自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)の正式発足

2022/01/12 山口 和子、奥野 麻衣子
サステナビリティ
ESG
非財務情報開示
開示
生物多様性
自然資本

1. はじめに

2021年6月4日、「自然関連財務情報開示タスクフォース」(TNFD: Taskforce on Nature-related Financial Disclosures)が正式に発足した。TNFDは、TCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures:気候関連財務情報開示タスクフォース)に続く市場主導の新たなイニシアチブである。世界の自然生態系全体(以下、「自然」とする)に関連して企業や金融機関が受ける財務的影響や、それらへの対応についての開示を促す枠組みを公表することが予定されており、今後、「自然」は気候変動に続いて企業等が対応すべき重要な環境課題となるだろう。当社は、TNFD正式発足前の準備段階からオブザーバーとしてTNFDの動向を見てきており、現在はTNFDフォーラムのメンバーとなっている。本稿では、TNFD発足の経緯や、TNFD枠組み内容、今後の見通しについて説明する。

2. TNFD発足の経緯

世界の総GDPの半分以上は、自然及びそのサービスに中程度又は高程度に依存しているとされる。しかし近年、様々な人的要因によって世界中の自然が大きく変化し、自然やその恵みが劣化していることが指摘されている。世界経済フォーラムが毎年発表する今後10年間のグローバルリスク予測でも、図表1に示すように、2020年には生物多様性の損失及び生態系の崩壊は、影響と発生可能性の両面でトップ5にランクインしている。自然に有益な経済社会への移行に向けて行動することで、2030年までに、年間最大10.1兆米ドルの事業価値と395百万人の雇用を創出しうるとされている

図表1 グローバルリスクトップ5(2020年)

図 グローバルリスクトップ5(2020年)

(出所)World Economic Forum (2020) “The Global Risks Report 2020”をもとに三菱UFJリサーチ&コンサルティング作成

我々の今の社会経済が相当程度に自然に依存している以上、その劣化は経済や企業のビジネスにとって重要なリスクとなり、また時宜を得た対応は事業上の機会ともなるが、現状では企業や金融機関が自らの、あるいは取引先の事業活動の自然への影響・依存や、自然を巡る問題や変化が引き起こし得る財務的なリスクを十分に理解し、対応しているとは言い難い。気候変動に関しては、TCFDが2017年に気候に関連する財務への影響やそれへの対処に関する開示の枠組みを提言し、日本企業を含め世界の多くの組織が同提言を支持してその枠組みに沿った開示を進めている。このようなTCFDの取組に基づき、自然に関する財務影響についてTCFDを補完し、企業等が自然関連のリスクを報告し、それについて行動する枠組みを提供し、それによってファイナンスを自然に有益な結果をもたらすものへとシフトさせるため、TNFDが構想された。

TNFDの準備は2020年から国連環境計画・金融イニシアチブ(UNEP FI)、国連開発計画(UNDP)、世界自然保護基金(WWF)、英NGOグローバルキャノピーの4者によって進められてきた。同年7月にTNFDを設置するイニシアチブが公表され、同年9月には金融機関や企業、規制者等のメンバーで構成される非公式作業部会(IWG: Informal Working Group)が発足した。また、IWGを支援する非公式技術専門家グループや、オブザーバーグループも設置された。IWGでは、TNFDのガバナンスや作業計画、資金調達、コミュニケーションが検討され、2021年6月4日、TNFDが正式に発足した。

TNFD正式発足に当たっては、構想・準備を進めてきた上述の4者が創設パートナーとなった。タスクフォースでは、Refinitivの創設CEOでロンドン証券取引所グループのデータ分析部門グループリーダーであるDavid Craig氏と、国連生物多様性条約事務局長のElizabeth Maruma Mrema氏が共同議長に就任した。TNFD発足については、既に多くの主要な金融機関や企業、政府が賛同を示している。2021年6月11日~13日に開催されたG7首脳会合の共同宣言においても、TNFDの設立及びその提言への期待が述べられた

3. TNFDの枠組み内容

TNFDの発足にあわせて、IWGで検討されたTNFDのスコープや作業計画、ガバナンス等をまとめたレポートが公表された。

TNFD枠組みでは、図表2に示すように、TCFDの枠組みをベースとし、ガバナンス、戦略、リスク管理、指標及び目標の4つの柱が採用される見込みである。「自然関連リスク及び機会」の定義については、組織の活動と自然との間のリンケージによって組織にもたらされるリスクと機会を幅広く扱い、短期的な財務リスクに加えて自然への影響や依存による長期的なリスクも対象とすることをIWGは推奨している。これは、いわゆる「ダブル・マテリアリティ」の考え方を導入したものと言える。すなわち、自然が組織の当面の財務パフォーマンスに与えうる正負の影響(「アウトサイド・イン」)のみならず、組織が自然に及ぼす正負の影響(「インサイド・アウト」)も開示すべきとしている。リスクに対するこのアプローチは、財務マテリアリティに対するTCFDの広範なアプローチと一致しているとされている。また、自然関連の財務リスク及び機会は、TCFDと同様に、物理的リスク・機会と、移行リスク・機会に分けられうるとしている。

TNFDは、自然そのものに関する新たな情報開示や活動等に関する基準の開発を目指してはおらず、既存の枠組みや基準、イニシアチブに沿った枠組みを開発し、それが既存の枠組み・基準に統合されることを目指している。そのため、従来の開示や取組の方向性が大きく変わることはないが、より財務マテリアリティに注目した開示や取組が求められるようになると考えられる。

図表2 自然関連の財務情報開示に関し推奨されるコア要素

図 自然関連の財務情報開示に関し推奨されるコア要素

(出所)TNFD (2021) “NATURE IN SCOPE: 提案されているTNFDのスコープ、ガバナンス、ワークプラン、コミュニケーションと資金調達計画の概要”

4. 今後の見通し

2021年から2023年までの作業計画では、まずTNFD枠組み案を検討し、それをテストした後、パブコメを行い、2023年後半には枠組みを公表することが予定されている。TNFD枠組みの最初のベータ版は2022年第1四半期にリリースされる予定である。また、TNFD枠組みの要求事項を満たす方法や、自然関連リスク・機会の特定・評価・管理方法、シナリオ分析の使用方法等に関するガイダンスをTNFDが作成することも提案されている。生物多様性条約下で検討されているポスト2020世界生物多様性枠組の目標へのTNFDの整合も模索される見込みである。

5. おわりに

TNFDに関する動向を振り返り、今後の見通しを概観した。気候変動と同様に、経済や財務上の自然の重要性が金融セクターからも認識されつつある。自然に有益な資金の流れを作るため、個々の企業や金融機関のレベルでも、自社の自然への依存や影響による財務リスク・機会を特定し、リスクを軽減し、機会を拡大するように戦略をたて、その実施を管理し、さらにそれらを開示することが重要となっていく。今後も当社はTNFDフォーラムのメンバーとしてTNFDの議論の動向を注視していく。


World Economic Forum (2020): Nature Risk Rising: Why the Crisis Engulfing Nature Matters for Business and the Economy.

IPBES (2019): Summary for policymakers of the global assessment report on biodiversity and ecosystem services of the Intergovernmental Science-Policy Platform on Biodiversity and Ecosystem Services.

World Economic Forum (2020): The Global Risks Report 2020.

World Economic Forum (2020): New Nature Economy Report 2: The Future of Nature and Business.

G7カービスベイ首脳コミュニケ

TNFD (2021): NATURE IN SCOPE: A summary of the proposed scope, governance, work plan, communication and resourcing plan for the TNFD.

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