中小・ベンチャー企業におけるデザイン経営経営・事業をリデザインする考え方に注目を

2022/10/27 萩原 達雄
変化を捉える【経営・業務】

将来価値を実現させるために思考方法をあらためる。

「デザイン経営」とは

アフターコロナへの対応のみならず、SDGs、脱炭素(カーボンニュートラル)やGX(グリーン・トランスフォーメーション)、DX(デジタル・トランスフォーメーション)への対応など、我々のビジネスにおいてこれまでの発想に縛られない変容が求められている。

「将来的に顧客の共感を得られる価値」とは何か、その価値をどのようにして顧客まで届けるのか、届ける価値を自社の成長にどのように活かしていくのか、これらの課題についてあらためて検討することが求められている。

そうしたなか、社会環境の変化やそれに伴う変容の要請を受け、顧客目線に立つための思考スキルや行動特性がメソッドとして体系化された「デザイン思考」に基づく経営手法(ここでは『デザイン経営』と称する)が注目され、多様な企業に浸透しつつある。自社事業を「再設計(リデザイン)」する動きが活発化しているのである。

なお、この「デザイン」が意味することは、色・形状等に関するアウトプット(モノのデザイン)だけでなく、一連のサービスの設計(コトのデザイン)も含まれることに留意されたい。

注目される理由

デザイン思考は、歴史的にデザイン(設計)業務の領域で蓄積・発展されてきたノウハウであり、観察、問題定義、解決策の創造、アウトプット(試作・テスト)といった活動を連続して運用することで、製品やサービスの企画・開発の在り方を改善する思考方法である。1

なかでも、潜在する顧客ニーズに対して新製品・新サービスを発案する際、暗中模索の状況を打破し取り組みの成功確率を高めることが求められており、デザイン思考にはその効用があるとされる。

その理由の1つとして、デザイン思考の重要な活動要素である「観察」という行為が挙げられる。イノベーションに貢献するデザイナーは、ユーザーの「観察」に秀でるとされ、現在の顧客に迎合する(表面的なニーズの察知にとどまる)のではなく、ユーザーの深層心理に触れて将来的に提供が望まれる価値を設計できるとされるからである。

実践が進むデザイン経営

昨今、デザイン思考を実行して提供価値の再設計や具体化に取り組み、事業成長を実現させた企業が注目されている。また、背景には、デザイン思考流の企画・開発に加え、もう1つ成功要因があるという各種調査がある。

それは、対内的・対外的に「共感」を発生させる仕組みをつくり、企業文化と自社ブランドの醸成を実現していることである。企画・開発の領域に加えて、組織づくり、販売・広告などの幅広い企業活動に連動させていることも注目すべきと考える。

具体事例をもとに掘り下げる

デザイン思考のメソッドを内包した経営を改善するパッケージとして「デザイン経営」の考え方が提唱されている。これは全ての規模・業種の企業で採用可能なものとして、デザイン思考を企画・開発にとどまらず、企業経営の改善にまでつなげる一連の経営改善策として捉えることができる。

市場を丁寧に「観察」し、市場の「共感」を得るべく、経営や事業を「設計」する行為を「デザイン経営」と捉え、実践段階へと加速するこの動きについて、企業の規模や業種を問わず注目いただきたく本稿を執筆することとした。2

国や自治体等の公的な支援施策も講じられ、また、経営コンサルティングの手法としても広まり認知されつつあるデザイン経営について、具体的な先行事例や関連政策を紹介しつつ、実践上の留意点について取り上げてみたい。

国や自治体等による支援制度も充実

デザイン経営支援の起点

1960年頃から続く国のデザイン政策の直近の動きとして、経済産業省・特許庁は2018年に「『デザイン経営』宣言」を公表。3デザイン経営を推進するさまざまな施策が全国各地で展開されている。

デザイン経営の取り組み実態へと迫るにあたり、国の関連施策や自治体等における支援施策の動向を紹介したい。

国による取り組みの一例

国レベルでは、経済産業省の各経済産業局において、実践を支援する取り組みが推進されている。そのいくつかを紹介する。

中部地域においては、中部経済産業局が推進する「デザインコレクティブ東海」事業が実施されており、デザイン経営に取り組んだ経営者やデザインプロデューサーによるトークセッション、ワークショップが開催された。4また、「中部地域におけるデザイン経営促進支援事業」では、希望する中小企業を対象に、デザインプロデューサーによる企業訪問・個別指導が行われた。

近畿地域においても「関西デザイン経営推進事業」が展開されている。5こちらも、中部地域と同様に、地域企業の活性化・知的財産の創出等を進めるために、デザイン経営の支援経験を有するデザインディレクター等によるハンズオン支援を行うものとなっている。本年度も、6社に対してデザイン経営の導入支援を行い、2社に対してデザイン経営を用いた共創による新製品開発支援を予定している。

