「こうなりたいと思える子どもを描きたい」不登校と自立支援施設のリアルとドラマ

2022/01/18 萩原 理史
教育
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はじめに:不登校を題材にした映画

少子化により子どもたちが減少している一方で、令和2年度時点で小中学生の不登校は19.6万人となり、8年連続で増加傾向となっています。VUCAと呼ばれる予測不可能な時代を迎える中で、子どもが抱える課題は深刻さを増しており、不登校はその一つの発露の形なのかもしれません。また、2016年12月に成立した「義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保等に関する法律」(不登校の子供に、学校外での多様な学びの場を提供することを目的とした法律)も、そのような時代の変化を反映した動きの一つでしょう。

このような時代の中で、子どもたちはどのように生きていけばよいのでしょうか。そして、大人は子どもたちにどのようなことができるのでしょうか。大人ができることの一つとして、表現を通じて踏み出す力を与えることができます。これまでも、映画作品をはじめ文化芸術では不登校をテーマに扱ってきました。どのような考えで、クリエイターは不登校を創造・表現しているのでしょうか。不登校をテーマに扱った映画作品「もみの家」で監督を務められた坂本欣弘(さかもとよしひろ)監督にお話を聞いてみました。

 

写真 坂本欣弘 監督

◆氏名 :坂本欣弘 監督(さかもとよしひろ)
◆略歴 :1986年4月1日生まれ。大学卒業後、ENBUゼミナールを経て、映画監督・冨樫森監督、呉美保監督の下で演出部として活動、その後、2012年より富山でサガンピクチャーズを立ち上げ、2018年に合同会社コトリを設立。映画製作のほか、CMなど幅広く映像作品に携わる。映画監督作品として「真白の恋」、「もみの家」がある。

※以下、本文中は坂本監督と記載
質問者の発言の前には「MURC」と記載

自立支援施設を題材にした理由は?

MURC:「もみの家」では、本田彩花(役・南沙良氏)が、富山の美しい四季を通じて、生と死に触れ合うことで、次第に自分のもみの殻を破っていく姿に引き込まれました。今回の作品を撮ろうと思ったきっかけについて教えてください。

坂本監督:前作の「真白の恋」を制作して、2作目を検討していました。私自身が、15歳のときに映画館でみた「十五才 学校IV」(山田洋二監督)という不登校をテーマにした作品に大きく影響を受けていたこともあり、いつか少年・少女を題材にした作品を撮りたいと考えていました。題材を検討するために、富山に関する様々な小説作品を読んでいく中で、乃南アサ氏の「ドラマチック・チルドレン」という富山市郊外にある『ピースフルハウス・はぐれ雲』を扱った図書を読み、はぐれ雲に興味を持ちました。ただし、同作は1990年代を描いた話であったので、当時と現在とでは時代の雰囲気が異なるのではないかとも思いました。そこで実際に富山の「はぐれ雲 」に伺い、「はぐれ雲」の実情を自分の目で見てみることにしました。

「はぐれ雲」の施設長の川又直氏や入居者の子どもたちと話しているうちに、いまの「はぐれ雲」を題材に映画にするべきではないかと思い、オリジナルの作品として脚本を北川亜矢子氏と執筆することにしました。当時の取材や調べたことは、作品作りにもだいぶ反映されています。たとえば、入居者の子どもたちがケンカをするシーンがあるのですが、子どもが自身の思いをうまく伝えられない葛藤から怒りにつながってしまう実態を見て反映したものですね。

農業・四季がもつ「映画らしさ」

MURC:「もみの家」でも、「はぐれ雲」でも農業を通じて、子どもたちの自立を促していると思いますが、どのようなところが、自立支援のポイントになっているのでしょうか。

坂本監督:川又直氏によると、不登校や引きこもりの子どもが自立していくうえでは、まず自室から出ることがよいと聞きました。朝起きて、散歩する、農作業をすること、これらの一連の活動を日常の当たり前になる、「日課」が必要なのだと、話を聞いて感じました。

また、映画という観点からみても、農業は自分で育てたものを食べるという考え方であるし、作品の中でも人の「生き死に」をテーマにしており、その点がリンクすることも映画的だと感じています。作品づくりにあたっては、「リトル・フォレスト 夏/秋 冬/春」(森淳一監督)も参考にしています。同作は女性が家を買って自給自足する作品で、テーマは「もみの家」とだいぶ異なりますが、四季を表現することの魅力を感じました。「もみの家」でも、春夏秋冬の4つの季節に分けて撮影しています。

生き死にを季節と関連付けながら描くにあたって気をつけたのは、どうしてもシーンとシーンの間で時間が飛んでしまうところです。この作品は「心の変化」を丁寧に描き出すことが重要だと思い、心の変化の移り変わりを繊細に芝居にしていく必要があると感じながら作品作りを進めてきました。季節の移り変わりによって、時間が解決しているように観客に誤解されないように、脚本もだいぶ工夫しています。

描きたい子ども像

MURC:確かに農業は非常に手間もかかりますし、季節ごとに変わりゆく姿があり、「日課」にすると学びが多そうですね。出演者の心の繊細な移り変わりとともに、富山の四季を楽しめる作品だったと感じています。こうした世界観のなかで、どのように子どもを描きたかったのでしょうか?

