動き出す緩和作業計画(Mitigation Work Programme)緩和作業計画は1.5℃目標の達成を後押しできるか?
1.COP27/CMA4にて、緩和作業計画(MWP)の細則が決定
2022年11月にエジプト(シャルム・エル・シェイク)にて開催された気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27)において、1.5℃目標の達成に向けて非常に重要な期間とされる2030年までの決定的な10年間における「緩和の野心および実施の規模を緊急に拡大するための作業計画(緩和作業計画(Mitigation Work Programme: MWP))の詳細が決定した。MWPは、2021年に開催されたCOP26(英国・グラスゴー)で採択されたグラスゴー気候合意[ⅰ]にて設立が盛り込まれ、その具体的内容をCOP27に併せて開催されるパリ協定第4回締約国会合(CMA4)で採択することが求められていたものである。MWPは、パリ協定の長期気温目標の達成に向け、各国の排出削減目標の引き上げや緩和対策(排出削減対策)の実施を後押しするための重要な要素となりうる。本稿では、このMWP設立の背景や概要、今後の展開について概説したい。
2.MWPの背景と意義
COP26で合意されたグラスゴー気候合意では、世界全体の長期気温目標として、産業革命以降の気温上昇を1.5℃に抑えるという「1.5℃目標」を追求していくことに合意し、「2℃を十分に下回る水準」としていたパリ協定より一歩踏み込んだ形となった。パリ協定における緩和策の根幹は、各国が自国の排出削減目標を自ら決定する「国が決定する貢献(Nationally Determined Contribution: NDC)」にある。ポスト京都議定書として全ての国を対象とした新たな国際枠組みを構築するにあたり、国際交渉を通じて国別排出削減目標をトップダウン的に決定した京都議定書方式での国際合意は不可能に近く、各国が自ら削減目標を決定するNDCという新たな概念の導入がパリ協定という画期的な合意につながったと言える。
一方、排出削減目標を自国決定方式にした場合、全ての国が意欲的な削減目標を設定することはなく、全体として保守的な水準にならざるを得ない。事前から予想されていたことではあるが、各国が気候変動枠組条約事務局に提出したNDCにおける2030年排出削減目標を積み上げても、2℃および1.5℃目標の達成に必要な削減量には全く到達しない。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が2022年に公表した第6次評価報告書第3作業部会報告書(AR6 WGIII)によれば、2100年までの気温上昇を50%の確率で1.5℃に抑制するシナリオでは、2030年までに世界全体の温室効果ガス排出量を2019年比43%削減する必要がある[ⅱ]。しかし、各国のNDCが全て達成されたとしても、その削減率は2019年比0.3%減に過ぎず[ⅲ]、乖離は極めて大きい。
各国のNDCは、パリ協定第4条9で規定されているように5年毎の提出が求められており、次回は2025年までに提出するNDC(2035年までの目標設定が推奨されている)となる[ⅳ]。また、パリ協定には、パリ協定の目標達成に向けた世界全体の進捗状況を5年毎に評価するメカニズム(グローバル・ストックテイク(Global Stocktake: GST))が盛り込まれており、今年(2023年)にその第1回が開催される。第1回GSTでは、温室効果ガス排出量の状況や各国のNDC、将来予測等といった最新の科学的知見に基づいてパリ協定の長期気温目標に向けた進捗が評価され、各国における次のNDC策定に向けた検討にインプットされることとなる。一方、先述の通り、1.5℃目標の達成には2030年までに温室効果ガス排出量を大幅に削減する必要があることから、2030年までのここ10年弱の対応が極めて重要である。すなわち、次の2035年NDCで野心的な削減目標を設定して対策を進めるのではタイミングが遅く、現在の2030年NDCを1.5℃目標を達成するための排出パスに整合する水準まで引き上げ、早急に抜本的な排出削減を実施する必要がある。
このような状況を踏まえ、COP26で採択されたグラスゴー気候合意において、「この決定的な10年間における緩和の野心と実施の規模を緊急に拡大するための作業計画」の設立が盛り込まれるとともに、その詳細をCMA4で採択することが決定した。
自国のNDCを自らが決めるというNDCの自国決定性はパリ協定を構成する中心概念であり、この部分を改変することはパリ協定の再交渉に等しく、デリケートなバランスの元に構築された国際合意が瓦解しかねない。ゆえに、NDCの自国決定性を維持したまま、いかに各国の排出削減目標を引き上げ、その実施を担保していくかが国際的な課題となっている。その解決に向けたひとつのアプローチとして新たに生み出されたのが、このMWPである。
3.MWPの実施概要