九州地域においては、九州経済産業局が「変化に対応するデザイン経営」をテーマに、「GX・DX」等の社会変化を踏まえたイノベーションの創出支援、企業間連携創出の場として、「九州デザイン経営ゼミ2022」を開講している。6

自治体等による取り組みの一例

自治体においても実践を支援する取り組みが推進されている。そのいくつかを紹介する。

公益財団法人東京都中小企業振興公社では、令和2年度より、「デザイン経営支援事業」を実施している。7企業のデザイン力(市場ニーズを適切に捉え、必要な製品・体験を考案する能力)の向上を通じて、新たな製品やサービスを生み出すことができる「デザイン経営」実践企業への支援を強化していくとしている。

愛知県では、愛知県デザイン経営活用促進事業の一環として、デザイン経営の導入を支援するためのパンフレットを作成し公開している。8本事業において実施したセミナーやワークショップ等の内容を再構成し、県内中小企業に向けて、「デザイン経営」導入のメリットやポイントなどを分かりやすくまとめたものとなっている。

名古屋市が進める「FUXION」事業では、経営人材(ものづくりスタートアップほか)と、デザイン人材(デザイナーやデザイン系学生)の協働による事業創出を目指している。9研修・実践・支援のプログラムから構成され、企業はデザイン経営の導入を段階的に進めることができる社会人だけでなく、未来を担う学生も含めた事業である点が特徴となっている。

和歌山県が進める「デザイン経営価値共創支援業務」では、県内中小企業にはデザイン力を有する人材やデザインを生み出す土壌がないという地域課題に対して、経営資源が限られる中小企業の付加価値を創出するために「デザイン経営」の手法を用いて、県内中小企業の企業価値・商品価値の向上、売上増加を図るための事業を実施するとしている。10具体的には、県内企業がビジョンを更新し、コンセプトやロゴ、新商品開発などをデザインの力で一貫性をもって構築することで、魅力・価値を向上させ、その企業あるいは商品のファンを増やす取り組みを支援している。

それぞれの取り組みが目指す先

国や自治体等による取り組みは、外部専門家の活用を前提に制度設計がなされている。デザイン経営に関心はあるが具体的な実践方法がわからない企業にとって、外部の知恵を活かしつつ取り組みを前進できる利点を持ちあわせた制度となっている。

企業における事業の「再設計」が求められる昨今、デザイン経営は企画・開発・販売・顧客コミュニケーション・組織づくり等を一体的に改善していくものであり、経営者が抱える複合的な経営課題の解決策となる可能性がある。

その実践に向けた第一歩としては、今回紹介した国や自治体等の事業をはじめ、地域の支援機関・専門家の有効な活用方法について「まず知る」ことから取り組むことを推奨したい(詳細内容や取り組み事例は各事業のホームページより確認可)。

具体的な試行にあたって

デザイン経営の実践を支える「ツール」を紹介する。

知名度の高いツールとして「スタンフォード流 デザイン思考を実践するヒトの38の技法(スタンフォード大学d.school、柏野尊徳監訳、2018年)」11が挙げられる。「観察」に関連する技法としては、顧客に親身になることを追究するためのものとして、顧客と同じ体験・目線・気持ちに没入する思考ツールやその考え方等が紹介されている。このような個々の行動・アクションを補助するツールに加えて、デザイン経営の神髄である「観察」と「共感」の領域のアクションを一体的に検討できるツールの活用が、実効性を高める上では重要になる。

過年度、異業種展開に挑むものづくり企業に対するデザイン経営支援の場に同席する機会を、弊社受託事業の実施において得ることがあった。経営者から現場担当者までチーム全員が同じデザイン思考のフォーマット(ここで言うツール)で議論を進めたが、ツールが有効に機能し、同一商材に対する複数の顧客の異なる深層ニーズに気付くことができた(観察)。それと同時に、社内メンバーの商材に対するこだわりや願いといった意識下にあるものが表出するという体験に至った(対内的共感)。取り組みの結果、商材開発と情報発信のタスク整理が連動して進んだ(対外的共感)。これらの成果より、企業の新たな挑戦を支える活動において、デザイン経営やそのツールが有用であると実感することができた。

社会変容に対応する中小・ベンチャー企業におけるリデザインのススメ

デザイン経営の試行にあたり、前述したツールの運用方法も含め、デザイン経営の実践上のヒントや留意点について触れておきたい。

(1) 顧客ではなく個客を観察する

観察対象を、顧客(総体)ではなく個客(個体)まで絞り込み、その個客に提供したい・伝えたい価値をより明確なものにすることが重要である。マーケティングで用いられる『ペルソナ』を可能な限り細分化させる考え方を採用するということである。

