地域らしさの発信に重きを置いた小規模・零細MICEの可能性MICEの裾野拡大に向けた「ユニークベニュー」の再定義(4)
第3部までに見てきた通り、わが国のMICE誘致は、主として大規模な国際MICEをターゲットとし、「グローバルMICE都市」として位置づけた12の大都市に資源を集中することで戦略的に行われてきた。そこで、グローバルMICE都市やそれに準じるような都市を除けば、別の文脈に基づいた地域「らしいMICE」を考えることについて、提言したところである。
ここまでの状況整理を受けて、本稿(第4部)は、地域らしいMICEについて考えるなかで、わが国が大規模な国際MICEを誘致する際の強力な武器としてとらえられてきた「ユニークベニュー」を、地域が小規模なMICEを開催、誘致するために再定義し、課題を解決する武器とすることを検討する。
1.コロナショックで進むMICEの小規模化と地方展開
(1)MICEの小規模化
令和2(2020)年以降、新型コロナウイルスの感染拡大防止の観点から、わが国でも国際MICEの開催は困難となっている。また、コロナショック以前から、オープン、大人数の「国際会議」や「展示会・見本市」に比べて、クローズド、少人数の「企業会議」や「報奨・研修旅行」の比率が高まっていたが、新しい生活様式の下では、クローズド、少人数を好む傾向は一層強くなっている。また、ビジネスシーンにおけるオンライン化の急速な進展は、MICEの小規模化に対する影響が特に大きいと考えられる。
実際、コロナショックが長期化した令和3(2021)年度以降、各地でMICE開催に対する補助金・助成金制度に対する人数規模要件の見直しが図られはじめている。例えば横浜市では「安全・安心な横浜MICE開催支援助成金」における参加者数要件を、50名以上から令和3年度は30名以上へ引き下げた。今後、他の地域でも、参加者数50人未満のMICE1に対する注目度が高まっていくだろう。
【コラム:「小規模MICE」の想定と地域での対応可能性】
ここまで大規模、小規模といった言葉を特に定義せずに用いてきたが、MICEにおける「大規模」「小規模」は相対的なものであって、特に定義があるわけではない。そのようななかで、京都市では「小規模MICE開催支援助成金」において、小規模MICEの参加者要件を50~199名とし、「京都らしいMICE開催支援補助制度」では、参加者要件を30名以上としている。そのほか、平成29(2017)年度に観光庁が実施した「ユニークベニュー支援事業2」においても、参加者50人以上のMICEを支援対象としていたことをふまえても、参加者50名以上というラインが、地域が誘致対象として想定してきた「小規模MICE」の目安と考えられる。
ただし、京都市はグローバルMICE都市の一角であり、一般にはこれでもまだ規模が大きいと感じるかもしれない。
現時点でMICE誘致戦略を構築している都市は、わが国に数えるほどしかないが、その一つである東京都大田区は、戦略検討段階において区内の会議室数を規模別に調査している3。その結果、区内で最も多いのは21~40席、次いで20席以下であり、あわせてみると40席以下の会議室で過半数を占めていた。東京の玄関口である羽田空港を擁し、東京駅・品川駅、さらには横浜駅等への交通の便もよく、相応の都市機能集積もあると考えられる大田区であっても「小規模MICE」ですら受入可能な会場が限られていることになる。
現時点では、感染症対策の観点から座席間を空ける等の措置を施すことが増えており、実効面ではこの半数程度の人数でしか会議室を利用できなくなっている可能性もある。
(2)MICEの地方展開(Going Local)
MICEの小規模化は、これまで施設面やノウハウ面等からMICE誘致を難しいと考えていた地方都市におけるMICEの展開に繋がるのではないか。
課題はあるものの、コロナショック以前から、MICE関係者の間では「Going Local」という言葉で表されていたように、地方都市での会議開催を推進する動きは強まっていた。マイクロツーリズム4が提言されるなど、日常生活圏を越えた移動、特に大都市圏と地方圏の間での移動に対する社会的圧力が強まったこともあり、広域交通網を中心に減便等の影響がみられている。感染症が収束したとしても、当面はそれらの影響は残ると考えられ、コロナショック以前に比べると、MICEの近隣化、小規模化が進むと考えられる。考え方を変えると、地域にとってはMICE誘致を捉え直す、大きな機会(チャンス)が訪れていることになる。
2.地域におけるMICE誘致での「ユニークベニュー」の活用方策
(1)プチMICEの戦略的なターゲット化
