地域で盛り上がるゼロエミッションへの動き

2022/10/03 川島 一真
気候変動
脱炭素
排出量
カーボンニュートラル
エネルギー

1. 急速に増加するゼロカーボンシティ

2020年10月に菅前総理が2050年カーボンニュートラル目標を宣言した後、日本においてもカーボンニュートラルに向け社会が一気に動き始めた。国の政策が加速したのは当然のこととして、地方自治体においてもゼロエミッションを達成するための取り組みが進み始めた。環境省では、2050年に二酸化炭素(CO2)を実質ゼロにすることを目指す旨を首長自らまたは自治体として公表した自治体を2050年ゼロカーボンシティ表明自治体としてカウントしているが、国の2050年カーボンニュートラル宣言後に急増した。2022年8月末時点で766自治体(42都道府県、450市、20特別区、216町、38村)が表明し、その人口は1億1,853万人(都道府県と市町村の重複は排除)と1億人を超えている(図1)。つまり、人口で日本の大部分を占める自治体が2050年ゼロカーボンシティを表明していることになる。

 

図 2050年ゼロカーボンシティを宣言した自治体人口と自治体数の推移

図 1 2050年ゼロカーボンシティを宣言した自治体人口と自治体数の推移
※2022年8月31日時点

(出典)「地方公共団体における2050年二酸化炭素排出実質ゼロ表明の状況 ウェブサイト1」(環境省)

2. 国の地域脱炭素施策

政府全体の方針をリードする内閣官房では国・地方脱炭素実現会議を開催し、国と地方の協働・共創による地域の2050年脱炭素社会実現に向けた「地域脱炭素ロードマップ」を2021年6月に策定した。「地域脱炭素ロードマップ」では、2030年度までに少なくとも100か所の脱炭素先行地域をつくり、全国各地で重点対策を実行することで、全国で脱炭素ドミノを起こし2050年度を待たずに全国で脱炭素を達成することを目指している(図2)。

図 地域脱炭素ロードマップの全体像

図 2 地域脱炭素ロードマップの全体像

(出典)「地域脱炭素ロードマップ(概要)2」(内閣官房)

また、「地域脱炭素ロードマップ」では脱炭素のための8つの重点施策、及びその重点施策を実現するための基盤的施策を行うこととしている(図3)。3つの基盤施策は社会インフラやライフスタイルなど社会のベースを脱炭素社会向けに根本的に変革していくことを目指し、その基盤の上で8つの重点施策において再生可能エネルギー(再エネ)・省エネルギー(省エネ)などを進めていく方針である。

図 地域脱炭素ロードマップの施策

図 3 地域脱炭素ロードマップの施策

(出典)「地域脱炭素ロードマップ(概要)」(内閣官房)から三菱UFJリサーチ&コンサルティング(MURC)作成

「地域脱炭素ロードマップ」の策定を受け、脱炭素先行地域の実務を担う環境省では第1回の対象地域募集を2022年1月から行い、2022年4月に26地域を選定した。選定された地域は表1の通りである。

表 1 脱炭素先行地域(第1回)の選定地域

選定された地域
石狩市、上士幌町、鹿追町、東松島市、秋田県、大潟村、さいたま市、横浜市、川崎市、佐渡市、松本市、静岡市、名古屋市、米原市、堺市、姫路市、尼崎市、淡路市、米子市、邑南町、真庭市、西粟倉村、梼原町、北九州市、球磨村、知名町

(出典)「脱炭素先行地域選定結果(第1回)について3」(環境省)からMURC作成

選定された地域は、「2030年度までに民生部門(家庭部門及び業務その他部門)の電力消費に伴うCO2排出実質ゼロを実現するとともに、運輸部門や熱利用等も含めてそのほかの温室効果ガス排出削減についても、わが国全体の2030年度目標と整合する削減を地域特性に応じて実現する」こととされており、国民の生活に直結する民生部門を中心に脱炭素化を進めていくことになる。環境省は選定された地域を地域脱炭素移行・再エネ推進交付金(脱炭素先行地域づくり事業)を通じて支援していくことになる(単年度ではなく複数年度にわたり支援予定)。交付金の支援対象は再エネ・省エネ等の設備導入、及び設備導入の効果を高めるソフト事業であり、設備導入がメインとなるが、特に再エネの設備導入は必須であり、再エネ設備の導入拡大が本事業の核となっていることがわかる。

地域脱炭素移行・再エネ推進交付金は、脱炭素先行地域を対象としたものとその他の地域でも応募できるものを合わせ200億円の予算が単年度で付いており、政府・環境省の本気度が感じられる。第1回募集には79計画の応募があり26地域が選定されたが、自治体や企業からの注目度は非常に高く、2022年7月26日から8月26日まで行われた第2回募集でも多くの応募があったものと考えられる。

なお、環境省では従来から地域循環共生圏にも力を入れている。こちらはローカルSDGs(持続可能な開発目標)の達成を目指し地域が自立・分散的な社会づくりに取り組むことにより環境・経済・社会の統合的向上を図るもので、環境省は全国各地における地域循環共生圏づくりに対し支援を行っている。脱炭素先行地域と地域循環共生圏がお互いに切磋琢磨しながら将来的な脱炭素をできるだけ早期に実現していくことが望まれる。

