1.日本で周産期を迎える外国人女性
日本で暮らす若年層(15~34歳)の外国人女性は、2022年末時点で約60万人おり、この人数は10年前の約4割増である(図表1)。
若年層の外国人女性を在留資格別に見ると、専門的・技術的分野(23.3%)が最も多く、次いで技能実習(19.9%)、留学(18.5%)である(図表2)。
(注)「専門的・技術的分野」は、教授、芸術、宗教、報道、高度専門職、経営・管理、法律・会計業務、医療、研究、教育、技術・人文知識・国際業務、企業内転勤、介護、興行、技能、特定技能の合計
国籍については、ベトナムが最も多く(30.6%)、次いで中国(25.0%)、フィリピン(8.2%)、ネパール(6.5%)が多い(図表3)。また、ベトナム人の若年層女性の40.7%は技能実習の在留資格である。
若年層外国人女性の人口の変化を在留資格別に見ると、10年前と比べて最も増加が多いのは、専門的・技術的分野(98,242人増)であり、次いで、技能実習(43,069人増)が多い(図表4)。
2.外国人の妊娠・出産に関する政策の現状と孤立出産の問題
若年層の外国人女性が増えている中、今後、日本で妊娠・出産する外国人女性が増加していくことが見込まれる。しかし、外国人の妊娠・出産支援については、現状として、各自治体や支援機関による個別の対応に任されている部分が大きい。
国が公表した「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策」(令和4年度改定)および「外国人との共生社会の実現に向けたロードマップ」では、ライフステージ・ライフサイクルに応じた支援体制の整備が掲げられている。また、総合的対応策に基づき、母子健康手帳の多言語化、市区町村による「利用者支援事業」の多言語対応の促進、地方公共団体に設置する「一元的相談窓口」における出産・子育てを含むさまざまな相談支援の実施なども進められてきた。しかし、外国人女性の妊娠・出産の実態把握や具体的な課題の整理、対応策の検討などは、まだ十分に行われていない状況にある。
このような中、近年メディアでも注目を集めているのが、技能実習生による孤立出産の事例である。特に2020年末には、自宅出産で生まれた子どもが必要な保護が与えられず死亡した事件や、死産した子どもを遺棄したとされる事件が相次ぎ、技能実習生の妊娠を事実上禁止する雇用者の存在や、技能実習生の社会的孤立といった問題が浮き彫りになった[ⅰ]。こうした悲惨な事件は、妊娠・出産支援が十分届いていない外国人が一定数いることを示唆している。
もちろん、孤立出産は外国人女性だけの問題ではない。日本人女性についても、パートナーや家族からサポートが受けられない中での妊娠など、妊娠に関する葛藤を抱え続けた結果、孤立出産に至るケースがあることが問題となっている。ただ、外国人女性の場合は、在留資格や言語の壁など、外国人特有の要因が大きく影響した結果、孤立出産に至るケースが多いという点で、日本人女性の状況とは異なる。
3.妊娠葛藤を抱える外国人女性の実態と支援の現状
当社は民間支援団体の「コムスタカ」[ⅱ](①)及び「ピッコラーレ」[ⅲ](②)に対し、妊娠葛藤を抱えた外国人女性への相談支援の現状について、インタビュー調査を実施した。その結果から、同団体がこれまでに支援した対象者の傾向や、支援において感じている課題について、図表5にまとめた。
図表 5 インタビュー調査の結果
団体の概要等 |
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団体名
(調査実施日/対応者) |
①任意団体コムスタカ―外国人と共に生きる会 (2022年11月4日/中島眞一郎代表) |
②認定NPO法人ピッコラーレ (2022年12月5日/松下清美理事、小野晴香事務局長) |
団体概要 |
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対応ケース規模 |
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団体における支援の現状・課題等※以下は、上記団体①②へのインタビュー調査結果から、主なポイントをまとめたもの。【】内は①②どちらの団体の発言内容に基づくかを示している。 |
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(1)妊娠葛藤を抱える外国人女性の属性
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(2)妊娠葛藤の経緯・背景