前述したツールを活用しつつ、ターゲットとする個客を適切に絞り込み、どのような製品・サービスが個客からの真の共感につながるのかといった視点で事業を再設計していくのである。その後、個客の概念を必要に応じて相対である顧客まで拡げる作業を進めていくとよい。そうすることで、エッジの効いた事業となり、市場からの共感を得ることにつながる。

(2) 成功体験より成長体験を重視する

成功体験は結果が伴わない限り社員とは共有できないと筆者は考える。経営者や先輩社員が自信の成功体験を強調しても、後輩社員にはその体験がないため自ら腹落ちさせることはできないのである。そこで、過程の段階から成長体験を共有することを重視してデザイン経営に取り組んでもらいたいと考える。

デザイン経営では、「観察」と「共感」を常に意識し、行動から反省点・改善点を得て次につなげ、成長を社員と共有し共感を高めていくことになる。また、この考え方は、個別事業のみだけではなく、企業経営の全体レベルでも当てはめて実践することが求められる。それは全社での共通化につながる。

(3) 価値形成活動の基盤をつくる

自社ブランドや文化の醸成は一朝一夕で成せるものではない。この点は、多くのデザイナーやブランド専門家が共通して説明する普遍的な考え方である。デザイン経営に関する個別の取り組みを通じ、社内のみならず、関係者間で事業方針等を共有することが重要となる。

関係者の意識付けや自社を中心とした活動の継続性を確保するためには、共通するツールを用いつつシンプルな仕組みをもって運用を継続していくことが不可欠であり、観察と共感のための基盤を確立することを意識して取り組んでいただきたい。

(4) 社内外の資源をフル活用する

デザイン経営の実践にあたり、専門家や支援者といった外部資源を賢く活用することが社内人材の成長を促すうえで重要である。経営者が単独で取り組んでいないことが成功企業の多くに共通する。社内人材とデザイナー等の外部人材との協働を通じ、高いレベルで観察・共感に取り組む過程を重視していることも成功企業に該当する。

社会環境の変化を受け組織や事業の変容が求められる現在、自社の将来価値をあらためて紡ぐためには、今後、デザイン経営を意識した活動が必須になっていくと考える。ただし、紡ぎ方に唯一解があるわけではない。将来顧客から共感を得られる価値とは何か、その価値をどう届ける組織となるのか、変容のきっかけとしてデザイン経営の着手を位置づけることを考えていただきたいのである。

結びにかえて

本稿では、中小・ベンチャー企業における経営をリデザインする考え方として「デザイン経営」の考え方やその実践に向けたポイントを整理した。

中小企業においては、新たな事業を創出する際や、事業承継に取り組む段階で有用である。また、ベンチャー企業においては、創業段階の想いを可視化させ、多くの共感を得ていく過程において有用と考える。デザイン経営に関する取り組みそのものが、企業等における組織的な無形資産となり、強みの源泉にもなると筆者は考える。

コロナ禍を経験した企業にあって、こうしたデザイン経営を導入しようと着想し実践している企業は少なくない。デザイン経営の考え方を自ら発想して実践している企業も存在するかもしれない。ただ、その変容は一朝一夕では現れないと筆者は考える。

是非、デザイン経営を「まず知る」ところから取りかかっていただきたい。


1 参考図書をもとに整理(これからのデザイン経営(永井一史、株式会社クロスメディア・パブリッシング、2021年)、デザイン経営の実行(小村典弘、現代書林、2019年)、デザイン思考が世界を変える〔アップデート版〕(ティム・ブラウン、小林敏生訳、早川書房、2019年)ほか)

2 本稿は、弊社が2021年9月に中部経済新聞に寄稿した「経営羅針盤 ~令和への挑戦~」『加速するデザイン経営』(著者 萩原達雄、林マリア、平川彰吾分筆)をもとに加筆して再構成したものである。

3 特許庁ホームページ 特許庁はデザイン経営を推進しています | 経済産業省 特許庁

4 中部経済産業局ホームページ Design Collective Tokai|中部経済産業局

5 近畿経済産業局ホームページ 「2022年度関西デザイン経営推進事業」に係る支援企業の公募について(近畿経済産業局)

6 九州経済産業局ホームページ 「九州デザイン経営ゼミ2022」の参加者を募集します

7 公益財団法人東京都中小企業振興公社ホームページ デザイン経営支援事業 | デザイン支援事業 | 東京都中小企業振興公社

8 愛知県科学技術課ホームページ 「デザイン経営」の導入を支援するためのパンフレットを作成しました! – あいちの知的財産戦略 – 愛知県

9 名古屋市 FUXIONホームページ  TOP – FUXION NAGOYA CREATIVE CROSSING

10 和歌山県企業振興課ホームページ 令和4年度デザイン経営価値共創支援業務委託にかかる公募型プロポーザルの実施について | 和歌山県

11 【無料教材】スタンフォード流 デザイン思考を実践する人の38の技法 – Design Thinking Bootleg –

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