食品ロス×脱炭素(前編)~食品ロスが気候変動に与える影響~
1 はじめに
2021年6月に国・地方脱炭素実現会議が公表した「地域脱炭素ロードマップ」において、「食品ロスの削減と食品リサイクルにより食品廃棄ゼロエリアの創出を推進すること」が資源循環の高度化を通じた循環経済への移行のための主要な施策の一つとして位置付けられ、食品ロスの問題でも「脱炭素」を意識した取組が求められるようになった[ⅰ]。食品ロスの問題は、「食品ロスの削減の推進に関する法律(2019年10月施行)」を契機に社会的な関心が一層高まる一方、本法律では「脱炭素」という目的を明確に位置付けてはおらず、両テーマの関係性が十分に整理されてはいない。
そこで本シリーズでは、脱炭素の観点から食品ロス削減の必要性を捉え直す一助となるべく、全2回にわたって、食品ロスと脱炭素/カーボンニュートラルを取り巻く動向を整理する。前編となる本稿では、食品ロスと温室効果ガス(GHG)排出の関係に焦点を当て、国内外での研究結果から、脱炭素の観点から食品ロス対策を進める方向性を解説する。
2 世界での食品廃棄物・食品ロスの排出状況
世界全体で多くの食品廃棄物・食品ロスが発生していることは度々報告されており、世界的な人口増加に伴う深刻な食料危機など(先進国では余った食品が廃棄され、途上国では飢餓人口が増加しているといった不均衡さ等)を背景に、対策の必要性が謳われてきた。
2011年に国連食糧農業機関(FAO)が行った試算によると[ⅱ]、世界で人の消費向けに生産される食料の約3分の1にあたる約13億トンが、毎年消費されずに失われている。この試算は各国での食品廃棄物・食品ロスの定義や測定状況の差異による曖昧さを含んだデータであるが、いまだに各所で引用されている数字である。
精確な定量化に向けては、昨今FAOおよび国連環境計画(UNEP)が共同し、指標開発を進めている。FAOでは、Food Loss Index(小売を除く、生産・サプライチェーンにおける廃棄の指標、FLI)を主管し、2019年の世界食料農業白書[ⅲ]において、生産された食料の14%がFLIとして失われていると報告した。UNEPでは、Food Waste Index(小売、外食、家庭における廃棄の指標、FWI)を主管し、2021年のFood Waste Index Report[ⅳ]において、生産された食料の約17%がFWIとして失われていると報告した(家庭が約11%、外食が約5%、小売が約2%)。現時点では、両指標の推計方法の整合は十分に図られていないため、単純に合計できる値ではないが、食品廃棄物・食品ロスの多さを示す根拠としては十分なものであろう。
3 食品廃棄物・食品ロスとGHG排出の関係性
本シリーズのテーマである食品廃棄物・食品ロスとGHG排出の関係を整理するためには、その廃棄段階だけでなく、生産段階にも目を向ける必要がある。食料の生産は、土地や水、生物資源などの多くの自然資本に立脚しており[ⅴ]、また食料システム全体(食料の生産から消費者の手元に届くまでのすべての活動)では、多くのエネルギーを使用している。そのため、食品を廃棄することは、生産過程で使用される自然資本・エネルギーが有効活用されず、GHGとして余分に排出されていると捉えることができる。
食料システムからのGHG排出は、主に農業由来・土地利用変化由来・農地外の活動起源由来から構成されている。農業由来は、反すう動物の消化管内発酵(牛のげっぷなど)や稲作によるメタン(CH4)の排出、ふん尿の堆積や合成窒素肥料の使用による一酸化二窒素(N2O)の排出などが該当する。土地利用変化由来は、森林の減少や有機性土壌の流出等による二酸化炭素(CO2)の排出など、農地外の活動起源由来は、穀物の乾燥や無機肥料の合成といった生産に関連する活動、農業食品加工、輸送等の工程に由来するCO2の排出などである。
気候変動に関する政府間パネル(IPCC)[ⅶ]が行った試算によると、世界全体における食料システムからのGHG排出の規模は、世界の人為起源GHG総排出量の21~37%を占めるとされている。この割合には、栄養摂取のために消費される食品に関する排出も含まれるため、食品廃棄物・食品ロスによる影響はこの一部を占めている。(本文献では、食品廃棄物・食品ロスは人為起源GHG総排出量の8~10%を占めるというFAOの推計が引用されている。)このことから、食品廃棄物・食品ロスを削減する政策を実現することは「より持続可能な土地利用管理、食料安全保障の強化及び低排出シナリオを可能とする」と、IPCCは高い確信度で分析している。
4 食品廃棄物・食品ロスによるGHG排出:各国における分析・評価
IPCCによる報告は、世界全体の食料システムによる影響の規模感を捉えようとするものであるが、食料システムは関わる主体や国・地域が多様であるため、GHG排出への寄与には地域差が大きいと言われている。ここでは米国と日本における、自国内の食品廃棄物・食品ロスによるGHG排出に関する報告を紹介する。
米国における影響評価の報告事例(可食部・不可食部が対象)
米国環境保護庁(US EPA)が2021年に公表したレポート[ⅷ]によると、米国では国内のサプライチェーンで失われる食品廃棄物・食品ロス(Food Loss and Waste, FLW)の発生量、およびそのGHG排出を含む環境影響について複数の報告がある。US EPAはそれらの結果より、米国のFLWは年間約7,300万~1億5,200万トン発生しており、米国の食料供給量の35~36%にあたると報告している。またFLWによるGHG排出への影響規模としては、約17,000万tCO2eq.(食料システムにおける総GHG排出の16%)と試算され、石炭火力発電所42基分の年間CO2排出量にも相当すると評価している。
日本における影響評価の報告事例(可食部のみが対象)
