本シリーズ「『高校生と地域』をめぐる新潮流」では、現在、教育政策、地域政策など、多様な観点からの注目が高まっている「高校生と地域社会との関わりのあり方」の実態及び求められる方向性について、様々な事例や調査データを通して考察を深めていきたい。初回となる本稿では、前編で、現在、なぜ「高校生と地域」の関係性が重要視されているのか、その潮流と論点を概観したのち、後編において、注目すべき事例を取り上げる。
1.「高校生と地域」の関係性への着目
「学校(スクール)」の語源は、「閑暇」を意味するギリシア語「スコレー」にあると言われる。元来、学校は、「日常生活や生産活動から解放された余暇の場」(注1)であり、日常から切り離された時間、空間の中で、勉学を修め、文化、教養を身につけるための場所として位置付けられていた。
日本において、こうした「語源通り」の学校のイメージは、現在では高校教育、中でもとりわけ普通科高校において最も鮮明になるのではないかと思われる。それは、大多数が市区町村立であり、児童・生徒の生活圏に根ざした小・中学校、地域産業との結びつきが強い専門高校、そして、現在では大多数の学生が職業への移行を控え就職活動やインターンシップに取り組む大学等の高等教育機関と比較すると、高校教育段階では、実社会や日常生活、またその舞台となる地域社会との結びつきを深める理由やインセンティブが見出しづらいように思われるからである(注2)。
こうした高校と地域の「縁遠さ」の一例として、地域住民や保護者が学校運営に参画する仕組みであるコミュニティ・スクール(学校運営協議会制度)の設置割合を見ると、公立学校への設置が努力義務化される以前の平成29年4月段階では、小中学校で10%を超えている一方、高等学校における設置割合は1.8%に留まっている。
図表1 コミュニティ・スクールの設置状況
学校種別 | ①公立学校数(H29.5.1) | ②設置校数(H29.4.1) | 設置割合(②/①) |
---|---|---|---|
小学校 | 19,794 | 2,300 | 11.6% |
中学校 | 9,479 | 1,074 | 11.3% |
高等学校 | 3,571 | 65 | 1.8% |
出典)学校数は文部科学省「平成29年度学校基本調査」のうち公立学校数、コミュニティ・スクール設置校数は文部科学省HP(http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/community/shitei/detail/1386362.htm)。
しかし現在、特に人口減少や若年層の流出を課題とする地方部を中心として、この両者の連携に対する関心が高まっている。例えば、2018年6月5日の第8回経済財政諮問会議にて出された「経済財政運営と改革の基本方針2018(仮称)」原案を見ると、重点課題への取組として「教育の質の向上等」が掲げられており、その中には、「地域振興の核としての高等学校の機能強化を進める」と、高校を名指しするような形で地域との関係性強化が提言されている(注3)。
ではなぜ現在、こうした関心の高まりが生まれているのか。それは、学習指導要領改訂や高大接続改革といった、これからの社会を担う人材の育成を目指す教育改革の潮流と、地域政策における地方創生の潮流、この2つの潮流が交わる点として、高校生の学びや進路選択のあり方に焦点が当たっているからであると思われる。また、教育政策、地域政策それぞれの目的の実現に向けて、互いの持つ資源や強みに対し期待が寄せられていることも関係していると考えられる。こうした教育と地域をめぐる政策動向と相互期待について、図表2に整理している。
図表2 教育と地域をめぐる近年の政策動向と相互期待
2.「高校生と地域」の連携をめぐる論点
地域と教育が連携することによって具体的に目指されているものや、解決が期待される課題については多岐にわたる。ここでは、表側に「教育/地域」といった主たる政策領域を、表頭には、人口(人の量)に対する対応(「量」への対応)と、教育活動、地域活動等の質的向上に対する対応(「質」への対応)という2つの異なるアプローチを位置付けて、4象限の枠組みで、地域と教育の連携をめぐる主要な論点の整理を試みたい。
図表3 教育と地域の連携をめぐる主要な課題
「量」への対応 |
---|
「質」への対応
教育
【(1)教育×「量」】
■人口減少に伴う生徒数減少にいかに対応するか
■地元進学率をいかに向上させるか
【(3)教育×「質」】
■地域との連携により、いかに教育内容・教育環境の魅力向上を図るか
■上記の結果として、いかに生徒の学び・成長を促進するか
地域
【(2)地域×「量」】
■教育環境を誘因とした移住・定住をいかに促進するか
■進学・就職に伴う人口流出にいかに対応するか