3. 地方自治体のゼロエミッション計画策定とその課題

自治体は「地球温暖化対策の推進に関する法律」に基づき地方公共団体実行計画を策定することとされている。地方公共団体実行計画には、自治体の事務や事業の温室効果ガス削減を目指した事務事業編と、自治体の地域全体での温室効果ガス削減を目指した区域施策編が存在する。後者の区域施策編が地域における温室効果ガス削減計画となり、2021年10月時点で策定義務がある都道府県、政令指定都市、中核市及び施行時特例市は策定率100%となっているが、努力義務となっているその他の市区町村では26%に止まっており、小さな規模の自治体で策定が進んでいないことがわかる4。しかし、前述のようにゼロカーボンシティを表明する自治体が増えていることから、その実現のための計画として地方公共団体実行計画を策定する自治体が今後増えていくことが予想される。また、目標年度を2030年度から2050年度に延長した上で、目標もゼロエミッションに深掘りする自治体も急速に増えていくであろう。

エネルギー起源CO2を削減するには、(1)省エネルギーによるエネルギー消費量の削減、(2)再エネの導入などによる電力や燃料の低炭素化、(3)燃料消費から電力消費への利用エネルギーの転換(電化)の3つが基本である。これは国でも自治体でも同じであり、自治体においても基本的な緩和対策は再エネ・省エネ、加えて電化となる。ただ一口に再エネ・省エネ対策と言っても自治体単体では対応が難しい問題も存在する。例えば省エネでは、そもそも地域のエネルギー消費量・消費構造が正確に把握できないという問題がある。特に中小企業の実態把握は国においても苦労しているところである。再エネでは、地域の特徴・制約で再エネ導入量を増やしたくても増やせない地域が存在する一方で、需要を上回るほどの再エネポテンシャルを有する地域も存在するなど、地域偏在性の問題が挙げられる。

また、排出されるCO2がゼロにならない場合にはネガティブエミッション技術(NETs)を用いることが予想されるが、例えばCCS(CO2の回収・貯留:Carbon dioxide Capture and Storage)で地中・海底にCO2を貯留できる地域は限られていることから、再エネ同様に地域偏在性の問題が生じる可能性があるし、そもそもコストが高いため導入が難しい自治体も存在するであろう。

なお、ゼロエミッション達成のためには、エネルギー起源CO2だけではなくその他の温室効果ガスも減らす必要がある。特に都市部より農業が盛んな地方部では農業の稲作、畜産、窒素施肥等からのメタン(CH4)・亜酸化窒素(N2O)を削減する必要があるが、農業活動自体の制限は現実的ではないし、望ましい方向でもない。このため、地域によってはCH4・N2O削減対策をエネルギー起源CO2並みに計画に盛り込み進めていくことが求められる。

4. 連携により課題解決へ

上記のような課題の解決は単独の自治体では難しいため、国は当然のこととして、他の自治体や企業、大学などとも協力して取り組んでいくことが必要となろう。例えば地域のエネルギー消費量の正確な把握には、従来のような国・都道府県のエネルギー消費量を何らかの指標で按分して推計する方法ではなく、エネルギー消費量の計測・分析を行うことができる企業や大学と組んで地域のエネルギー消費量に関するビッグデータを従来の統計調査票による調査ではなく直接計測・収集し(または検針票を活用し)、それを分析することが考えられる。地域における企業や家庭での省エネ・CO2削減行動は全国値の按分では数字に表れてこないため、直接的なミクロデータの収集は削減対策の反映という点でも有効な手段になる。既にNECやパナソニックのような企業と自治体が組んでスマートシティの取り組みを進めており、実態把握だけではなくエネルギー需給の改善による脱炭素化を目指している5,6

再エネについてはエネルギー大消費地と地方との連携が考えられる。再エネ電力を作りたくても作れない大都市と再エネ電力を外部に出す余裕を持つ電源地域のニーズをマッチする取り組みである。例えば横浜市では、再エネ資源を豊富に有する東北地方の13市町村と2019年に連携協定を結び、現在東北地方で発電した再エネ電力を横浜市内に供給する実証事業を進めているところである。2022年5月現在で24事業者に再エネ電力を供給している。地方公共団体実行計画は基本的に単一の地域で策定されるものであるため、このような連携をどのように計画や実際のCO2排出量算定に反映するかという課題はあるが、再エネの地域偏在性を解決する一つの手段として期待される。

図 横浜市の再エネ実証事業のイメージ

図 4 横浜市の再エネ実証事業のイメージ図

(出典)「東北の再エネ発電由来電気の市内供給に関する実証事業 ウェブサイト7」(横浜市)

農業分野のCH4・N2O削減対策については、研究機関、大学、企業等で研究が進められており、水田からのCH4排出を削減する中干し期間延長などのように政府の地球温暖化対策計画に対策として取り上げられている技術や、牛のゲップからのCH4排出を抑制する餌の添加資材、家畜排せつ物からのN2O排出を削減するアミノ酸バランス改善飼料などの新しい製品・技術も出てきている。これらの製品・技術に対し、自治体が実証調査のフィールドとして協力することや積極的に普及支援していく試みも、農業分野からの排出を削減するためには今後有効となってくるであろう。

2022年5月に地球温暖化対策推進法改正法案が可決・成立したことで、脱炭素化事業に資金支援を行う株式会社脱炭素化支援機構が設立されることになった。10月中の設立を目指し環境省では準備室を立ち上げ準備を進めているところであり、現在産官学問わず幅広く資金供給ニーズに関し情報を求めている8。地域のゼロエミッションを実現するためには上記のようにさまざまな主体が連携してあらゆる対策・施策を動員する必要があるが、多額の費用が必要となる。脱炭素化支援機構はその受け皿の役割を果たすと期待されており、自治体も企業等と連携し積極的に活用していくことが望まれる。

※本稿は三菱UFJ銀行会員制情報サイト「MUFG BizBuddy」2022年7月14日付に掲載したものを一部改編したものです。


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