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(3)妊娠葛藤を抱える外国人女性が直面している困難
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(4)支援における工夫・心がけていること
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(5)支援における課題
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4.支援における課題と今後必要な施策
上記インタビュー結果を踏まえると、妊娠葛藤を抱える女性の中でも、外国人女性については、主に次のような特徴や支援の難しさがあるものと思われる。
- 外国人女性は、女性であることに加え、日本社会における外国人という地位の脆弱性もあいまって、SRHRがさらに制限され、予期せぬ妊娠のリスクが高まっている。
- 妊娠葛藤を抱える女性は、日本人でも外国人でも、周囲に知られたくないという理由でそもそも相談窓口に接触せず、支援につながらない傾向がある。外国人の場合はさらに、相談窓口を訪れた場合でも、言葉の壁により十分な相談ができず、結果として適切な支援につながらないことが多い。
- 外国人が抱える複合的な課題は、在留資格の問題と絡み合い、より複雑化していることも多いため、支援者が妊娠・出産支援のノウハウを有しているだけでは、効果的な支援が行えない。
こうした外国人女性が孤立出産など母子の生命・健康に危険のある選択をすることを防ぐためには、インタビュー結果を踏まえると、以下のような施策が必要と考えられる。
(1)周産期の外国人女性を対象として必要な施策
- 妊娠・出産に携わる関係機関(医療機関、行政機関、民間支援団体など)に外国人がアクセスした際、多言語対応ができる体制の整備
- 多様な文化的背景に配慮した支援を行えるよう、各国・地域の妊娠・出産にまつわる習慣・宗教的規範等に関する知識や、それらを踏まえた支援の方法について、支援関係者間で情報を蓄積・共有するための仕組みづくり
- 相談を受けた支援機関が、対象者が抱える複合的な課題(当該機関だけでは対応が難しい課題)に対応するため、多分野(妊娠・出産、在留制度、生活困窮、婦人保護など)の関係機関との間で、支援に必要な視点・知識やノウハウを共有し、相互に連携するための仕組みづくり
- 妊娠に関する相談先(特に多言語対応が可能な相談先)、出産までに必要な手続き、外国人を対象とした支援機関・団体の連絡先等について、全ての外国人女性に対する効果的な情報発信(例:各エスニック・コミュニティや、外国人女性とつながりのあるキーパーソンを通じた発信)
(2)日本人女性と共通して必要な施策
- 妊娠葛藤に関する相談の受けとめ、女性が抱える課題の丁寧なアセスメント、妊娠期から出産後の生活安定までの長期的な伴走支援など、女性への包括的支援を可能とする体制の整備(例:相談窓口や支援者の相談支援スキル向上、関係機関の連携強化、行政による民間支援団体の活動サポート)
- 支援者、関係機関の職員、一般住民など全ての人々において、妊娠の経緯や背景に関わらず、母子の生命と健康を守ろうという意識を醸成するための啓発
(3)全ての外国人を対象として必要な施策
- 周産期の外国人女性が必要な時に助けを求める行動を起こせるよう、そもそも全ての外国人が日本社会・地域とつながり、安心して誰かに困りごとを相談できる、あるいは誰かから困りごとに気づいてもらえるための環境づくり(例:行政機関や企業等における多文化共生の理解促進、地域住民との交流の場づくり)
上記のような施策を用意することは、妊娠葛藤を抱える外国人女性だけではなく、日本で妊娠・出産する全ての外国人女性にとって有益である。外国人の孤立出産を防ぐという観点からはもちろん、外国人全般のライフステージ・ライフサイクルに応じた支援の一環として、こうした施策の必要性は高い。さらに、外国人の妊娠・出産環境を改善していくことは、日本人も含めた全ての人が妊娠・出産で悩みを抱えない社会の実現につながるものと考える。
[ⅰ] 出入国在留管理庁「技能実習生の妊娠・出産に係る不適正な取扱いに関する実態調査(令和4年12月)」によれば、監理団体等から「妊娠したら仕事を辞めてもらう(帰国してもらう)」旨の発言を受けたことのある技能実習生の割合は26.5%であった。(n=650)
[ⅱ] コムスタカ―外国人と共に生きる会
[ⅲ] 認定NPO法人ピッコラーレ
[ⅳ] Sexual and Reproductive Health and Rights(性と生殖に関する健康と権利)。
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