これらの点もふまえ、当社では「小規模MICE」よりもさらに規模の小さなMICEへの注目が今後は高まっていくと予測し、令和2(2020)年の時点で、地域におけるプチMICEの振興を提言5した。新しい日常下においては、集合する人数が少なく、遠隔地からの集客も少ないプチMICEは、感染リスクが低いと判断されやすく、比較的早く需要が回復することも期待される。国際MICEの誘致活動を再開する旨が観光庁から発表されたが、一般的な地域では、独自の戦略に基づいて、地域らしさを体現したテーマ性のある小規模MICEやプチMICEを積極的に取り込んでいくことで、国の戦略であるグローバルMICE都市等による国際MICEの誘致との棲み分けも成立し、わが国におけるMICEそのものの裾野が広がると考えられる。
(2)プチMICE誘致に向けた「ユニークベニュー」の再定義
では、同じく国が推進している「ユニークベニュー」は、地域におけるMICE誘致戦術としては活用できないのだろうか。国際MICEを念頭におくと、「ユニークベニュー」は外国人目線でみた場合に好評価されやすいものが、有力な対象として挙げられる傾向が強くなる。これはあらゆる地域に所在する資源ではないことから、地域レベルでは「ユニークベニュー」の活用も困難と認識されていることが多くなっていた。
しかし、近隣型MICEであれば、「ユニークベニュー」が参加者に与える特別感について、異なるコンテクストから考えることもできるだろう。また、参加者が多く、大勢が納得するような普遍的な価値、圧倒的な価値が求められる大規模MICEとは異なり、プチMICEの規模であれば集団としての同質性も高く、「企業会議」等のクローズドな会では開催地を選定する主催者と参加者の関係性も濃いことが多いために、「尖った」コンセプトの「ユニークベニュー」も受け入れられやすいと考えられる。そのため、地域でのMICE誘致にかかる「ユニークベニュー」戦術としては、必ずしも国際的、普遍的、圧倒的な価値を示すものでなくても、より強く、地域のアイデンティティを示す空間を打ち出していくことも考えられる。
これまで取り上げられていた「ユニークベニュー」は、都市外から訪れる人々(MICE主催者、参加者)から見た対外的な価値を武器として、国際MICEの誘致で重要な役割を担うものとなっていた。一方で、プチMICEの誘致においては、地域内で受け入れる人々(施設運営者や地域住民など)側の視点に立って、地域が大切にしている物語や雰囲気、空間などの価値を重視し、それらを伝える手段として提示していくこともできるのではないか。方向性としては、対外的な地域イメージの発信と、地域の大切な空間やアイデンティティをメッセージとして提示することによる共感者(ファン)の増加があるだろう。
図表 地域におけるMICE誘致での「ユニークベニュー」の再定義
再定義の視点 | ユニークベニューの性質 |
---|---|
地域イメージの発信 | ユニークベニューを通じて、地域固有のイメージを発信し、参加者により深く地域イメージを体感していただくことで、地域イメージの強化に結び付ける。 |
地域の大切な空間、アイデンティティ | 地域の人々にとって大切な空間をユニークベニューと捉えて活用し、その良さを分かち合える共感者を見つけることで、価値の再認識やコミュニティの拡大に結び付ける。 |
MICEという耳慣れない言葉から、われわれはどうしてもただ事ではないイベントを想像してしまう。そのために、どうしても自分事として考えられなくなっていることが、地域がMICE誘致に取り組む上での課題をつくり出してしまっているのではないだろうか。しかし、プチMICEの規模は、職場で言えば一つのセクション、学校で言えば一つのクラス程度のものである。あまり語られないが、企業研修や同窓会等は、われわれに身近な「MICE」である。それらの担当や幹事をMICE主催者で、参加者はMICE参加者ととらえると、イメージもわきやすいだろう。例えば、同窓会幹事の立場で考えると、ともに過ごした学校の教室や、一緒にボールを追いかけたグラウンド等は「ユニークベニュー」といえるだろう。それらの価値は国際的だったり、圧倒的だったり、普遍的だったりはしないかもしれないが、参加者にとってはかけがいのないものであり、幹事としてのメッセージ性も込めやすい。地域における「ユニークベニュー」の検討は、そういったささやかだが、メッセージ性が強固な空間を見直す機会となる。
- 小規模より小さいことから、零細MICEとでも呼ぶべきだが、本稿では「プチMICE」と称している。
- 観光庁「MICEの誘致拡大に向けたユニークベニュー活用促進事業」
- 令和元年度大田区MICE推進会議資料4「大田区MICE資源の特徴」(令和元年7月)
- MURC観光セミナー「地域観光振興のヒント2020」”観光まちづくりを支える個人間交流”(令和2年7月30日)
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