MWPの具体化に向けた国際交渉は、2022年6月にドイツ・ボンで開催された補助機関会合から開始された。1.5℃目標が求める排出削減量と2030年NDCとの乖離を埋めるためには、排出量が大きく、かつ削減目標が緩い国の目標の引き上げが必須であることは当然の帰結である。オブザーバー等の情報によれば、先進国(特に米国)は、MWPの設計にあたり、中国を念頭に、主要な排出国(major emitter)のNDCや具体的行動の強化をMWPの成果として盛り込むよう主張した。しかし、中国やインド、サウジアラビアといった新興国は、気候変動の責任はこれまで多くの温室効果ガス排出量を排出してきた先進国にあるという通例の主張を展開し、「major emitter」という文言に強く反発した。また、MWPの目的や成果として、パリ協定で定められたNDCの自国決定性を損なうような新たな規定を盛り込むことに警戒感を示し、交渉は平行線を辿った。この意見の隔たりは会合の最後まで尾を引き、その後の交渉の土台となる文書案に合意できない事態となった[ⅴ]。
2022年11月のCOP27では、6月のボン会合に引き続き、1.5℃目標の達成に向けたNDCの引き上げや強化につながるような規定を巡り、激しい交渉が続いた。最終的には、上述した「major emitter」への言及には至らなかったものの、2023年からMWPを実際に運用していくための規定は整ったと言える[ⅵ]。MWPの合意内容[ⅶ]の概要を以下に整理する。
MWPは、排出削減に関する意見・情報・アイデアの集中的な交換を通じて運用されるものであり、新しい排出削減目標やゴールを課すものではないとされた。これはすなわち、NDCの自国決定性が尊重された結果と言える。また、MWPは、当初の期間として4年間(2026年まで)継続し、2026年のCMA8においてその延長の有無が議論されることとなった。
具体的な運用方法としては、対面およびバーチャルで参加可能なハイブリッド形式で実施される「グローバル対話」を毎年最低2回開催する形となった。これに加え、緩和対策の地域特性を踏まえ、地域別の対話も開催が可能となった。関連するステークホルダーの積極的な参加も想定されている。
MWPの運営には、補助機関会合の議長により指名された2名の共同議長がその任に当たる。開催された各グローバル対話の概要は、気候変動枠組条約事務局により報告書としてまとめられるとともに、MWPの活動の進捗に関する年次報告書が毎年作成され、CMAでの検討に供されることとなった。また、作成された年次報告書は、COP26のグラスゴー気候合意において毎年の開催が決定した「2030年以前の緩和野心に関する年次ハイレベル閣僚級円卓会議」において、MWPの共同議長より説明がなされることとなった(表 1参照)。
表 1 MWPの概要
要素 | 概要 |
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目的 |
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運用方法 |
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スコープ |
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期間・レビュー |
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対話の頻度・様式 |
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対話のトピック |
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報告書 |
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CMA決定 |
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4.MWPで扱われるトピック案
表1の中で示したように、MWPの各グローバル対話におけるトピックは、各国および非国家ステークホルダー(締約国以外の国際機関やNGO等)からの意見提出に基づき、MWPの共同議長が決定することとなっている。CMA4の決定では、2023年2月1日までにこの意見提出が招請されており、3月1日時点で、日本を含む13の締約国・交渉グループ、および18の非国家機関からの意見提出がなされている。非国家ステークホルダーからの意見提出が多いのは、MWPへの関心の高さ、および1.5℃目標の達成に対する危機感の表れとも言えるだろう。
各国・交渉グループ・非国家ステークホルダーから提案されているトピック案は、主要な温室効果ガス排出源であるエネルギー供給部門の脱炭素化(再エネへの移行)や、脱炭素社会への移行に伴う産業や雇用、コミュニティへの負の影響を回避するための適切なアプローチ(公正な移行)、化石燃料の段階的廃止、CO2以外の温室効果ガスの削減、森林減少抑制等、多岐にわたる内容となっている。ただ、ロシアによるウクライナ侵攻に端を発する世界的なエネルギー危機により、化石燃料から再エネへの転換が遅れるとの懸念から、エネルギー供給の脱炭素化に関する提案が多く見られる。