坂本監督:20歳のころ、私が映画監督になりたいと思ったきっかけは、「スワロウテイル」(岩井俊二監督)という作品でした。そして映画は、映し出すシーン中の部屋の気温・体温を感じさせる力があり、ひとつの作品で人生まで変えてしまうようなエネルギーがあると思っています。映画で進路を変えようと思った原体験もあって、私は社会性のある映画や、気づきのあり、勇気や希望を与えるような映画を作りたいと思っています。

先ほど紹介した「十五才 学校IV」は、不登校の15歳の子どもが屋久杉を見るためにヒッチハイクをする映画です。この作品を15歳で観た私は、ヒッチハイクをして屋久島に行きたいと思いましたが、実際のところ環境がなかなか許さず、実現することはできませんでした。当時、不登校になる勇気もなかった自分自身からすると、不登校の少年が「かっこよく」映っていました。普通に学校生活を送っていたら経験できないことを、「なんかいいなぁ」、「こうなりたいなあ」と思える子どもを描きたい、と思いながら「もみの家」を制作しました。

映画作品を通じて伝えたい「不登校」

MURC:先ほど時間が飛んでしまう、という話もありましたが、映画が持つドラマ、そしてエンターテイメントとしての役割と、実際の不登校支援で起きるリアルの間で、どのようなストーリーにするのかは悩ましいところだったと思いますが、いかがでしたか。

坂本監督:ラストシーンの描き方も、何が正解か難しく、北川氏とも一緒に悩みながら、かなり相談して作り上げました。たしかに、「学校が全てではない」というのも一般論として良く聞きますし、本作でもキーワードとして入れてはいますが、どうあるべきかはかなり悩ましいですよね。本作の結論については、学校の関係者にインタビューしても、映画出演者にも賛否両論がありましたが、本作では、「唯一の解を示す」というよりは、「こういう子もいて、こういう道があるよ」ということを、子どもたちにとって一つの参考として伝えられたらと思っています。そして、本作を通じて、人がどうやって生まれ、どうやって死ぬか、といういのちの時間、流れを考えるきっかけになれば良いともおもっています。

ドラマとリアルの間のジレンマについては、撮影している最中にも考えることがありました。実際の不登校支援の現場は、「もっとしんどいかも・・・」と思うこともありましたが、同時に明るい部分もあります。不登校は、子どもたちによって程度がいろいろあり、中には「親と仲良くなれなくて」というきっかけで施設に入所する子どもたちもおり、施設では明るく過ごしている子もいます。ですので、本作では、不登校の暗い側面だけを描くべきではないと判断しました。

MURC:実際のところ、不登校になる理由や、きっかけとなった問題の捉え方は子どもそれぞれで様々なのでしょうね。こうした不登校支援の在り方をドラマでありつつも、リアリティもある作品として仕上げていくことで、作品のもつ温度感を感じることができるのかなと感じました。

「もみの家」公式ウエブサイト

近藤監督の「もみの家」はAmazon Prime Videoの動画配信サービスやDVDも販売されています。ぜひ、本記事をご覧になった方にも観ていただければと思います。

作品写真
作品写真

インタビュアーによる振り返り

私たちシンクタンク研究員は、調査研究して、社会現象を文章にして整理して発信する仕事です。一方で、映画も「実現の手段」と「その影響の仕方」において大きく異なりますが、調査研究をして、その成果を可能な限り精緻に表現するという行為においては、多くの共通点もあります。今回の取材記事は、シンクタンク研究員として映画から学ぶところは大きいとも感じており、特集するに至りました。前作(「フィクションだけど生々しい。映画がいじめと「向き合う視点」を拡げる」)もぜひご覧ください。

また、坂本監督は、大学在学中にバスケットボールで活動されていたときに、「スワロウテイル」がきっかけで映画監督の道を目指すようになり、アクティブに活動を続けて実現していく姿にも引き込まれました。お話ししているこちらもポジティブな気持ちになりました。坂本監督、お忙しいところお時間いただきまして、ありがとうございました!


文部科学省「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」より

ブーカと読む。Volatility[変動性]・Uncertainty[不確実性]・Complexity[複雑性]・Ambiguity[曖昧性]の頭文字をとった略語

はぐれ雲ウェブサイト

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