって将来的にベンチャー企業の集積を図ることにある。さらに、有望なベンチャー企業が地域内で活発に活動することによって、地域の多様な企業等との接点が生まれ、それが「オープンイノベーション」に繋がり新しい価値を生み出していくという将来像を描いている。
図 3 500 Startups Kobe Pre-Accelerator関係主体それぞれの「狙い」
このように、500 Startups Kobe Pre-Acceleratorでは、神戸市、ベンチャー企業、スポンサー企業が三者三様の狙いを持って事業に関わっている。それぞれの主体(特に神戸市とスポンサー企業)の狙いは長期的なものであり、現時点では事業の成果を評価することは難しいが、「“ベンチャー企業”と“地域”によるオープンイノベーション」を推進する仕組みの一つとして注目に値する。
3.まとめ
ここまで見てきたように、「“ベンチャー企業”と“地域”によるオープンイノベーション」推進施策は、少しずつ事例が増えているだけではなく、その内容も多様化し、広がりを見せている。現在はまだ、意欲のある地方自治体や官庁、公的機関等が試行錯誤をしながら取り組んでいる状況だが、今後この流れが加速し、さらに事例が積み重なることによって、徐々にその成果や取組のポイント等が明らかになってくると考えられる。
その成果や取組のポイントについて、現時点で言えることは多くないが、今後、この取組が広がっていくうえで課題になると思われる事項を2点ほど挙げておきたい。
①課題:各主体の役割とメリットをどうデザインするか
「“ベンチャー企業”と“地域”によるオープンイノベーション」推進施策は、「官」と「地域の企業等」、「ベンチャー企業」という、性質の大きく異なる3者が緊密に関わりながら進んでいくものであり、その連携は容易なものではない。
「官」や「地域の企業等」の側が、「ベンチャー企業」に対して、連携のメリットを十分に提示できなければ、有望なベンチャー企業を地域に集めることは難しいし、ベンチャー企業のスピード感や独特の文化を理解しなくては、対話もままならない。
また、「地域の企業等」の側に対して、相応の人的リソースの投入やコスト負担を求めるのであれば、それに見合うメリットを提示していかなくては、長期的な取組にはなりえない。
つまり、「官」は、「地域の企業等」と「ベンチャー企業」それぞれの「役割」と「メリット」がバランスするように、仕組みを設計していく必要があると考えられる。
図 4各主体の「役割」と「狙い(メリット)」
②課題:どのようにマッチングし、どのように事業化を支援していくのか
また、実際にこのような仕組みを作り、実施している地域の担当者に話を伺うと、地域の企業とベンチャー企業の「マッチング」や、「事業化」の部分で悩んでいるというケースが複数見られた。
「マッチング」に関しては、つまり、「地域の企業等」と「ベンチャー企業」が、互いに求めるものと提供できるものが食い違い、連携体制が上手く作れない、という問題である。また、「事業化」に関しては、上手くマッチングしたとしても、実際に連携して事業を作っていく過程で問題が生じ、前に進まないという問題である。
この点に関しては、特効薬のようなものはなく、試行錯誤のなかで解決方法を探っていくしかないが、「地域の企業等」と「ベンチャー企業」の双方の事情に通じ、両者の間に入って事業化をサポートできる人材や組織を、地域で育てていくことができるか否かが、成功の鍵を握ると考えられる。
(注1)起業家や創業直後の企業に対し、事業を成長させるための支援を行う組織を指す
テーマ・タグから見つける
テーマを選択いただくと、該当するタグが表示され、レポート・コラムを絞り込むことができます。