メガスポーツイベントが地域に残すもの~リゾート地にとどまらない豪州ゴールドコースト市のブランディング戦略~

2020/11/06 楊 岩、関 恵子
スポーツ
地方創生

1.はじめに

メガスポーツイベントは環境、社会、経済といった多様な側面から開催地域にインパクトをもたらす。また、こうしたインパクトは一時的なものもあれば長期にわたって持続するものもある。メガスポーツイベントの開催は莫大な費用を要するため、今日、特に成熟社会においては、メガスポーツイベントの開催を通じて地域に残すもの(いわゆるレガシー)を求める機運が高まっている。
本稿は2018年コモンウェルスゲームズの開催都市(ゴールドコースト市)を事例に、メガスポーツイベントの開催がまちづくりに与えるインパクトを考察するものである。具体的には、クイーンズランド州ゴールドコースト市に対するヒアリング調査結果に基づき、同市がメガスポーツイベントの開催を通じて行った都市ブランディングの取組を紹介する。そのうえでまちづくりにおけるメガスポーツイベントの活用ポイントをまとめる。

2.ゴールドコースト市とコモンウェルスゲームズの概要

クイーンズランド州は、豪州で二番目に人口規模の大きな州で、同国北東部に位置している。また、ゴールドコースト市は州の南東部に立地する都市で、人口は約60万人と、鹿児島市と概ね同水準にあるが、世界有数のリゾート地として年間100万人超の外国人観光客を迎えている。

図表 クイーンズランド州およびゴールドコースト市の概要(2018年)

クイーンズランド州 人口 5,033,141人
面積 1,727,000㎢
GRP 3,489.7億豪ドル(約28.8兆円1
ゴールドコースト市 人口 606,774人
面積 1,334㎢
GRP 352.4億豪ドル(約2.9兆円)

注釈)クイーンズランド州の面積は日本の国土面積の約4.6倍である。また、ゴールドコースト市の面積は日本の静岡市(1,411.83㎢)と概ね同水準にある。
資料)Queensland Government, “Statistics and facts”(https://www.qld.gov.au/about/about-queensland

コモンウェルスゲームズはイギリス連邦に加盟している国・地域が参加する国際スポーツ大会であり、4年ごとに開催されている。2018年4月、第21回コモンウェルスゲームズは、豪州のゴールドコースト市2で開催され、71カ国・地域からの選手が18競技に参加した。同大会は150万人の観戦客を動員したとともに、15億人にのぼるテレビ中継視聴者を引き寄せた。
豪州のグリフィス大学の試算3によれば、同大会の開催がクイーンズランド州にもたらす経済効果が約24.8億豪ドル(約2,048億円)、このうち、ゴールドコースト市にもたらす経済効果が約18.0億豪ドル(約1,487億円)と推計されている。

図表 2018年コモンウェルスゲームズの概要

開催期間 2018年4月4日~2018年4月15日
主催地 ゴールドコースト市(豪州)
参加国・地域数 71
ボランティア 15,000人
競技数 18競技
選手数 6,600人
観戦客 150万人
テレビ中継視聴者数 15億人

資料)GOLDOCウエブサイト(https://www.gc2018.com/games

写真 2018年コモンウェルスゲームズの選手村

写真 2018年コモンウェルスゲームズの選手
資料)三菱UFJリサーチ&コンサルティング撮影

3.リゾート地にとどまらないブランディング戦略

ゴールドコースト市はリゾート地としては有名であるが、ビジネス都市としての認知度が低い状況にあるとの認識を持ち、ビジネスセンターとしての機能を強化する必要があると考えていた。同市はコモンウェルスゲームズの開催を好機ととらえ、投資誘致および輸出促進に係る取組を積極的に行ってきている。

①ビジネスイベントの開催

ゴールドコースト市は、クイーンズランド州政府主導の「Trade 2018」プログラムを通じ、イギリス連邦7カ国(イギリス、カナダ、インド、シンガポール、マレイシア、ニュージーランド、パプアニューギニア)を重点市場として位置づけ、貿易・投資促進活動を3段階に分けて実施した。同市の担当者によれば、こうしたビジネスイベントの開催は同市の知名度向上および地元企業のビジネスチャンスの拡大に寄与した。