これらのトピック案を基に、2名の共同議長により初回のグローバル対話におけるトピックが選定される予定である。
5.実効性のあるMWPの運用に向けて
1.5℃目標の達成に向けた扉が徐々に閉じつつあるなか、MWPがその扉を開く希望となるか否かは、今後の運用にかかっている。MWPが単なる情報共有のイベントにならず、各国のNDC引き上げと緩和対策の実施を強く促進する実効性の高いプロセスとなるためには、以下の3点が重要になるものと考えられる。
1点目は、「幅広いステークホルダーの参加を通じたMWPの国際的浸透」である。緩和対策を強化していくに当たっては、締約国のみならず、研究者や専門家、民間企業等の実践者、投資家、地方自治体等、幅広いステークホルダーの関与が必須である。その文脈から、MWPのグローバル対話には、締約国だけでなく、非国家ステークホルダーの活発な参加が奨励されている。世界中のあらゆるステークホルダーがMWPにおける議論やその成果を参照し、自国での政策立案や対策実施に活用できるような環境を構築していくことが求められる。
2点目は、「MWPを通じた政治的機運の醸成」である。2020年10月、当時の菅首相が2050年までにカーボンニュートラルを目指すことを宣言して以降、日本社会が急速に脱炭素社会への移行に向けて動き出したように、政治的意思決定が与えるインパクトは大きい。各国のNDCを更に強化していくためには、各国の閣僚へのインプットが不可欠である。先述の通り、次回の閣僚級円卓会議より、MWPの共同議長がMWPの年次報告書の内容を説明することとなっているが、このようなプロセスを通じ、緩和に関する最新の科学的知見と国際的議論を閣僚にインプットし、緩和野心と実施の強化に向けた政治的決定を後押ししていく流れを構築することが重要だろう。
3点目は、「MWPと各国における緩和対策立案・実施との連動」である。パリ協定では、NDCの作成とその実施、排出量や対策実施状況の報告、GSTによる世界全体の進捗確認、それを受けたNDCの更新という削減目標引き上げのメカニズムが構築されており、そこにMWPからのインプットも加わることとなる。このメカニズムがどううまく機能するかが1.5℃目標達成の鍵となるが、このサイクルは5年間にわたるものであり、1.5℃目標の達成に向けて喫緊の取り組み強化が求められている現状のスピード感と合わない側面もある。一方、MWPは、緩和対策における重要な個別トピックについて毎年何らかの成果が生み出されることが期待されるため、その成果を随時国内政策に取り込み、より短いサイクルで対策を強化していく仕組みを各国が構築することが求められるだろう。
[ⅰ] UNFCCC (2021), Glasgow Climate Pact (Decision 1/CMA.3),
[ⅱ] IPCC (2022), Summary for Policymakers. In: PR Shukla, J Skea, R Slade, et al. (eds.). Climate Change 2022: Mitigation of Climate Change. Contribution of Working Group III to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change. Cambridge and New York: Cambridge University Press.
[ⅲ] UNFCCC (2021), Nationally determined contributions under the Paris Agreement, Synthesis report by the secretariat (FCCC/PA/CMA/2022/4)
[ⅳ] Decision 6/CMA.3の規定では、2025年に提出するNDCは2035年までの実施期間とすることが推奨(encourage)されている(義務ではない)。
[ⅴ] 2022年6月のボン会合におけるMWPの交渉経緯は、IISDによるボン会合のサマリーレポートや、Carbon Briefの記事に詳しい。
[ⅵ] 2022年11月のCOP27におけるMWPの交渉経緯は、IISDによるシャルム・エル・シェイク会合のサマリーレポートやCarbon Briefの記事に詳しい。
[ⅶ] UNFCCC(2022), Decision -/CMA.4, Matters relating to the work programme for urgently scaling up mitigation ambition and implementation referred to in paragraph 27 of decision 1/CMA.3,
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