教員免許更新制度の存廃に揺らぐ今、教員が学び続ける実態を子ども目線、教員目線から見る―教員を誰ひとり取り残すことのない時代へ―諸外国の継続的専門能力開発(CPD)を見るシリーズ 第4弾
「諸外国の継続的専門能力開発(CPD)から見る」シリーズでは、これまで、シンガポール、イングランド、北欧のCPDの特徴の描出を試みてきたが、本稿では、日本国内の状況について、教員免許更新制度に関連させながら考察を行う。
2021年5月末、中央教育審議会教員養成部会では教員免許更新制度の廃止も含め、今後議論することが明言された。朝日新聞が「教員の任命権を持つ67教育委員会にアンケートしたところ、53教委(79%)が「見直しが必要」と回答した 1」としており、10年以上経つ教員免許更新制度は見直しの岐路に立っている。
見直しの主要な論点のひとつに、教員が学び続けるための機会として有効か、という点がある。多忙で「学びたくても学べない」教員が多いと言われるが、2021年の今、教員が学び続けることの実態はどのようになっているか。そして、その教員が学び続けることを子ども(高校生から19歳まで)がどう捉えているかも報告し、学び続けることの背景にある教職の専門性に対する意識、学び続けることの必要性に対する認識について言及する。
1.教員は学び続けられているのかー正規教員の5人に1人は学び続けられていない?ー
2009年から開始した教員免許更新制度だが、現在廃止も含めた議論が進められている。免許更新制度の廃止に関する論点には、うっかり失効をしてしまうことを防ぐ必要性とともに、経済的・物理的制約や他の研修との重複の指摘などがあり教員が学び続ける機会として有効かとの指摘がある。
教員が学び続けることの重要性は、教員免許更新制度の廃止の議論の中でも論点となっている。では実際に教員は学び続けられているのか。今回当社が行ったアンケート調査2 では、回答した正規教員3のうち約5人に1人(20.7%)が過去12か月間で職能開発(CPD)4をしていないことが分かった 5。また正規教員のCPDの障壁のうち時間に関するものは59.9%、費用に関するものは43.7%、機会に関するものは17.8%6となっており、日本の教員のCPDを妨げる大きな要因に「時間」があると言える。さらに勤務時間が長いほど、時間の障壁を感じる回答割合が増えており(詳細は図表 1の「40時間未満」の群から「50時間以上60時間未満」の群までの傾向のとおり)、勤務時間の短縮が学び続けることの障壁を下げることに有効だと考えられる。
図表 1 勤務時間 × CPDの「時間の障壁」
では、実際に1週間当たりの勤務時間7に応じた、CPDの手法を見ていこう。50時間以上60時間未満の教員群など勤務時間が長くても、「専門的な文書や書物を読むこと」といったCPDに取り組んでいることが分かる。一方で、40時間未満の教員群では、他の群に比べ「公式な資格取得プログラム(例:学位課程)」など一定の時間を要するCPDを実施できている。(詳細は図表 2のとおり)。
これらを踏まえると、教員は時間の障壁を感じながらも、なんとかCPDに取り組んでいる様子がうかがえるが、勤務時間の長さは、CPDの障壁に対する認識やCPD手法に影響を与えており、勤務時間の改善が必要だと考えられる。
図表 2 勤務時間 × 過去12か月間の職能開発で実施した手法(MA)
ここまでで、CPDの促進には勤務時間がキーになることを説明してきたが、勤務時間だけが改善すれば直ちにCPDが促進されるという訳ではない。(実際に図表 2の「過去12か月間で職能開発をしていない」を見ても、40時間未満の教員群が最もCPDを実施していないことが分かる。)
勤務時間だけではなく、CPDが必要だと認識し、CPDに取り組む意欲を持つことも重要な要素であろう。そこで、ここからはCPD推進の基盤ともいえる「認識」について、子どもの調査結果も交えながら論じていきたい。
2. CPD実態の背景にある教員自身の「専門性の認識」と「CPDの必要性」に対する見方
―働き方改革だけでなく、専門性の認識改善へ―
本調査では教員自身の「教員が子どもに関わる他の職業(医師、看護師、保健師、心理士、保育士、社会福祉士)に比べて専門的な能力が高度であると感じるか」に対する回答を踏まえ、他の専門職よりも専門性が高いと感じる度合いを点数化して分析を行った 8。この点数化した結果と、教員が信頼されている観点とを掛け合わせると、「子どもの教育に対する熱意、使命感」や「特定の教科に関する専門的な知識」という信頼されていると自己評価する観点について、教職を専門性の高い仕事と認識する層ほど高い結果となった。また、「自律的・継続的に学ぼうとする意欲」については、教職を専門性の高い仕事と認識する6~7点の層で特に高い結果となった。同時に教職を専門性の高い仕事と認識する層ほど信頼されているとする観点について「あてはまるものはない」を選択する割合が低く、専門性の認識と信頼されている観点の一部との間には影響がある可能性がうかがえる。(詳細は図表 3のとおり)。
図表 3 専門性の認識 × 信頼されている観点(MA)
これに関連して、専門性の認識の違いは、CPDの必要性に対する認識にも差を生み出しており、教職を専門性の高い仕事と認識する層ほど、CPDの必要性を認識していることが分かった(詳細は図表 4のとおり)。
図表 4 専門性の認識 × CPDの必要性に対する認識
ここまでで、教員自身が他職種に比して教職の専門性をどう認識しているかということと、①信頼されているとする観点や②CPDの必要性に対する認識とが影響しあっている様子を見てきた。このことは、教職に対する専門性の自己評価の向上や、CPDに対する認識改善に取り組むことがCPD推進の基盤醸成に好影響を与える可能性がうかがえる。