図表 Trade 2018の実施概要

フェーズ 概要
1 クイーンズ・バトン・リレーに合わせて、重点市場において貿易投資キャンペーンを展開
2 豪州国内において貿易・投資関連イベント等を開催
3 大会開催期間中に貿易投資プログラムを展開

資料)Queensland Government, “Trade 2018 Evaluation Report”, 2018

②大会関連調達における工夫

コモンウエルズゲーム大会の関連調達への地元企業の参加機会を増やすために、「Procurement and Business Development Program」を展開し、雇用促進を図った。例えば大会選手村の建設業者を選定する際、「地域の雇用を創出できるか」という評価項目を設けた。同市の担当者によれば、落札したメルボルンの企業はゴールドコースト市の地元企業との協働を通じて地域の雇用に貢献したと評価している。

図表 「Procurement and Business Development Program」の主な活動

No. 活動
1 capacity building workshops
2 business engagement programs
3 GC2018 procurement awareness programs
4 supply chain readiness and sustainability programs

③トップセールス

市長主催のレセプションイベントを開催し、世界各国の政府、企業リーダーに向けてトップセールスを行った。

④インフラ整備・活用

選手村周辺の再開発

ゴールドコースト市関係者によれば、選手村とその周辺の再開発地区が同市最大のレガシーである。選手村周辺にはグリフィス大学ゴールドコースト・キャンパスおよび豪州最大級の病院(ゴールドコースト・ユニバーシティ病院)が立地している。また、公共交通の利便性は高く、2つの路面電車駅が利用できる。同市は、大会閉幕後に選手村を含む200ヘクタールの地域において、住宅、小売、スポーツ、ビジネスなどの機能を備えるゴールドコーストヘルス&ナレッジ地区(Gold Coast Health and Knowledge Precinct)として、関係者とともにこれまで50億豪ドル超のインフラ整備費用を投じて一体的再開発を進めている。特に住宅地開発では、「Build to Rent」方式を導入して、整備した住宅(計2,500戸)をすべて賃貸住宅として使用することと、職住近接型開発であることは特徴的である。
ゴールドコースト市は大会の開催がこうした再開発の起爆剤となっているととらえている。同地区では、今後10~15年かけて2.6万人程度の雇用を創出するとともに、地元企業と海外企業、そして病院と大学のシナジー効果を図り、アジア太平洋地域における研究ならびにイノベーションの重要拠点に成長させることを目指している。

映画関連施設の活用

ゴールドコースト市は、観光産業以外にも、Village Roadshow社などをはじめ豪州有数の映画産業の集積地として知られており、「マイティ・ソー バトルロイヤル」や「パイレーツ・オブ・カリビアン」などの人気映画のロケ地でもある。映画のまちとしてのインフラを活かすため、映画スタジオを大会の競技会場として使用することを考案し、クイーンズランド州政府、スクリーン・クイーンズランドやVillage Roadshow社等との連携のもと、大会関連予算を活用してVillage Roadshow Studiosの敷地内に映画関連施設「Sound Stage 9」を新たに整備した。
この施設は、南半球最大の防音スタジオであり、大会期間中にスカッシュの競技会場として使用された。この背景には、映画関連施設の整備による雇用創出および経済波及効果に対する期待があったと考えられる。Village Roadshow Studiosでは、スカッシュ以外に卓球およびボクシングの競技会場やバドミントンの練習会場としても使用された。このように、大会後の利活用や地域への影響を見据えて会場を整備や選定することが重要といえる。

公共交通等のインフラ整備

上記のほか、ゴールドコースト市は公共交通や通信などのインフラ整備も合わせて実施した。例えば豪州連邦政府およびクイーンズランド州政府との共同出資により、2016年にゴールドコーストライトレール第2期工事(Light Rail Stage 2)を開始した。この工事はライトレール第1期の延伸工事であり、Griffith University Hospital駅~Helensvale駅間の7.3kmを整備した。同市のレポート4によれば、2期区間は大会の開催を契機に約5年早く実現できた。

図表 ライトレール第2期の整備区間

図表 ライトレール第2期の整備区間
資料)GoldLinQ Pty Ltdホームページ

写真 ゴールドコースト市の路面電車

写真 ゴールドコースト市の路面電車
資料)三菱UFJリサーチ&コンサルティング撮影

4.まちづくりにおけるメガスポーツイベントの活用ポイント

ゴールドコースト市の例からみられるように、メガスポーツイベントの開催を通じて地域が目指すまちづくりを加速化させることが可能である。なお、まちづくりにおけるメガスポーツイベントの開催効果を人々が実感できる形で示すためには、以下の4つのポイントに留意する必要がある。