【(4)地域×「質」】
■地域活動や地域産業の担い手として、高校や高校生をいかに位置づけるか
■上記の結果として、将来的な地域の担い手をいかに育成、確保するか
(1) 教育×「量」への対応
人口減少が進行している地域では、生徒数の減少による定員数の確保という課題に直面している高校が存在する。さらに生徒数の減少は、各種教育資源の割り当て(教員数など)にも直結しているため、教育環境の水準低下がさらに生徒数の減少を引き起こすといった循環に陥りかねない。こうした循環を断ち切るには、生徒数を確保していくことが非常に重要となる。また、生徒数確保にあたっては、立地する市町村等の中学生から選ばれる高校となることも重要である。ここでは、地域の高校の持続可能性及び教育水準を高めるために、いかに生徒数を確保していくかという点が主要な論点となる。
(2) 地域×「量」への対応
(1)でみた生徒数の減少は、最終的には高校統廃合という判断に帰結する場合もあり、高校を失った地域ではさらに人口流出が加速するという負の循環に繋がる恐れもある。一方で、学校の教育内容や地域の教育環境など、その地域の教育に関する魅力は、それを享受したいと考える生徒、家族を地域外から引き寄せる誘因にもなりうる。教育環境を誘因とした移住・定住などの「人の流れ」をいかに創出するかという点がここでの論点となる。
さらに、「地方創生のための教育について考える(前編)」で指摘した通り、学校教育は、地域の活性化を担う人材の育成・輩出といった機能のみならず、同時に、人を地方から流出させる機能を担ってきた。こうした「地方創生にとっての『教育』というジレンマ」に対し、生徒が地域に居住し、学んでいる間に、いかに地域が関わりを持ち、地域への定着、ないしは将来的なUターン、Jターンの確率を高められるかという点も、地域政策の視点から見た「量」への対応に関する論点となる。
(3) 教育×「質」への対応
学習指導要領改訂等により、これからの時代、社会に求められる学びや、育成すべき能力・資質のあり方に対する認識が変容しているが、中でも今回の学習指導要領改訂のキーワードのひとつが「探究」である。新たな高等学校学習指導要領(注4)においては、「総合的な学習の時間」が「総合的な探究の時間」と名称を変え、「問いを見出し、自ら課題を立てる」「情報を集める」「整理、分析する」「まとめ、表現する」といった探究的な学習のプロセスが指導要領内に明確に記載された。このことに象徴的に表れているように、「探究」という学習のあり方は今後一層重視されるようになるものと考えられる。このような教育政策の変化に対応するために、地域社会と連携することによって、いかに教育の魅力向上、質の向上を図っていくことができるのか。これがこの類型での主要な論点となる。
(4) 地域×「質」への対応
一般的に学校とは、「子どもを大人とは異質な空間に隔離する」性質を有している(注5)。一方、現在では、高校生が地域社会に飛び出し、地域産業や地域活動の担い手として積極的に関わる取組も広がりつつある。高校生を「教育を受ける主体」としてのみ捉えるのではなく、地域産業や地域活動に参画する主体として位置付け、彼ら/彼女らの力により地域振興をいかに図っていくかという点が、この領域における主要な論点である。
以上、地域と教育の連携をめぐる主要な論点の整理を試みたが、実際にはここで挙げた課題は相互に、密接に関連しあっている点。後編では、注目すべき実践事例の紹介を通して、こうした地域と教育をめぐる複合的な課題に対して、地域社会及び学校がどのようなアプローチで解決を図っているのか分析していきたい。
(注1)田嶋・中野・福田・狩野(2007)『優しい教育原理 新版』有斐閣。
(注2)高校が地域社会と縁遠かった別の要因として、設置主体のあり方も考えられる。一般的に、個人にとって最も身近な基礎自治体である市区町村立が多数を占める小中学校に対し、高校は都道府県立、私立が主流となり、日常生活を過ごす場としての地域との関係性が希薄となりがちであると推察される。
(注3)平成30年第8回経済財政諮問会議「資料1『経済財政運営と改革の基本方針2018(仮称)原案』」p28。
http://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/minutes/2018/0605/shiryo_01.pdf
(注4)平成30年3月30日告示
(http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2018/04/24/1384661_6_1.pdf)
(注5)今井康雄編(2009)『教育思想史』有斐閣。
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