日本では棟居ら(2021年)[ⅸ]において、2015年に発生した食品ロスに起因するGHG排出量等の環境負荷が分析されている。同研究では、品目およびサプライチェーン上の排出段階にて整理を行っている点が特徴であり、例えば「外食産業から生じる果物の食品ロス」の影響を捉えることができる。このような品目・排出段階毎のGHG排出量を積み上げることで、国内のサプライチェーン全体における食品ロスに起因するGHG排出量は約1,566万tCO2eq.と推計され、日本のGHG総排出量の1.2%程度に相当するものと評価されている。
なお、品目・排出段階毎の整理を行うことで、食品ロスの発生量の大小だけでなく、環境負荷の大小による比較が可能となる。図表 3は、各品目を「食品ロスの発生量」または「食品ロスに起因するGHG排出量」について降順に並べたものである。食品ロスの発生については、「野菜」「果物」「その他の食料品」が上位3品目であるが、GHG排出については「そう菜・すし・弁当」「野菜」「食肉」が上位3品目であり、両者は必ずしも一致しないことがわかる。ここでのGHG排出は、生産過程で排出されるGHGも含むため、例えば牛のげっぷによるメタン排出等のある「食肉」が上位に登場していると考えられる。脱炭素の観点から食品ロス対策を考えるという意味では、単に廃棄量の多い食品を重点的に対策するのではなく、食品ロスに起因するGHG排出量の多い食品から対策に取り組むことも有益と言える[ⅹ]。ただし、廃棄されている食品の全てが消費されたとしても、相当するGHGが排出されていることには変わりない。真にGHG排出量を減らすためには、生産・製造された食品の廃棄を防ぐだけでなく、食品の生産・製造量そのものの最適化も必要になるだろう。
(注記)各排出段階を総計した「品目別」の順位を整理し、各品目のうち主要な排出段階を併記した。
(注記)品目別また排出段階別の発生量および排出量の大小については、原著を確認願いたい。
5 脱炭素の観点から食品ロス対策を考える
ここまで、世界で食品廃棄物・食品ロスの発生が問題となっていること、またその生産段階を含めて捉えることで見えてくる、食品廃棄物・食品ロスがGHG排出に与える影響の大きさを整理した。
「生産段階を含めて捉える」という考え方は、カーボンフットプリントに代表される「環境フットプリント」と呼ばれるものであるが、食品の廃棄は直接的に生じる環境影響だけでなく、その生産過程で投入される天然資源・エネルギーも浪費されるということが問題の本質と言える。特に、一般消費者が消費する食品は、製造・加工・流通・卸・小売と各段階で環境影響が蓄積されるため、廃棄する際に及ぼす環境影響は一層大きくなることに注意が必要である[ⅲ](図表 4)。
循環経済への移行を推進する機関であるエレン・マッカーサー財団によると[ⅺ]、食分野においては、放牧の管理や再生可能な耕作の導入等の「自然システムの再生」、そして「食品廃棄物の削減」に主に取り組むことで、2050年までにカーボンフットプリントをおよそ半減できるとされている。現在、日本においては、2022年7月に「環境と調和のとれた食料システムの確立のための環境負荷低減事業活動の促進等に関する法律(みどりの食料システム法)」が施行され、関係者の行動変容と技術開発・普及により、農林漁業に由来する環境負荷の低減、農林水産業のGHG削減が2050年を目途に推進されている。加えて、「食品廃棄物の削減」についても、冒頭に紹介した「食品ロスの削減と食品リサイクルにより食品廃棄ゼロエリアの創出を推進すること」が重要な施策になることが想定される。本シリーズの後編では、食品廃棄ゼロエリアの創出に焦点を当てつつ、日本における具体的な施策の現状を紹介したい。
【後編はこちらから】
・食品ロス×脱炭素(後編)~食品廃棄ゼロエリアの創出に向けて~(2023年2月17日掲載)
[ⅰ] 国・地方脱炭素実現会議「地域脱炭素ロードマップ~地方からはじまる、次の時代への移行戦略~」(令和3年6月9日)
[ⅱ] Food and Agriculture Organization of the United Nations「Global Food Losses And Food Waste」(2011年)
[ⅲ] Food and Agriculture Organization of the United Nations「The State Of Food And Agriculture 2019」(2019年)
[ⅳ] United Nations Environment Programme「Food Waste Index Report 2021」(2021年3月4日)
[ⅴ] 農林水産省「環境負荷低減事業活動の促進及びその基盤の確立に関する基本的な方針」(令和4年9月15日)
[ⅵ] 農林水産省 「気候変動下での持続可能な農業推進 第1回検討会資料『農業と気候変動をめぐる国際的状況』」(平成30年10月26日)
[ⅶ] 環境省「IPCC『土地関係特別報告書』の概要」(2020年度)
[ⅷ] U.S. Environmental Protection Agency「From Farm to Kitchen: The Environmental Impacts of U.S. Food Waste」(2021年11月30日)
[ⅸ] 棟居洋介、増井利彦、金森有子 環境科学会誌 34巻6号 p.256-269 「わが国の食品ロス発生による温室効果ガス排出,天然資源の浪費および経済損失の評価」(2021年)
[ⅹ] 棟居ら(2021)では、食品ロスの単位発生量あたりの負の影響(GHG排出量以外に、土地資源・水資源・経済的価値の損失についても推計を実施している。)が大きい組合せから食品ロス発生量を削減する場合と、一様に削減する場合での、全体としての食品ロス削減率と負の影響の削減率の比較を実施している。いずれの負の影響においても、前者のシナリオの方が後者よりも早い段階で大きく削減されることが示されている。
[ⅺ] Ellen MacArthur Foundation「Completing the picture: How the circular economy tackles climate change」(2019年)
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