①都市戦略を意識したメガスポーツイベントの誘致・開催

ゴールドコースト市はワールドクラスの都市を目指して様々な取組を展開している中、ライトレールの整備やゴールドコーストヘルス&ナレッジ地区の開発などの関連プロジェクトをコモンウェルスゲームズの開催計画に位置づけることで、これらのプロジェクトの進捗を早めることができた。メガスポーツイベントの開催効果を最大限に活用するためには、メガスポーツイベントの開催が都市戦略のどの部分に寄与しうるかを明らかにしたうえでその実現に向けた道筋を具体的に示す必要がある。そうすることでメガスポーツイベントの誘致・開催に関する住民の支持も得られやすくなる。

②地域コミュニティとのコミュニケーション強化

改修工事等で施設が一定期間使えなくなったり、大会期間中に公共交通機関が混雑したりするなど、メガスポーツイベントの準備・開催は地域コミュニティに多大な影響を与えると考えられる。例えばゴールドコーストアクアティックセンターが改修工事で約1年3ヶ月にわたって閉鎖された。その影響で地域住民は長期にわたって同施設を利用することができなかった。そこでゴールドコースト市は市民とのコミュニケーションを積極的に取りながら、代替施設を無料提供したり、スタッフの他施設への配置転換を行ったり、プールの再開時期について綿密に情報提供したりするなど、地域コミュニティへの影響を最小限に抑えるための工夫を行った。
このように開催地自治体は、大会の開催が住民の日常生活に及ぼす影響について、地域コミュニティとのコミュニケーションを綿密に行うとともに影響軽減策を講じることで、地域の理解と支持を得ることが重要である。そして、コミュニケーションを通じて都市戦略の実現におけるメガスポーツイベントの役割を地域で共有することで、広域自治体や基礎自治体における地域コミュニティに根ざしたレガシーの創出が期待できる。

③外部専門家の活用およびナレッジマネジメント

メガスポーツイベントの準備・運営にあたって様々な分野の知見やノウハウが求められる。また、受入地域の自治体は必要な人材をすべて組織内で確保することは難しい。ゴールドコースト市の場合、世界で活躍する様々な分野の専門家を集めて大会の準備・運営に取り組んだ。外部専門家による支援が永続的に受けられるものではないため、同市は外部専門家の支援がなくなった際に市職員のみで業務遂行できるように、市職員と外部専門家との協働を通じてノウハウの習得を促進している。

④ステークホルダー間の役割分担

市や州単一でなく、関連のステークホルダーと横断的な連携はメガスポーツイベント実施の要である。一方で、ステークホルダーが多岐にわたり、責任の所在が曖昧になりがちなため、役割分担の明確化も必要である。同市担当者によれば、ゴールドコースト市は、1)州政府などのステークホルダーと連携して取り組むこと、2)市独自で取り組むこと、3)市以外のステークホルダーに任せることに分けて取り組むことを強く意識した。
水泳とダイビングの競技会場であるゴールドコーストアクアティックセンターを例にみると、州政府とゴールドコースト市は4,100万豪ドル(約34億円)の施設改修費用を共同で負担した。大会の競技会場がクイーンズランド州内の4都市に点在しているため、ゴールドコーストアクアティックセンターを含む競技会場の整備は州政府の主導のもとで行われた。一方、地域コミュニティとのネットワークを有することから、市民とのコミュニケーションは市独自で行った。この例からみられるように、ステークホルダーは各自の強みに応じて役割を分担することが望ましいだろう。


1 2018年の年間平均TTMレート(1豪ドル=82.60円)にて換算した。以下は同様である。

2 ゴールドコースト市のほか、クイーンズランド州のブリスベン、ケアンズおよびタウンズビルという3都市にも競技会場が設置された。

3 Griffith University, “The economic impacts of the Gold Coast 2018 Commonwealth Games: 2018 Post-Games Report”, 2018

4 City of Gold Coast, “GC2018 benefits: Working Draft”, 2018

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