では、初等中等教育を受けている(あるいは直近まで受けていた)子どもは教員の学び続ける実態をどのように感じているか、見ていこう。回答した子どもの約6割が「教員が継続して資質能力を発展させることは重要だ」と考えるのに対し、「関わりがあった教員が職能開発を行えていた」と回答した子どもは全体の約2割にとどまった。特に「関わりがあった教員が職能開発を行えていた」と回答するほど、「教員が継続して資質能力を発展させることは重要だ」と認識しており、子ども自身がCPDに取り組む教員を実際に見た上でCPDに価値を感じている可能性がうかがえる。(詳細は図表 5のとおり。)
図表 5 【子ども】 教員が職能開発(CPD)を行えていたと感じるか × 教職にとってCPDが重要だと感じるか
3.まとめにかえて
ここまでで専門性の認識や、CPDの必要性に対する認識の重要性、さらには教育を受ける子ども自身もCPDが重要であると認識していることを説明した。
最後に、子どもの自由記述9を紹介したい。自由記述には、「児童生徒を学ばせる以上は自分も学ぶべきだし、知識は時代によって変化することもあるから」といった本質的な指摘が複数ある。また、本稿で明らかになった教員間でCPDの取組実態にばらつきがあることに関する指摘も複数あり、子どもの目には教員の実態がきちんと映っている様子がうかがえる。
まさに今、教員免許更新制度を廃止すべきかといった論点も含め、令和の日本型学校教育を進めるべく議論が進められている。子どもを「誰ひとり取り残すことのない」教育政策の実現には、どの教員も取り残さぬよう、勤務時間の改善に加え、教員ひとりひとりがCPDを前向きに捉えられるよう、教員の専門性や信頼の認識にもアプローチする取組も必要ではないだろうか。
1 https://www.asahi.com/articles/ASP5Y4Q7WP5QUTIL00L.html(2021年6月16日最終確認)
2 アンケート調査はネットモニターとして登録されている高校生から19歳までの学生516名の男女(本稿では「子ども」と表記)と、小学校・中学校・高校の現職教員で20代から60代までの502名の男女(本稿では「教員」と表記。)を対象に実施した。調査実施時期は2021年2月1日~3日。本稿ではその一部を紹介する。
3 労働時間に関する分析では、非正規職員および外れ値と考えられるデータ115件は除いている。
4 OECD国際教員指導環境調査(TALIS)(2018)(以下「TALIS2018」と略記する。)を参照して調査項目を設定しており、職能開発活動については英文ではContinuous Professional Development:CPDと表記している。本稿では以降、原文に照らしCPDと表記する。なお、本稿で採用したTALIS2018のデータは国立教育政策研究所編(2019)『教員環境の国際比較』(株式会社ぎょうせい)を採用している。
5 TALIS2018では高校教員を対象としておらず、また「実施していない」の設問がないため単純比較はできないが、TALIS2018では過去12か月の間にどれか1つでも職能開発を受けた教員(中学校)は全体の89.2%(TALIS参加国平均では94.4%)で、10.8%の教員が実施していないと解釈できる。
6 この点はTALIS2018でも同様の傾向が見られ、「家庭でやらなくてはならないことがあるため、時間が割けない」ことが障壁だと答えた教員の割合は参加国の中で最も高く67.1%で、国内の項目で比較すると「職能開発の日程が自分の仕事のスケジュールと合わない」の87.0%に次いで2番目に高い割合の障壁となっている。なお、今回の調査では「家庭でやらなくてはならないことがあるため、時間が割けない」が44.2%であり、「職能開発の日程が自分の仕事のスケジュールと合わない」が34.6%であったが、この2項目のいずれかを障壁として選択した回答者(実数)を時間に関するものとして計算し59.9%と記載している。
7 通常の1週間での勤務時間を確認している。休暇や休日、病気休業などによって勤務時間が短くならなかった一週間と注記をしており、TALIS2018と平仄をとっている。
8 点数化は回答者ごとに「教員の方が専門的能力が高度であると感じるか」に「総じて高いと感じる」を選択した職業の数を1職業あたり1点として計算しており、0~7点で分布する。
9 「教員にとってCPDが重要だ」と思う理由に関する自由記述
【ここまでの関連レポートはこちらから】
・国際教育学会と教育先進国シンガポールから見る、危機の時代を生き抜く教員を支えるキーワード「CPD」とは 諸外国の継続的専門能力開発(CPD)を見るシリーズ 第1弾(2020年10月20日)
・教員への「疑いの文化」のイングランドと、「信頼の文化」のスコットランド。英国(UK)の教員は専門職として学び続けられるのか。諸外国の継続的専門能力開発(CPD)から見る シリーズ第2弾(2020年11月6日)
・北欧4ヶ国に見る、地域・学校ベースの専門能力開発 諸外国の継続的専門能力開発(CPD)を見るシリーズ 第3弾(2021年6月24日)
・ 政策への架け橋(専門職団体、実証研究)が機能するアメリカの教員専門能力開発―諸外国の継続的専門能力開発(CPD)を見るシリーズ 第5弾(2021年8月17日)
・教職スタンダード不在の韓国。行政からの信頼に下支えされた、教員の主体性・多様性重視の CPD の在り方とは。諸外国の継続的専門能力開発(CPD)から見る シリーズ第 6 弾(2021年10月1日)
・ 教師個人の自律性、奮闘を生かすため、協働で行うCPDへ
―学校業務改善に向け現場で支援を行う妹尾氏と、教師教育の国際比較研究を行う百合田氏による対談(2022年1月31日)
テーマ・タグから見つける
テーマを選択いただくと、該当するタグが表示され、レポート・コラムを絞り込むことができます。